イマワノキワ

TRPGやアニメのことをガンガン書き連ねていくコバヤシのブログ

推しが武道館いってくれたら死ぬ 四巻感想

”推しが武道館いってくれたら死ぬ”(平尾アウリ徳間書店)の四巻を見る。
フェスを前に、空間的にも時間的にも人格的にも描写が拡大していくChamJam。
舞台に立つもの、それを見守るもの。
それぞれの感情が深く、深く切り刻まれ混ざり合う、熱量のある巻。
一言で言ってヤバい。

今回は狭いホームの中で幸福な共犯関係を保てていたちゃむとオタク、そしてちャむ内部の関係が、一気に拡大していく巻である。
フェスという物理的・社会的・心理的あらゆる面で『外部』に飛び出す大舞台を前に、安定しているように見えたちゃむメンバーはどんどん内面と過去、不安定な未来を語り出す

例えば眞妃に重たい感情を向ける夏未の登場。
彼女と強い絆で結ばれたゆめは、持ち前のぽわぽわかんで夏未のジャブを受け流す。
相変わらず、まきゆめの繋がりは鉄板である。
しかしその個人的連帯の強さは、夏未のグループよりちゃむが格下であるという、冷厳な事実を否定できない。

これまでオタクの幸福なサークルの中で、本気では描写されていなかった摩擦。
三年やって未だド地下な劣等感と焦り。
フェスという『外部』に擦れ合うことで、ちゃむの地金が見えてくる。
しかしそこには、負の感情だけがあるわけではない。

これまでただのバカと描かれていた優佳は、フェスを前にしても天真爛漫な心を失わない。
武道館に行くのもピンとこないし、アイドルやめて公務員とか爆弾も投げる。
そんな彼女の『どこでもファンが居るなら同じ』『優佳がみんなを武道館に連れて行く』という言葉の、真っ白なかけがえなさ。

あるいは腹黒ロリータとして、コミックリリーフを担当してきた文の複雑な内面。
空音が引き込まれたように、絶対的センター・れおのカリスマの飲み込まれ、それでも自分なりに戦い続ける、勝ち目のない最前線。
後列でも、人気なくても、それでもアイドルとして自分として、己を立てたい野望。

ちゃむには温度差があり、認識のズレが有る。文の切迫した本気を、優佳は共有していない。
そのズレが逆に、メンバーへの敬意や繋がりを強くしたり、メンバー個人にしか持ちえない輝きを強めたりもする。
その姿は、どこか星座のようで切なく眩しい。
繋がっていないからこそ繋がろうと永遠へ手を伸ばす

二列目の文が、れおを見つめる視線の重力が本当に重くて痛い。
勝てないと思い知っているからこそ焦り、空回りし、その無様さを思い知ってなお勝ちたいと、強く思い続けるアイドル。
そんな文は、それでもれおを尊敬している。尊敬しているからこそ、抜けないし抜かないと思いつめている。

『わたしがセンターに立てるのは
れおがアイドルをやめる時だと思う』

小さな身の丈を嫌という程自覚した、世間的には敗者とされるだろう文の切なる願いと、それを抱えたまま『れお、アイドルやめないでね』と本気で言える感情のザラつきに、強い恐怖を覚えた。

そういう感情を引き寄せてしまうれおも、様々に揺らぐ。
敗北に終わった過去、底辺から抜け出して飛翔するかつての同僚。
天の高みを一回見てしまったからこそ、地べたに這う現状が惨めで、でもそこで共にある仲間は本当に愛おしくて、れおの心はグチャグチャになる。

『アイドル』としてのタイムリミットに焦り、そんな時間を共有して一緒に走ってくれているくまささんに救われ。
推し武道は『アイドル』が理想の偶像として求められる視線と、等身大の人間として震える姿を、複雑に重ねながら優しく切り取ってくる。
その共存が好きだ。

『アイドル』はどうしようもなく血の通った人間であり、同時に圧倒的に神様でもある。
そんな矛盾したあり方を一番見せているのは、やはりれおだなぁ、と思う。
メンバーの敬意を集め、最年長兼センターとして気を配り、舞菜の野心を煽る。
圧倒的に優れた人格を持つ、尊敬できる女。

そんな彼女でも、当然のことながら揺らぐ。
ダイヤモンドに傷を立てて、そこから流れる血の色を確認するように、的確にジャブを打ってくる元同僚・メイの感情が太い。
イヤ絶対、れおガチ勢でしょこの人…別れてしまったのなら、せめて憎んでほしい系重力女でしょ…こええ…。

センターであるれおの『格』と、あらゆる人間の感情を吸い寄せる引力を分厚く描けているのは、この漫画の強さだと思う。
彼女に夢を見て、一緒に走るくまささんの献身が、クソオタクの外見を超越してピカピカしているのも、彼女の『凄み』を加速させている。
『外部』との接触は、そんな彼女すら揺らす

そういうとても大きいものに、ちゃむをぶつけたことで、地下アイドルにとっての『現実』を生々しく、愛おしく、多角的に描く話だったかなぁ、と思う。
ファンサイドの葛藤や愛情も丁寧に追いかけられ、そこかしこにシュールな笑いもあり、贅沢な作りである。
有り難くて拝むしかねぇ…。

お人形さん、あるいは神様のように可愛らしい『アイドル』は、その仮想を背負ったまま、魂の血潮を流す圧倒的人間でもある。
それを受け取るオタクもまた、神と人間の距離に悩みつつ、ときに止みときに高まり、様々な形の愛を捧げる人間である。

そういう多層的な作品の魅力が、ぐいっと前に出た巻だったと思います。
人間と人間が向かい合う瞬間飛び交う火花、『アイドル』が偶像であるために捧げる痛みを、凄く繊細なタッチで切り取れるアウリ先生の才覚は、ほんと怪物的だと思う。
熱量があって、粘性に満ちて、重たくて綺麗だ。

そういう感情が『アイドルグループ』と、それを取り巻く『オタク』の中/外で交錯することで、また別の感情を生んでいく。
そういう流動性のドラマも丁寧に追ってくれていて、本当に面白い。
フェスの勝利と敗北が、ちゃむに何を生むのか。
限界オタクたちはその流れに、どう爪を立てて愛を捧げるのか。

『外部』からちゃむの女たちに巨大な感情をぶつけてきた女は、今後どういう絡み方をしてくるのか。
色々なことへ強い興味を掻き立てられる、面白い巻でした。
アニメ化も決定し、ますます殺傷力の高い漫画となっていくでしょう。
やっぱスゲーわ。