イマワノキワ

TRPGやアニメのことをガンガン書き連ねていくコバヤシのブログ

アイドルマスター SideM:第5話『先生よ、大志を抱け!』感想

Idols Be Ambitious! 訳あって夢の大海に漕ぎ出した男たちのドラマ、今週は元教師集団S.E.Mの個別エピソード。
クソ真面目数学担当・硲道夫、明るく前向きな英語担当・舞田類、やる気なさげな化学担当・山下次郎。
三人の凸凹した個性が作り出すアンサンブルを追いかけつつ、派手目な記号で終わらない心の脈動、誠実さ、優しさをしっかりと描き、色んな角度からS.E.Mの関係性を照射するお話でした。

横幅の広さは段々打ち解けてきた事務所の空気、年齢を超えて繋がり合う感動のリレーも切り取っていて、S.E.Mというユニットを縦に深く掘りつつ、客席や仲間にもしっかりスポットを当てる構成に。
縁の下の力持ち、掛け替えのないサポーターとしてのプロデューサーのありがたみも掘り下げつつ、『大人が本気で夢を見るカッコ悪さとカッコ良さ』『笑いが人の心に滑り込む強さ』『堂々とエールを送る行為の高潔さ』『アイドルが可能にする奇跡』など、キャラクター描写をしっかりやればこそ。
より普遍的で抽象的なテーマに体温を与え、説得力を生む仕上がりでした。


というわけで、今回もとてもたくさんの事が起きているSideMアニメ。
軸になっているのはS.E.M、特にリーダーでありモチベーターでもある硲さんの描写です。
真面目で誠実、優秀なんだけども、その美点を常時本気でぶん回しすぎて、ときに噛み合わないときもある。
『賢い脳筋』とも言うべきキャラクター性を持っている硲さんですが、今回のお話はそういう記号を大事にしつつ、そこで足を止めません。

ラストのステージでもう一回再演される構成なんですが、今回はまず分かりやすい記号から入って、S.E.Mのメンバー(だけでなく、彼らのドラマに巻き込まれる形で事務所の仲間も)がどういう人間なのかを、明るく楽しいムードで包みながら届けてくれます。
テンポの良い掛け合い、アタマ悪い男子校ノリで笑わせて、ガードを下げて、気づけば今回はじめてメインが回ってきた三人がどういう人間なのか、スッと食べれてしまっている。
『笑い』が創作(と現実)において持っている強さ、尊さをしっかり踏まえた構成になっていて、実は今回優秀なコメディ論でもあったのかな、と思います。

冒頭、椅子に座りながらS.E.Mとプロデューサーが相談しているところからして凄く情報の出し方が巧く、目配せが行き届いています。
硲さんはクソ真面目、次郎ちゃんはやる気なさげ、そんな二人の間を人間力の高いまいたるが繋いでいく。
アラサーのおじさんらしく、薄汚いお金ジョークもさっくり出して、ダルいダルいと言い続ける次郎ちゃんの『抜きの上手さ』が光るシーンですね。
Dramatic StarsやBeitでも使った『まずユニット間のデフォルトを見せ、安定した三角形の人間関係を見せる』という手法は、映像が始まった瞬間から、言外にキャラクターを解らせています。
服装の着こなし、椅子の座り方(硲先生のロボットめいた背筋の伸び方!)など、ボディ・ランゲージを駆使して『こいつはこういう奴』という第一印象を伝えてくる技法は、それを心地よく裏切る発展のさせ方含めて、非常に適切です。

後に語られるS.E.Mのオリジンからも判るように、あの三人は『まず硲さんが何かを言い出し、具体的なプランをバカ真面目に考え、足りない潤いをまいたるが補い、次郎ちゃんが力みを抜く』という、基本的なパターンを持っています。
それはとても強力で、今回アイドルとして初めて大きな事件を乗り越える以前の、アイドルになることを決断する流れ(あるいは想像でしかないですが、教師時代の関係性)も、これで乗り切ってきた。
体力面でハードなたけのこダンスをやりきる決断にしても、それを完遂するために早朝ランニングを提案するシーンも、全て硲さんがキックスターターになっている。
S.E.Mはクソ真面目で理想が高い硲さんの野望を、燃料とエンジンにして走っているわけです。
情熱野郎が真ん中にエンジンとして座る構図は、年齢的なギャップはありつつもJupiterにおける天ヶ瀬冬馬にも似ていて、真ん中に立つ奴の資質というものを考えさせられますね。

硲さんはとても理想が高く、しかもそれが一番最初に自分ではなく、他人(生徒や観客)にいく性質を持っています。
レッスンでメコメコになりながらも、たけのこダンスに挑むことを決めたのは、現役高校生であるHigh×Jokerにしっかり刺さっていたから。
『教師時代は届けられなかった声を、子どもたちに(そして老若男女あらゆる人に)届けたい』という理想がある以上、実際に刺さってるたけのこダンスを諦める選択肢はないわけです。
次郎ちゃんやまいたるも、その高邁な姿勢を尊敬しているからこそ、クソ真面目すぎて色々問題もある硲さんの背中に乗り、彼が出来ない方向調整を担当しつつ、ユニットとして進んできた。
何故か講義調で進む会議シーンは笑いを生みつつ、そういうS.E.Mのバランスをそれとなく、しかし非常にタクティカルに視聴者に伝えてきます。
ボーッと見てても、自分の中で言葉にならなくても、ムードとして『あ、S.E.Mってこういう感じなのね』ってのが理解できてしまうのは、ほんと凄いよなぁ。


かくしてランニングのシーンになるんですが、ここの元気で楽しい感じ、いろんな奴らがおんなじ事してるワイワイ感は、非常に良かったと思います。
さすが『アニメ脚本界一、デート描写が巧い女』こと綾奈ゆにこ。(セイクリッドセブン第8話、アイカツ第79話)
そして楽しいだけでなく、波風はありつつも『アイドルへのあこがれ』『仲間とつながる奇跡』を順調に描いてきたこのアニメが、今どこにいるのかをしっかり示すシーンになっていました。
良いエピソードを積んできたからこそ、基本ユニット単位でまとまりつつも、年の差やユニットの壁を超えて『315事務所の仲間』というより広い単位で気持ちのいい時間を過ごしている描写に、『待ってました』の気持ちよさ、『まぁそうだよね』の納得がある。
すでに描写が積み上がっている連中を更に掘り下げるシーンも多数用意されていたし、アホバカ人間達が肩の力を抜いて楽しんでいるハッピーな空気も楽しめたし、素晴らしいシーンだと思いました。

例えば、ドルヲタとして『あるべきアイドルの姿』に理想があるみのりさんは、年齢≒体力ベースが同じなはずの次郎ちゃんよりしっかり走れる、とか。
パイロットとしてトレーニングを積んできた過去が、形を変えてアイドルの地盤を支えている翼の描写だとか。
色んなキャラのこれまで描かれなかった、でも描かれてみると納得の一面が手際よく描写され、それが外にあふれて仲間に影響していくシーンが、ランニングには溢れていました。

こうして細かな交流を積み重ねることで、年齢も過去もバラバラな連中が『仲間』になっていく説得力が生まれるし、何より知らない同士が仲良くなっていく描写は、見ていて楽しい、気持ちいい。
苦しいはずのランニングを楽しく、明るく、315事務所のみんなでやりきる描写を入れることで、『ここは特別な場所なんだ』という雰囲気も出る。
人数を一気に捌いてファンサービスを稼ぎつつも、今後の展開の土台を作る、非常にタクティカルなシーンだったと思います。
Jupiterの不在すらも、『315事務所の稼ぎ頭は、現場で忙しい』『その背中を走ってる連中は追いかけ、そのうち忙しくなる』という示唆に繋がってて、凄い巧いのだ。

特に桜庭と天道の掛け合いはかなりズルい仕上がりで、最初はクールに『バカだけが本気になるんだ』とほざいてたラバが、天道の(多分意図的な)挑発にまんまと載せられ、全力で走りに行く流れが素晴らしかった。
桜庭はまだカードを伏せているキャラで、これが見えないと『何故アイドルに本気になるのか』が描写できない。
でもクールな仮面の奥には当然アチィ思いを秘めている男なわけで、事情は明かせないながらそういう本性を描写し、『ああ、こいつも315に集うべくして集った、アイドル魂の持ち主なのだな』と納得させる必要がある。
前歴を活かして次郎ちゃんをケアする描写といい、『イヤなこと言うキャラ』である桜庭の点数を下げないよう、とても気が配られていると思います。

今回は男子校ノリを肯定する話で、クールキャラは軒並みバカどもの熱気に当てられて、ちょっとずつ仮面を外しています。
バカと嘲っていた全力疾走組にあっという間に飛び込んでしまうラバは論外として、浮かれメガネ達のアホバカモテ論議から距離を取っていた旬くんも、ちゃんとランニングはするし、S.E.Mにアテられて『あの熱量は凄い!』と、一瞬むき出しになってたりする。
そしてその変化は、話のメインであるS.E.Mが背負う『本気で何かをするってかっこ悪いけど、でもとっても良いもんだぜ!』というメッセージが、真実力を持っていることの証明にもなる。
クールに一線を引いて自分を守る賢いボーイより、熱く本気でバカやりきるアホのほうが僕(や、多分あなた)は好感が持てるわけで、キャラを崩しきらないまま、地金を見せる描写が、巧く埋め込まれていました。
こういう細かい描写を分散しておくことで、この次に来るHigh×Joker回や、桜庭回がスムーズに熱く展開するのだろうなぁ。
High×Jokerは特に人数が多いので、前回のBeit回にも描写が分散配置されとったからなぁ……じっくり準備しとるね。


ランニングのシーンは主役以外にライトを向ける仕事も果たしていますが、何よりメインのS.E.Mを巧く描くシーンでもあります。
出だしで印象づけられた『いつものS.E.M』の記号がちょっと崩れてきて、『実はこいつら、こういう側面もあるよ』っていうメッセージが、画面から発せられるタイミングがここです。
座り込んでしまった次郎ちゃんに硲さんが『無理はするな』と労るシーン、いわゆる『計算ロボット』なキャラだったら、『計画が狂う! 怠けるな!』と怒るシーンだと思うんです。(少なくとも、僕はそういう想起をしてた)
でも硲さんは『怠けたい』とか『身体が言うことを聞かない』という、人間なら必ず持っているリミットに理解を示す。
自分と他人が違う存在であることも把握しているし、それぞれの事情をちゃんと見て取って、心付かうことだって出来る。
『あ、この人想像よりロボットじゃねぇや。切れば真心の血が出るド人間だわ』と(制作陣の狙い通り)感じ取るのが、あの休憩のシーン(と、筋肉痛でギシギシいく描写)だと思います。

それは他のメンバーにも言えて、怠けてばっかりにも思える次郎ちゃんが、熱を表に出さないながらも仲間を思いやり、アイドルという新天地に本気で取り組んでいる描写が、テンポよく積み重なる特訓描写から見えてくる。
まいたるは『自然な人格強者』であることがキャラ記号なんで、そこまで劇的な裏返しは起きないけども、持ち前のコミュニケーション筋肉だけに頼って交流しているわけではないこと、ちゃんと気と頭を使って行動していることが、台詞の端々から感じられる。
『こいつらは、こういうやつ』という第一印象を、台詞や立ち居振る舞いでスマートに形成できたからこそ、その印象≒偏見から半歩はみ出して、その奥にいる『人間』を見つける楽しさ、喜びが巧く機能する。
これもまた、最初はちょっと引き気味に始まり、グイグイと前のめりになっていくラストのステージ描写で、もう一度再演されるところです。


徹底してハッピーな空気を醸造してきたAパートが終わり、Bパートは朝焼けから黄昏に、そして曇り空へ。
Pちゃんにアイドルとしての起源を語り、リーダーとして仲間を巻き込んだ責任感を吐露する硲さんは『バカ真面目の計算脳筋野郎』という記号を完全に脱して、一個人として悩み、人生を選択していく人間になっています。
いきなり重たい人間存在を叩きつけるのではなく、ライトで紹介しやすい記号で楽しませてから、細かく細かく計画的にキャラの芯に共感させていく運びは、非常に見事です。

ここで巧いなぁ、良いなぁと思ったのは、硲さんが感じている責任感や罪悪感、その根源である仲間への思いが、けして一方通行ではないことです。
計画をしっかり立て、常時背筋を伸ばして生きている硲さんが、思いつめるタイプだというのは見ていれば判る。
優しさと誠実さに裏打ちされた思い込みを、しかし付き合いが長く、大人でもある二人はしっかりわかっていて、受け止める素地が仕上がっている。

『教師をやめさせ、ここに引っ張ってきた責任がある。私が頑張らなければ』という気持ちは、雨中のランニングに次郎ちゃんを連れ出すまいたるの『Mr硲は、多分いるよ』という言葉でレスポンスされているわけです。
そこには理解と信頼、思いやり……人間が人間といる時、いちばん大事なものがちゃんとある。
大人の男が大人の男と健全に向かい合う時、絶対に必要な偏見のなさ、虚心坦懐な誠実な距離感を、S.E.Mはすでに獲得している。
そう示されているから、ランニングから風邪に向かうちょっとシリアスな展開でも気持ちが下がらず、S.E.Mの答えと信頼関係、リーダーのクソ真面目さを仲間が補って前に進んでいく三角形を信じることが出来るわけです。

これが硲さん一人が思い悩み、その苦しさが共有されていないすれ違いだったら、もっと重たいし解決に時間もかかっていたと思います。
でも曲りなりとも、三十路まで生き延びてきた一人間として、そういう掛け替えのない『当たり前』が、S.E.Mはちゃんと出来る。
誰か一人が過剰に背負い込むのではなく、自分なりのスタイルで決断の重さ、本気の無様さを順繰りに背負って、みんなで歩いて行く公平さを持っている。

SideMが始まったときから続いている、『年齢が高い男性』を主役に据えている強みは、今回も健在だなァと思いました。
S.E.Mへの熱い思いが一方通行でないことで、リーダーだけが本気な不公平感はなくなるし、『俺こういうキャラなんで』を盾に人間のいちばん大事な部分を見落としてしまう展開も避けることが出来ます。
これやられっと、個人的にスゲーしんどいんですよね……未熟さに振り回されるのは構わんけども、そういう部分の優しさを取りこぼしたキャラは愛せない。

ユニット内部で心が通じ合うだけなく、年齢を超えて感動がリレーされる様子も、S.E.M結成秘話からは感じ取れます。
まいたるが(おそらく)北斗とのコネクションを使って呼んだJupiter……生徒と同じくらいの連中の舞台を見て、硲さんは本気で感動した。
だから教師という立場を捨て、Jupiterのようにアイドルになって、アイドルにしか伝えられないモノを届けたいと願った。
そしてそんな彼らが本気で挑んだステージは、受験生に届き、生徒と同年代のHigh×Jokerに届く。
S.E.Mがアイドルを志したJupiterの北斗が、そのステージを見て『とても良かった』と褒めてくれたシーン含めて、『本気の思いはリレーされ、年齢を超えて届く。そして届いた想いが、また本気の思いを生み出す』というメッセージは、様々な場所で炸裂しているわけです。


今回は次郎ちゃんの私室が幾度も繰り返し登場し、いい感じのリフレインとテンポを作っています。
風邪を引いて看病に来るシーンの舞台も、次郎ちゃんの私室ですが、ステージ前ラストになるここで『おかゆ』を食べているのは、非常に面白い。
第3話で翼が打ち立てた『アイドルユニットという運命共同体が、一つになるための儀式』としての食事を、S.E.Mはここで補うわけです。
そしてS.E.Mの個性に合わせ、あの時の食事とはまた違った意味を、あのおかゆは持っている。
すでに学校で知り合いだった彼らは、当然ドラスタとは違う繋がり方をしていて、硲さんの誠実さ、『自分ひとりだけが突っ走って、仲間を巻き込んでしまっているのではないか』という危惧は、すでに仲間たちとの共有事案になっています。
だから、『新しく仲間になる』というよりは『俺達が仲間だったということを再確認する』儀礼として、あのおかゆはある。

それが何回目だろうと、困難な夢に向かってスクラムを組む仲間と、同じ心を共有していることを思い知るのは、とても善いことだし、大切でもあります。
兄弟盃のように、あるいは茶席で飲みまわされる濃茶のように、同じ釜の飯を一緒に食うことで、S.E.Mは絆を深めていく。

次郎ちゃんはズボラなので丼が一つしかなくて、鍋や蓋まで動員してみんなで食っているのは、キャラの性格を活かした細やかな描写ですね。
大きさもバラバラ、丼以外は食器ですらないけども、温かい飯を盛ってみんなで食べれるあの食事シーンは、バラバラの個性を敬意と愛情で繋ぎ合わせ、一つの目標に向かって突き進むS.E.M(や、他のユニット、『SideM』というコンテンツそれ自体)の在り方を、見事に象徴していました。
おかゆ自身も次郎ちゃんが言ってたように、色んな具材が混ざり合って一つになり、個性を活かして引き立て合うユニティの料理なわけで。
パット見かっこいいスカした道具立てではなく、くっそダセェ生活感ある描写にそういう抽象性を込めれるのは、優れた語りの技法だと思います。

次郎ちゃんが悩める硲さんを『あんたはお米、大事な主食。そのまんまでいい』と、次郎ちゃんらしい肩の力の抜けた比喩で支えるシーンも、非常に良かったです。
ここでさりげなく、プロデュサーを『塩』と評しているのは、すんげぇ強いし巧いなぁと思いました。
Pちゃんは大人の男たちを心底信頼し、あんま前には出てきません。
しかし今回、すご~くさりげないサポートを山のように積み重ねて、S.E.Mがステージを成功させ、己の夢が間違っていないと確認する道を整えている。
たけのこダンスがお客に刺さると提案したのも、楽しくランニングできる道具立てとして心拍計を用意したのも、S.E.Mが関係を固めるお粥を作ったのも、全部Pちゃんです。
表舞台で汗は流さなくても、アイドルの汗にはPちゃんっていう『塩分』が染み込んどるわけです。

実際に努力を積み重ね、準備や本番で汗を流すのはアイドルですが、その輝きはやはり、道を整え、水や塩気を補うプロデューサーがいればこそ。
大成功に終わったステージの光を、舞台袖でひっそり見守るPちゃんの表情は、縁の下の力持ちをやりきった誇りと喜びに満ちています。
そしてそうやって、人知れず道を整えてくれる人のかけがえなさ、ありがたさを忘れないS.E.Mの人格も、ステージ前の楽屋でのやり取りなどから見えてくる。
硲さんの気持ちをちゃんとわかっていた描写と同じように、取りこぼしてしまいがちな人間の情を見逃さず、大事に受け止めようとする『大人』の魅力が、今回よく出ていたと思います。
はー、みんな人間出来てるなぁSideM……この人間強度が問題解決のテンポの良さ、スピーディーなリズムを生み出していて、作品独特のテイストにもなっとるしなぁ。
段々薄暗くなって、問題が起きたからこそリーダーの悩みとS.E.Mの関係性が明らかになって、より良い結果が生まれた所で『幸運の招き猫』が映って場面を〆るという象徴の使い方、非常に良いと思います。


さて、30男たちの回り道の果てに、栄光のステージが待っています。
今回のお話は『大真面目に夢を追う』『おっさんが今更憧れに向かい直す』率直な気恥ずかしさを、真正面から扱っています。
笑いと幸福感で巧妙にコントロールしつつも、S.E.Mというユニットの設定からどうしても生まれてしまう、オッサンの無様さからカメラは逃げない。
ダンスレッスンにはついていけない、走れば息切れ筋肉痛、ビールと唐揚げは太るから不可、雨に濡れれば即風邪っぴき。
寄る年波のリアルな情けなさをちゃんと描くことで、『それは事実として、でもS.E.M良いだろ? 本気でやるのって熱いだろ?』というメッセージからは、嘘が抜けて鋭さが増します。

ステージのリアクションもまたその流れに従っていて、始まった時のちょっと半笑いの空気、曲が始まった時のサイリウムの少なさからは、『オッサンがアイドルぅ!?』という当惑が感じ取れる。
そういう当然の反応を世界を都合良く塗りつぶすのではなく、実際の描写で塗り替えていく作りは、ステージに至る前段階のドラマと、同じ構造をしています。
記号を笑ってもらうところから始めて、その奥にある人間をひっそりと描写し、気づけば本気で好きになっている。
僕らが今回のエピソードを見て辿った感情の動きと、あのステージを見ていた少年少女(後ハゲのオッサン)が魅了される道のりは、巧みに重なり合っています。

硲さんが堂々エールを宣誓(『先生』とかかってんだろうな)した時、名前も顔もない女の子がハッと息を呑む描写が好きで。
クソ真面目にしか生きられないS.E.Mのリーダーが、30越えてアイドルになろうと思ったのは、自分の思いを伝え、迷える生徒たちに道を見つけてもらうため。
その本気は社会と噛み合わないこともあるけども、努力を積み重ね、仲間と支え合ってたどり着いたフィナーレで、ちゃんと人の心を動かしているわけです。
ハゲのオッサンや男子生徒を客席に加えたことで、S.E.Mが目指す『人にエールを届けるアイドル』という理想が、性別や年齢の垣根を超えて感動を生むことも、巧く示唆できるし。
更にいうと、その理想は客席だけでなく、はやとっちの涙、旬に宿った炎として、事務所内部でも変化を生み出すわけだしね。
そういう風に、エピソードが追いかけた主役の努力が報われる瞬間をコンパクトに、しかしちゃんと切り取ってくる運びは、ほんと誠実だし信頼が置ける。
俺の好きな男たちに『ああ、良かったな』って思える描写をちゃんと入れてくれるのは、ほんとありがたい。

Pちゃんとの夕日の面談で硲さんが口にしていた『メンバーそれぞれの強み』が、ステージの中でちゃんと表現できているのも良かったです。
ナチュラルに空気を読む能力が高いまいたるは、『夢は総理大臣!』ってでっかいこと言ってウケを取り、客席を味方につける土台を組み上げる。(それが狙ってやったことは、舞台裏へのウィンクで判るでしょう)
歌声と表情がセクシーな次郎ちゃんは、色物ユニットって枠を超えた『本気のあこがれ』を女生徒に生み出し、しっかり引き込む。
それぞれ出来ること、刺さる場所が違うからこそ、より大きな獲物を引っ張り上げられるS.E.Mの強さは、事前準備のドラマだけでなく、実際のステージングでもしっかり表現されたわけです。

今回ステージをかなりの長尺手書きでやったのは、『スタミナ不足』が乗り越えるべき課題として描かれていた中盤を考えると、妙手だと思います。
やっぱ実際にステージが展開すると『スゲー大変そう』って実感は強く届くし、そこで獲得した身体性は、確実にキャラクターを人間に近づけるからね。
『踊りきるのは相当キツい』ダンスを繰り返すうち、S.E.Mの顔には汗が浮かんでくるけど、彼らは冒頭とは違って潰れたりはしない。
そうならないために、必死に練習した。
事務所のみんなとプロデューサーに支えられ、そして尊厳ある個人として悩み、頑張った結果として仕上げたステージは、彼らの努力と夢を裏切りはしない。
そういうとても前向きで青臭い結論が、素直に心に染み込む物語になるために、手書きステージの作画カロリーは最高の仕事をしたと思います。


S.E.Mの物語を最高のステージで終え、再び事務所の仲間との横幅広く、明るく面白いムードに戻して終わるのも、非常に気が利いていました。
SideMアニメは過剰に重たい空気を引っ張らず、谷間はあってもハッピーなムードを基調で進んでいます。
これを壊さないように、コメディから入ってシリアスに移り、最後にコメディに渡し直して次回につなげるムード・コントロールは、非常に目が良いなと思います。
男が惚れるイケメン力を最大限に発揮し、まるで彼女の晴れ舞台に駆けつけたダーリンのように登場する北斗の描写とかも、控えめに言って最高だった。
アニマス時代はハンサム力に自家中毒してた感じもあったけども、Jupiterと苦労して他人の顔が見えるようになって、優しさの鎧を手に入れちまった北斗……無敵人間すぎる……。

余すところなく尺を使って、いろんなものを描いてきたこのエピソード、EDもしっかり使い切って貪欲に描写を広げてきています。
ランニングに登場できなかったJupiterもEDでは顔を出し、『事務所の仲間』として一つにまとまってきたムードに、乗り遅れることはない。
『どんなに忙しくたって、Jupiterがそういう時間を作らないわけないモン!』とやかましかった俺の脳内Jupiter夢女も大満足の、ナイス補足でした。

S.E.Mの描写もEDで豊かで、ストイックに夢を追いかけて諦めたビールとポテチと唐揚げで、しっかり酒盛りやってる描写が大好きです。
硲さんは厳しく自分や仲間を律するだけではなく、大事を成し遂げた後はハメを外し、思う存分喜ぶ事ができる男……人間なんだって確認できるわけで。
ハレの日を本気で祝うことでより厳しい壁に立ち向かうエネルギーも貯蔵できるし、オンオフのけじめがつけられる『大人』なんだって見せれるしね。
何より、あの手作りの男やもめ大饗宴、凄く楽しそうで、見てて幸せな気持ちになるじゃないですか。
理屈をしっかり補強しつつも、多幸感で脳みそを殴ってくる描写や仕草、台詞がしっかり選ばれて配置されてるのって、ほんと強いし素晴らしいと思います。
念願のビール飲めてよかったね、次郎ちゃん。


というわけで、S.E.Mというユニットがどういう構造をしていて、何を目指し、悩み、支え合っているのかを、余すところなく描ききる見事なエピソードでした。
ともすれば『クソ真面目ロボット』とだけ描いて終わってしまいそうな硲さんの誠実さ、弱さ、恐れと不安をそれを受け止めつつ自分らしく役割を果たすまいたる、次郎ちゃんとの絆ど、どっしり描ききる。
オッサンユニットの無様さ、格好悪さから逃げずに、むしろ『だからこそ』のアツさと格好良さを、計算されきった感情操作でしっかり伝える。
『S.E.Mとは何なのか』を豊かに語り切る、見事な個別回だったと思います。
感情が誰か一人の一方通行ではなく、お互い真摯に受け止め、発信する公平な関係であったのが、非常に良かったです。

本筋の豊かな表現力を活かし、今の315事務所の現状、S.E.Mが引き起こされ、引き起こした変化も横幅広く描ききっていました。
JupiterからS.E.M、S.E.MからHigh×Jokerへとつながる感激のリレーは、今後あるだろうハイジョ個別回で更に炸裂することでしょう。
やっぱ浮かれポンチメガネこと四季のアッパーテンションと、いつもクールな旬のダウナーテンションの落差が、話の基調になるんだろうなぁ。
こういう読みと期待が自然と生まれるよう、しっかり準備してるのは流石。

とは言うものの、次回は顔すら見せていない謎の双子ユニット『W』の登場回となりそう。
315事務所の面々にも愛着と慣れが生まれてきたこのタイミングで、ニューカマーを軸に据えてダンドリ感を抜いてくるのは、良い構成だと思います。
ここまでの個別回で鮮明に描かれた、ユニットごとの個性と関係性、心地よいバランスを『W』はどう描写してくるのか。
期待満点で、来週を待ちたいですね。