イマワノキワ

TRPGやアニメのことをガンガン書き連ねていくコバヤシのブログ

イエズス会の世界戦略

高橋裕史、講談社選書メチエ。1550年から1610年にかけて、ポルトガル=スペイン両国の支援を受けたイエズス会がいかにしてインド亜大陸ならびに東アジアに布教を行って言ったか、について述べた本。
選書とは思えない、腰の据わった本である。時代・地域・題材を絞り込んだ、一次資料を徹底的に掘り下む実証先行の研究であり、その上でしっかりとした理論の骨格があるため、可読性も高い。「対宗教革命」として設立され、約60年で国家レベルでの禁止措置(1614年)を受けるまでに発展したイエズス会が、大航海時代初期という潮流の中でいかに発展し、いかに活動したのか。この本で述べられているのはそれである。
最初にイエズス会設立の経緯とその特徴・理念を丁寧に解説し、いかなる原理原則に基づいて、植民地世界(その中には戦国終期の日本も当然ふくまれる)における活動を行ったか、をしっかりと理解させてくれる造りである。イエズス会が修道院である以上、そこには常に設立当時の理念が存在し、変化しながらも根本として活動を規定する。この本では、最初に論じられるこれらの理念が、後に論じられる植民地世界での具体的行動を理解するうえで、常に参照される。
と同時に、この本に特徴的なのはそれら「聖」の側面だけではなく、政治・軍事・経済といった「俗」の側面にも深く切り込んでいることである。やれ人種差別だ帝国主義だ、といったスキャンダラスな暴露ではない。実際に家を立て、戦乱に巻き込まれ、その中で布教を行う人間集団としてイエズス会。ソレを解析し、分析し、調べ上げるというスタンスが、この本の特徴なのだ。
特に慧眼と感じたのは、植民地帝国主義で「蛮人」を踏みつける際の呵責を修め、霊の安定を与える装置としてのイエズス会に注目する理論だ。設立から約40年でヨーロッパを飛び出し、イベリア二国の支援を受けるに至ったイエズス会の飛躍を、大航海時代という政治・経済・軍事の複合潮流のなかで読み解く視点は、各種一次資料の圧倒的読解とあいまり、この本にしかない分厚い迫力を持っている。この後、南米大陸におけるインディオの扱いでイベリア両国とイエズス会は対立し、教皇に加えられた圧力で解散勅命が発行されることを鑑みれば、その感慨はさらに深い。
イエズス会を、無条件に聖的な宗教存在として高めるわけでも、俗の油にまみれた堕落者として書くわけでもなく、聖俗のあいまみえる「世界」を的確な判断と規律に基づき渡る一つの集団として読み解くこと。それはなかなか出来ない理解であるし、聖俗両輪のみならず、理論と実証という研究の両輪のバランス感覚においても、特筆に価するだろう。
可読性と専門性のバランスが良く、噛み応えのある本であった。名著。