アイカツスターズを見る。
— コバヤシ (@lastbreath0902) 2017年11月2日
一度堕ちた星が昇る。太陽を望む幼子に冠を授けるべく、他のすべてを置き去りにする狂気を抱いて、騎士は嵐に飛び込む。
スターズの歪さ全てを詰め込んだような、バロックでマゾヒスティックなレイちゃん本格参戦回となった。
正気にて大業はならず、偶像はシグルイなり。
お話としてはVA最後の秘蔵っ子、レイちゃんがリ・デビューして天王星のドレスを手に入れるという、太陽のドレス編開始のためのエピソード。
— コバヤシ (@lastbreath0902) 2017年11月2日
ここまでレイちゃんは主に真昼とマッチアップし、何らかの刺激を受けている描写もあったが、彼女の視界に真昼はいない。ファンもいない。
いるのはエルザ…を瞳に写し、瞳に写された自分自身だ。空疎にモデルをやっていたとき、喝破してくれたエルザに心酔し、忠誠を誓った。
— コバヤシ (@lastbreath0902) 2017年11月2日
太陽の女帝を支える星の騎士。空っぽのアイデンティティを埋め直したセルフ・イメージを振り回し、あるいは振り回され、騎咲レイは凶暴な純愛を世界に突きつける。
ファンもライバルも視野に入れず、ただただ自分の柔らかなエゴ、それに直結する巨大な他者だけを見据えて進んでいく姿勢は、主たるエルザととても良く似ている。
— コバヤシ (@lastbreath0902) 2017年11月2日
VAがエルザのエゴを拡大した方舟であることはこれまでも描写されてきたが、側近のレイちゃんがその閉鎖性から自由であるはずもない。
『お前らファンに興味はない。私がアイドルをするのは、自分を高めるためでも、誰かを喜ばすためでもない。エルザ…に愛してもらう自分のためだ』と、当のファンの前で堂々と宣言できてしまう歪み方は、是非はともかく圧倒的だった。
— コバヤシ (@lastbreath0902) 2017年11月2日
それはもはや、献身ですらない。理想のためには崇拝すら殺す狂信だ
それが否定されるべき歪み、拒絶されるべき間違いとして描かれているのなら、ここまで衝撃は受けなかっただろう。あるいは、世界がそのルールを最初から受け入れているか。
— コバヤシ (@lastbreath0902) 2017年11月2日
しかし物語はそのどちらでもなく、レイのファン否定を(当然)当惑で受け止めた上で、ステージ後に肯定してくる。
それだけの有無を言わせぬ圧力が、”裸足のルネサンス”にあった、ということなのか。反感を蒸発させるだけのパワーを認めて、天王星の翼が現れたのか。はたまた、ファンの感情が揮発性なのか。
— コバヤシ (@lastbreath0902) 2017年11月2日
作中のロジックを飲めないまま、違和感が肯定されていく図式は第66話によく似ている。
そしてVAと対峙する四ツ星のアイドルも、レイのステージを賞賛し、肯定する。
— コバヤシ (@lastbreath0902) 2017年11月2日
レイがお寿司と和菓子で四ツ星にやってきたときに、彼女たちは自分の夢、アイドルである根源を語る。ファンのため、笑顔のため、みんなのため。
開けた価値観へのアプローチを確認した上で、レイはそれに背く。
ファンを優先して翼を蹴ったあこ。四ツ星のトップとして赤服を来て、後輩を背負うS4。
— コバヤシ (@lastbreath0902) 2017年11月2日
彼女たちにとってステージ前のレイの言葉はかなり聞き捨てならない妄言だと僕は思うのだが、違和感を表明することなく、レイの反共同体主義は『アリ』となる。主役も、アイカツシステムも祝福する。
『お前はやりたい放題だ』『世界が敵に回る』と、至極当然の指摘をするのがエルザなのは面白い。
— コバヤシ (@lastbreath0902) 2017年11月2日
当たり前の反感を一番の共犯者に代弁させることで、レイの行動理念は肯定の流れに乗る。エルザはレイの閉鎖性を否定できない。すれば、他人を見ないし必要ともしてない自分に、波がかかる。
かくして、騎咲レイのリデビューはすべての人に祝福されて終わる。
— コバヤシ (@lastbreath0902) 2017年11月2日
きららやアリスのように、VAのエルザ主義からはみ出すこともなく、他人を心に侵入させ変化することもない。
騎士としてエルザに翼を捧げるためだけにステージに立つ不遜も、翼が出たのなら文句は言えない…のだろう。
ここまでの主役たちの描写(それが打ち出す一般的価値へのある程度の同意)を鑑みれば、今週のレイちゃんは否定、少なくとも当惑されるべきだと僕は思う。
— コバヤシ (@lastbreath0902) 2017年11月2日
今回の肯定を描写そのままに受け入れれば、ファンを踏みつけにする傲慢も、一個性としてOKになる。それは寛容の美徳ではないだろう。怠惰だ。
何故レイちゃんがこれ以上ないほど歪んだ存在であると描いた上で、世界が彼女を肯定する展開に接合されたのか。
— コバヤシ (@lastbreath0902) 2017年11月2日
逆説で結ぶべきポイントが、何故かスムーズに繋がってしまった当惑を前に、考えれば考えるほど答えが逃げていく。逃げ水を追うような徒労感は、非常にスターズ的だ。悪い意味で。
変わる物語はきららの担当で、レイちゃんは別の物語…失落することを前提に太陽を目指すエルザに、寄り添ってともに堕ちる悲劇の騎士…を背負っている、ということなのか。
— コバヤシ (@lastbreath0902) 2017年11月2日
肥大化したエゴが世界への眼差しを覆ってしまっている二人をも、スターズは個性として肯定する腹づもりなのか。
はたまた単純に、ここで『献身』という名前のエゴイズムを当たり前に蹴っ飛ばされ、挫折から新しい道を探すリソースは、レイちゃんには振り分けられなかった、ということなのか。
— コバヤシ (@lastbreath0902) 2017年11月2日
よく分からないながらも、個人的な倫理としても、キャラの描き方としても、レイの有り様は肯定できないし、したくない。
それは有り余る実力で他人を押しのけて平然とする傲岸に腹が立つのもあるし、『エルザのため』を口にしつつ全てを犠牲にできる自分自身に酔っ払ってるナルシシズムが鼻につくのもある。
— コバヤシ (@lastbreath0902) 2017年11月2日
それと同じくらい、危うくてもったいない、と思うのだ。道がないし、狭いし、これまで積んだものを否定しすぎてる
たとえ母恋しの手前勝手な愛着を満たすために生まれたとしても、VAは多くの生徒を腹に抱え、教育を施している。
— コバヤシ (@lastbreath0902) 2017年11月2日
レイがどんだけファンをDisっても、ブランクのあるリデビューを一目見るために、沢山の人が集まってきた。
意図使用がしなかろうが、才覚の引力は人を呼び、抱え込む。
そんな風に、どうでもいい他者を背負うことをエルザもレイも望んではいない。
— コバヤシ (@lastbreath0902) 2017年11月2日
自分が欲しいもの(それが共通して『充足した自分自身』でしかないことに、この主従の不幸と歪と美麗があると思うが)に手を伸ばしたら、勝手にくっついてきた付属品でしかない。蹴っ飛ばすのは当然だ。
だが、それでも。
— コバヤシ (@lastbreath0902) 2017年11月2日
そういう形でこそ、人は思わず繋がってしまうものだし、アイドル活動はそういう不意の出会いを喜びとして責任をもって受け止め、拡大していく性質を持っているのではないか。
それを重んじなければ、人間はどんどん孤独に、攻撃的になっていくのではないか。
『主役とは違う王道とは違う、もう一つの価値』『盗人が持つ三分の理』として、エルザやレイちゃんのエゴイズムを描きたいのかもしれない。
— コバヤシ (@lastbreath0902) 2017年11月2日
ただそれなら、主役たちは違和感や嫌悪をもっと露わにして良いし、世界も(結局圧倒的な実力に踏み倒されるにしても)二人を拒絶してもいいと思う。
赤服をもぎ取った後のS4の描き方を思い返しても、スターズは顔のない存在への責務やプライドをないがしろにする傾向がある。作品世界として、そういうルールが浸透しているのだろう。
— コバヤシ (@lastbreath0902) 2017年11月2日
だが幾度『そういうアニメです』と描かれても、やっぱりそれには首肯できない。人間バカにしすぎだ。
それはエルザのカリスマに引き寄せられ、彼女の人格をコピーし続ける有象無象だけではない。望まずとも彼女たちを引き寄せ、是非はともかく大きなことを成し遂げたエルザ自身の価値も、大きく損なうものだ。
— コバヤシ (@lastbreath0902) 2017年11月2日
そしてそのスタンスは、今回見せたレイの前説とステージ、その後の反応にも通じている。
かなり決定的な部分で、作品を支えるロジックと自分の中の論理が食い違っていることを再確認するエピソードとなったが、ここまでズレると逆に先を見たくなる。
— コバヤシ (@lastbreath0902) 2017年11月2日
『フツーの価値観』への目配せは、スターズ結構やってるのだ。女児アニらしく、普通の善を普通に称揚している。
ただ、それを全力でなぎ倒すくらい歪で凶猛な価値が無造作に描写されるだけだ。違和感に目配せしつつ、決定的な宣戦布告もなくその歪さは運用される。
— コバヤシ (@lastbreath0902) 2017年11月2日
世間一般に通用する価値観と、作中でのみ肯定される歪な善が、ネジレたまま接合されている感覚だ。それをどう運用し、オチを付けるのか。
レイちゃんの描かれ方を見て、そこら辺の見取り図はサッパリ分からなくなった。もともと判らんわけだが、真っ黒だ。
— コバヤシ (@lastbreath0902) 2017年11月2日
オチがつかないオチも含めて、どんな終わり方もありうると思う。この歪み(と僕は受け取ったモノ)にどうケリをつけるのか、。このエピソードを見てしまった以上、とても気になる。
それにしたって、狙ってやってるのかは分からないが、レイちゃんの歪み方は凄い。
— コバヤシ (@lastbreath0902) 2017年11月2日
S4の夢を確認した上で、自分のエゴイズムを押し通してアイドルに帰還する自己愛の強さと、エルザすら公言はしてない大衆への無関心をあえて世間に公表しなければ気が済まない狂った誠実さは、狂騎士に相応しい。
堂々行われたエルザへの告白は、『私の愛と自己犠牲に相応しい貴方でいてくれないと、貴方に価値なんてないんですよ』という脅迫とも取れる。
— コバヤシ (@lastbreath0902) 2017年11月2日
『情熱も志もない安易な道』と過去の自分を切り捨てるが、エルザへの崇拝に視野を狭めた現状は、安易ではないのか。
矛盾まみれなのに、綺麗なふりを続ける
怠惰で安直な自分を否定してくれたエルザを、姫よ女王よと崇める騎士道は、あらゆるマゾヒズムと同じように、そういう状況に身を置く自分への陶酔で成り立つ。
— コバヤシ (@lastbreath0902) 2017年11月2日
空疎な自分を壊して満たしてくれた貴方が、鏡写しに煌めく自分の心が好き。騎士モチーフで飾り立てた、あまりに人間的なエゴ・ロマンス。
過剰なまでに人間的な騎咲レイが、その歪さを志向して製造されたのか、様々な力学の結果偶然形成されたのかは分からない。
— コバヤシ (@lastbreath0902) 2017年11月2日
ただ、徹底して己のエゴ中心主義をエルザに退避させている所含めて、ズルくて汚くて綺麗で誠実なレイちゃんは、すごく好きだ。正しいかどうかは横において、異常な引力がある。
天王星のドレスが降り立ったことで、太陽のドレス争奪戦が始まるみたいだが、そもエルザ以外前のめりではないし、闘争の枠組みとして積み重ねも足りないんで、そっちは僕は乗り切れない。
— コバヤシ (@lastbreath0902) 2017年11月2日
アイドルの強さの指針として、羽根が出る/でないは圧力足りてないまま来たな、と、正直思っている。
だが、母への愛憎に雁字搦めになった幼子と、そんな彼女を戴冠させる夢想に酔う騎士のダンスホールとしては、非常に期待している。
— コバヤシ (@lastbreath0902) 2017年11月2日
多分この歪みが、物語的な説得力を持って終わることはないのだろう。なんか納得出来ないまま、終わった感じで終わる。
だが、今感じているバロックな躍動は嘘じゃない
『乗り越えるべき壁』と単純にくくるには、あまりに不可思議な捻れを内包したエルザを向こうに回して、主人公たちの物語は続く。先は読めない。来週はゆるーいコメディ回だ。
— コバヤシ (@lastbreath0902) 2017年11月2日
今週描いた歪な渦との繋がらなさも含めて、このお話をどう展開し終わらせるのか。そういう視座に、興味が動いた感じもある。
これを『楽しみ』といい切ってしまうほど、僕も悪趣味ではないし無責任でもない。スタ^図が作中のリアルとして描いているうねりに、乗っかりきれない自分を思い知ったわけだし、それは不幸だ。
— コバヤシ (@lastbreath0902) 2017年11月2日
おそらく意図しないバロックを抱えて、アイカツスターズどこへ行く。ああ、その果てを見たくはあるのだ。