イマワノキワ

TRPGやアニメのことをガンガン書き連ねていくコバヤシのブログ

Under the Rose 1〜5

船戸明里幻冬舎。なんか本屋に行ったら「買えよ」というビームを出していたので買った。ヴィクトリア時代、ロウランド伯爵家を舞台にした群像劇、だと思う。漫画力が非常に高いので、型にはめて分類するのが難しい漫画なのだ。これをツモる自分の漫画センサーは、まだ錆びていないようで。
ヴィクトリア時代を背景にした漫画といえば、いうまでもなくメイド神の「エマ」がまず上がるわけですが。それとはまた逆の方向、「エマ」がメイドと社会風俗、そして性善説に裏打ちされた漫画だとしたら、この漫画はねっとりと色濃い社会と個人の抱え込んだ闇、業、それと交じり合う光の色合いを掘り込んでいる漫画であります。ホントにろくでもない人間しか出てこないのね、子供以外。
一巻と二巻の前半が、ロウランド伯爵の諸子でもうどうしたもんかとねじり狂った十一歳ライナス君のお話。二巻後半以降が、ユーロの連中にとってどうやら永遠のセックスシンボーらしい、メガネで黒髪で美人で利発なガヴァネス、ミス・ブレナンのお話という構成。ライナス君のお話は一応完結しているように見えて、じっとりと湿度の濃い家族史の中にねっちり織り込まれており、ミス・ブレナンのほうのお話でもしっかり芽を出てきます。
この漫画は全体的に巧いんですが、まず絵が巧い。美人が美人とわかるように、そして誰が誰の血筋か、はっきり解るように書き分けられている。ロウランド伯爵はライナス君の母親の他に、常に寝込んでいる正妻と、元教え子で助手の側室にも種をつけているわけですが。ねっばねばした泥の中で一瞬息をついてはまた沈み込むような展開を見せるこのマンガでは、ツラや目の説得力がないと話の説得力が凄く後退します。
全体的に大きくコマを取り、ガッツリ攻めるべきコマでは、凄まじいベタセンスと書き込みで押し込んでくるこの漫画は、そういうプリミティブな圧力が満載で。ロウランド伯爵家という瓶詰地獄の息苦しさを、本を閉じる方向ではなくページをめくる方向に引っ張る力は、まず何よりも絵の力だと思います。
その上で、構成が異常に巧い。キャラクタにブレが無く、かつ強烈な人間味がある。善人でも悪人でもなく、どろどろとした脆弱や苦悩や肉欲に飲み込まれている人間たち。波のように襲いくる新たな局面や危機に、彼らは次々と繰り込まれていく。ストレスの中に開放を、気を緩めた隙に胃の痛くなる展開を、矢継ぎ早に繰り出してくるストーリーは、非常に起伏に富んでいます。
そのくせべっとりと重たい心理描写が、ベタといっしょに練りこまれていて、キャラクタが展開を上すべりしていません。特にミス・ブレナンは、ええガヴァネスですから、鬼畜眼鏡こと次男ウィリアム君に肉体を貪られているわけで。ヴィクトリア朝の上澄みを取っ払った澱の中に、団鬼六ユイスマンスを投げ込んで、煮詰めてインクにしたような隠微さと重苦しさが全体を覆っています。
なんかハッピーになったなぁ、と思ったらまたどうしようもない人間の業が噴出する漫画なので、どこが区切りともいえないわけですが。というか、乗り越えても乗り越えても、治らない傷口のように薄暗いカルマが滲んでくるわけで。それは作り上げたお話というか、組み上げた世界に潜んでいる悪意と脆さという、構造自体に潜んでいるものであります。
ここまで造りこんでしまうと、そこに縛られてキャラが動かなくなったり、お話に浮き沈みがなくなってしまうものですが、そういう問題もこのマンガにはなく。ヴィクトリア時代で無ければ出せない社交界の闇、貴族社会の薄暗がり、女性性の軋み、家の矛盾点。そういうものと、そこに生きる人々を巧く絡ませ、極上の漫画力でマンガにしている漫画です。とにかく巧い。んで凄い。