横張誠、講談社選書メチエ。非常にナニなタイトルだが、ナポレオン三世統治の第二帝政期フランスの精神を、"ボエーム"というキーワードと共に読み解く本。サブタイトルはナポレオン三世時代の怪しい男(ボエーム)たち。
タイトルにしてメインテーマであるボエームとはもともとは『貧乏芸術家』という意味であるが、それがありとあらゆる「ろくでなし」を意味するようになり、第二帝政期の経済・政治的な混迷と無節操の象徴として受け取られたとき、原義以上の意味が取り付いてくる。一般的なボエームはいわゆる"ボヘミアン"だろうが、プチプルから御用ジャーナリスト、職業的陰謀家まで、資本主義と帝政のアンバランスで濁っていく第二帝政下フランスのさまざまな存在をひっくるめ、この本では"ボエーム"である。
重要なのは、この使用法が作者の独特なものではなく、当時のフランスで一般的に用いられ(そして現在では忘れられ)ていたものだということだろう。マルクスの書物にも、クルーベの絵画の中にも、ボエームは存在し、重要な概念として第二帝政を掘り込んでいく。それは産業制度と政治制度、立法と行政、ブルジョワと反ブルジョワが仕切りなく交じり合うこの時代において、虚ろに彷徨う一つの指標なのだ。
他のほとんどの本のように、"ボヘミアン"をメインにすえて世紀病に病んだ第二帝政を切り取ってもよいテーマだと思うが、作者はそうしない。産業、政治、報道など、さまざまな場所で渦を巻く、政治的に無節操で、自己矛盾に満ち、経済的に圧迫された"ボエーム"たちを徹底して追いかけることで、第二帝政の複雑な荒廃を掘り下げる。かといって横幅広くさらりと表面を撫でるのでもなく、特に第二帝政の発展と破滅における政治・経済の変化に関する考察は非常に丁寧で細かい。
面白いテーマを、独特かつ丁寧な視座から掘り下げている本である。意外性に満ちた切り口でありながら、しっかりとした筆と丁寧な論の組み立て、多岐にわたるジャンルの選択とそこに共通する一つの言葉、ボエームへの深い調査があいまり、可読性と内容が両立している。良著。