イマワノキワ

TRPGやアニメのことをガンガン書き連ねていくコバヤシのブログ

ゴールデン・トライアングル秘史

鄭賢、NHK出版。中国最南部、ミャンマー、タイ、ラオスを囲んだ山岳地帯である金三角の戦後史。サブタイトルは「アヘン王国50年の興亡」だが、筆者の主眼は共産党との政争に敗れ、金三角に逃げ込んだ国民党残党と、金三角にもともといた各種民族、周辺国家政府との闘争が主題である。もちろん、国民党残党がアヘンを資金源にしていたのは事実なのでそれも取材しているし、金三角で大量のケシが栽培されている現状もしっかり追いかけている。
まず、我々にはなかなか馴染みがなく、色眼鏡で見てしまいがちな金三角という場所の風土・歴史・政治に徹底した取材と説明を試みている。筆者は抗日戦争を主題にした小説で有名だそうで、加えて文化大革命時代は紅衛兵として金三角周辺に自ら足を運んだ経験もある。それを足場に、金三角の人々がどのような立場で国民党残党を受け入れ(もしくは抵抗し)、いかにして国民党が台湾本部と丁々発止の政争を繰り広げたか、が前半の主題である。
その間に、山間部で農業に適さず、商業も発達せず、換金作物としてのケシ−貧弱な土壌でも育ち、保存が効き、金銭効率がよい−を売るしかないゴールデントライアングルの現状と、麻薬に対して義憤を燃やすジャーナリストの側面を挟み込んでくる。飛車の支店は開くまで中国本土の人間であるが、金三角を一方的に指弾するではなく、かといって国民党の生き残りや国民党崩壊後に「王」になった軍人達が主張する「必要悪としてのケシ、目的達成のための手段としてのケシ」に納得するでもない。非常にバランスの取れた、だが乾いた視点でなく、激情を隠そうとはしない一種小説的な書き口が読ませる。
国民党本部との、そして金三角の国民党内部での政争を経て、タイやミャンマー政府との対立(や恭順。特にタイ政府に全てを捧げ、内乱の山岳戦で死地に赴いた一部隊のエピソードは非常に面白く、分厚い)を描き、「アヘン王」クンサーの拠点を爆撃され、学校を守るために夫を殺された女性作家のエピソードを描き。筆者の筆はさまざまな領域に及ぶが、強烈な熱情と確かな取材力で、どれもないがしろにせず書ききっている。特に当時の人物へのインタビューの切れ味のよさは見もので、眼前に光景が広がってくるような臨場感がある。
少々反帝国主義・中国中心主義の色も見えるが、それよりも読み物としての面白さ、ルポタージュとしてのしなやかさの方がはるかに目立つ。ようするに、面白い本なのである。良著。