・ガルパ履修記録
— コバヤシ (@lastbreath0902) 2020年8月31日
RAISE A SUILEN ~御簾を上げろ~(前後編)
野望に燃えるちびっこプロデューサーが集めた、超実力派集団RAS。
彼女たちの音楽と青春が、躍動し暴走する。走り抜けた先に、広がる新たな景色とは…。
そんな感じの、RAS第一章。アニメベースながら、結構変更もある良いストーリーだった。
RASはどうしても、アニメ二期・三期と合わせた感想になってしまうのだが、ガルパではポピパの見せ場たる”Step×Step!”がカットされていたり、RAS一本に注力した見せ方になっていた。
— コバヤシ (@lastbreath0902) 2020年8月31日
RASのイベストなんだから当たり前といえば当たり前だが、メディアが変わると注目点も変わる。
RAS(特にチュチュ)を悪役にすることで二期・三期のプロレス路線は回っていたし、それで各バンド美味しい見せ場を貰っていた部分もあるのだが、まぁ悪役頑張るチュチュ様がなんとも見てて辛く。
— コバヤシ (@lastbreath0902) 2020年8月31日
彼女の暴走も含め、RAS一本に絞って見れるバンストは、僕には結構ありがたかった。
RASという音楽集団はMorfonicaとはまた違う角度から、既存5バンドとは差異化された集団だと思う。
— コバヤシ (@lastbreath0902) 2020年8月31日
制服を着ず、学校でのシーンが極端に少ない。成長途中の学生としての側面を、あまり描かれない大人なプロ集団。
であると同時に、フロントであるチュチュとその側近パレオは中学生である。
他のバンド(特にポピパ)が順路で追いかけていた、子供カから大人への足取り。バンド活動を通じ、学校を基盤とした青春を通して、自分たちがどんな存在であるか見出していく歩み。
— コバヤシ (@lastbreath0902) 2020年8月31日
これが逆路になっている印象を受ける。駆け足で子供時代を終えてしまった子供たちの、青春やり直し。
そのスタートラインに皆で並ぶまでが、今回のバンストなのかな、と思ったりもする。
— コバヤシ (@lastbreath0902) 2020年8月31日
レイヤが作中で述懐するが、過度に大人っぽく、周りと波風立てず自分を主張しないことが、自分の大事なものを損なうこともある。
なら、より良く子供っぽくあることが、ときには必要なのだ。
この課題が一番デカいのは当然チュチュ様で、飛び級で高校まで上がりバリバリビジネスしつつも、彼女の情緒は不安定で幼い。
— コバヤシ (@lastbreath0902) 2020年8月31日
両親による無条件の肯定、愛で窒息させる情緒虐待でクローゼットに追い込まれた彼女は、音楽活動を”戦争”と受け取る。勝つか負けるかなのだ、と。
それは八潮瑠唯が人格を折り曲げられ、効率重視のロボット人間になるしかなかったクラシックの厳しさに、向き合いたかったのに向き合えなかった過去が、生み出した世界認識だ。
— コバヤシ (@lastbreath0902) 2020年8月31日
チュチュは多分、ちゃんと戦って負けたかった。そうすれば、新たに歩き出すだけの才覚は十分以上にある。
だが(おそらく順当に勝つことばかりを知っていた)母のシェルターに阻まれて、チュチュの非才は居場所を見つけることが出来ないまま、正しく負ける日を探している。
— コバヤシ (@lastbreath0902) 2020年8月31日
自分を見てくれないママにぶつかろうにも、海外飛び回って捕まらない。RASはチュチュにとって、失われた母を探すための地図でもある。
チュチュは耳も頭もいいので、”自分の音楽”に要求するレベルも高い。演奏家としてのチュチュは、その要求を満たせない。
— コバヤシ (@lastbreath0902) 2020年8月31日
結果、最強のメンバーを自分の足と耳で探し、必死に手を握って不器用に繋ぎ止めようと頑張る。
荒っぽい態度を取りつつ、音楽に感激し演奏を褒める感性が敏感なのは、彼女のいい所
RASが10代で良かったなぁ、と思う。年齢差はありつつも、お互い肩を並べて尊敬し、刺激し合うフレームになんとか収まっている。
— コバヤシ (@lastbreath0902) 2020年8月31日
ここに”大人”がいると、その人はチュチュの代理母に収まってしまった気がする。
それは多分、あまりいい結末を産まない。母胎回帰が、チュチュの運命ではない。
チュチュはRASを使って、外側に暴露していくことを望む。バンドメンバーには何かを覆い隠す別個の名前を与え、自作の曲には軒並み殻を破って外に飛び出すテーマが顔を出す。
— コバヤシ (@lastbreath0902) 2020年8月31日
それは未だ自分を包むママの腹から飛び出し、自律呼吸のための泣き声を世に問いたいからだろう。
しかし自分が選んだ外部接続端子たるRASと心が離れた時、チュチュはクローゼットにこもる。
— コバヤシ (@lastbreath0902) 2020年8月31日
そこは傷つけられた時帰還する場所、外界から隔絶された安全なホームであり、母の呪われた庭園でもある。
そこを憎んでいるのに、傷ついたらそこに帰るしかない。ママの呪いは相当深い。
RASメンを(自分がそうされたように)支配しようとして、反発された後。
— コバヤシ (@lastbreath0902) 2020年8月31日
こもったクローゼットにはまずパレオが手を差し出し、チュチュはその甘い誘惑をはねのける。
他の何がなくなっても、パレオがお側におります。
そういう依存=支配関係を、『あんた”だけ”いてもしょうがない』と拒絶する。
それは攻撃的で臆病なチュチュが、結構世の中見えてる証拠だと思う。
— コバヤシ (@lastbreath0902) 2020年8月31日
パレオとの特別緊密な関係(じゃないと、鳰原さんはRASに戻ってきてない)に閉じていくことも出来たのに、それだけじゃしょうがないと、その手を跳ね除ける。
それは擬似母子共犯の沼に、沈み込むことを拒絶する姿勢だ。
自分が真実自分として立つためには、無条件の愛で全肯定されるのではなく、シビアな現実にしっかり立ち向かい、誠実に負け、自分ではない誰かと肩を組んで戦う必要がある。
— コバヤシ (@lastbreath0902) 2020年8月31日
自立とはつまり健全な他者依存であることを、チュチュはその明晰な頭脳で痛いほど認識している。
しかし身のうちに刻まれた呪いは、彼女が感じ取った正しさを阻害していく。
— コバヤシ (@lastbreath0902) 2020年8月31日
母が嫌いなはずなのに、それだけが世界の全てだったから、傷つけば同じことをしている。
”家”というシェルター/クローゼットが持つ普遍的な呪いが、チュチュの暴発には反射している。ここが、個人的には一番痛ましい。
パレオも相当頭がいい子なので、ちゆと令王那の閉じた関係性だけをチュチュが望んでいないのは気づいていたと思う。
— コバヤシ (@lastbreath0902) 2020年8月31日
それでも、『パレオだけはお側に…』なのだ。
それは同じように窒息しかけ、手を引いて”パレオ”を見つけてくれた主への敬愛と、裏腹の感情から出ていると思う。
パレオとチュチュの関係は、二人が共犯的に(あるいはパレオ主犯で)作り上げられたものだ。
— コバヤシ (@lastbreath0902) 2020年8月31日
ナチュラルにご主人さまとキーボードメイドだったわけではなく、『どうなりたいか』と問われた鳰原令王那が『こうありたい』と望んだ形に、チュチュが半分”付き合ってる”形だ。
アプリでは飛ばされたけども、急にメイドのロールプレイ始めた親友に、ちゆは結構当惑している。その上で、提示された新しい関係を許容し、パレオの望むご主人さまを演じている側面がある。
— コバヤシ (@lastbreath0902) 2020年8月31日
相手の要求を感じ取り、それに相応しいサービスを提供し、満ち足りた関係を作る。
サディスティックな”ご主人さま”に見えて、チュチュは親友が欲しい物をしっかり手渡しているし、それを貪欲に飲み込んで早熟なメイド・モンスターは駆動している。
— コバヤシ (@lastbreath0902) 2020年8月31日
マゾヒストが服従の体で差し出してくる、シビアな存在規定。『欲しい物をくれなきゃ、あなたはご主人さまになれませんよ?』という脅迫
そこら辺が、規格外の頭脳を持つ二人の中学生の間でやり取りされている所が、この二人の面白いところだと思う。その言葉の真実の意味合いで、SM的なカップルなのだ。
— コバヤシ (@lastbreath0902) 2020年8月31日
無論、パレオは搾取するだけではない。
爆走するプロデューサーが倒れないよう支え、何かと波風立てるご主人さまのフォローをする。
しかし、対等に意見を言ったり、自分のやりたいことを告げたりはしない。
— コバヤシ (@lastbreath0902) 2020年8月31日
自己紹介エピで、パレオは自己紹介をしない。『チュチュ様がどれだけ凄いか』を語り続ける。
それは、鳰原令王那への静かな憎悪を感じさせて、自分にはコメディに見えなかった。
パレオが本当。令王那は嘘。
親に負担をかけないためだけに、スーパー優等生を演じれてしまう才能がパレオの不幸でもあるのは、自分の非才が判ってしまう(それでも、音楽を諦めきれない)チュチュの審美眼と、どこか似ている。
— コバヤシ (@lastbreath0902) 2020年8月31日
過剰に膨れた才覚は、それが乗っかる素地が遊びの中固められていないと、大きな負担になる。
そういうアンバランスが、”パレオ”というキャラクターに過剰な救済を求める令王那の危うさを、より強調する。
— コバヤシ (@lastbreath0902) 2020年8月31日
しかし、チュチュの与えたRASという嘘は、メンバーをそれぞれ救ってもいる。それは、彼女が音楽に、バンドで挑む闘争と敗北と勝利に本気だからだ。
RASメンはみな、本名では弾かない。
私生活を切り離しショーアップされた”バンド”の名前があることが、チュチュによって特別に選ばれた証明、RASという居場所があることの証にもなる。
— コバヤシ (@lastbreath0902) 2020年8月31日
バックボーカルではなく、チュチュだけのボーカルとして和奏レイの手を取った時。
居場所のない狂犬に、暴れるドラミングこそバンドに必要だと求めた時
チュチュは”プロ”であることでは満たされない、早熟な才能に必要なものを差し出している。
— コバヤシ (@lastbreath0902) 2020年8月31日
それは自分の闘争の道具としてメンバーを求める身勝手…である以上に、凄く切実な”戦友”としての歩み寄りだと思う。
あなたじゃないと、私はバンドで戦えない。折れ曲がったものを、もう一度立て直せない。
そういう必死さ、大人な態度の奥にある欠落に共鳴したから、チュチュはレイヤやマスキングに手を差し出し、彼女たちはそれを取ったのだと思う。
— コバヤシ (@lastbreath0902) 2020年8月31日
見つけ、手を差し伸べる才能。
プロデューサーに、人間に必要な能力が挫折と苦痛の中消えなかったのは、チュチュの幸運と言えよう。
ここで面白い刺さり方をしているのは、バンドで唯一”普通”…の皮を被っているロックだ。
— コバヤシ (@lastbreath0902) 2020年8月31日
ポピパに憧れ、自分のバンドを探し求めつつも、内気な自分が邪魔をする。
そんな彼女が誰かのため、拘束具を脱ぎ捨てて奏でた演奏に、チュチュは何かを感じた。
そうして差し伸べた手は跳ね除けられたり引っ込められたり、まぁ面倒くさい過程を経て(仮)が解ける。
— コバヤシ (@lastbreath0902) 2020年8月31日
『ポピパさんみたいなバンド』を曖昧に求めていた女の子は、RASこそが自分のバンドなんだと、ポピパとぜんぜん違うサウンド、ぜんぜん違う仲間を隣に置いて、鴨川で堂々吠える。
その一言がなければ、令王那がRASに戻っていたかは、かなり怪しいと僕は思っている。
— コバヤシ (@lastbreath0902) 2020年8月31日
愛のために駆け出したチュチュ様を見て、チョロくコロンといっているようにも見えるけども。
キーボーディストとしてのパレオを、譲れない仲間として強く求めたロックの言葉抜きでは、背中は押されなかった気がする
パレオは優等生の仮面の奥に、凄まじい知性と欠落を抱えている。
— コバヤシ (@lastbreath0902) 2020年8月31日
それを満たしてくれたのは…嘘じゃない”パレオ”をくれたのはチュチュだけども、同時に演奏家としてRASにいること、他のメンバーと繋がることも、彼女の喜びになっていた。
自分も、チュチュだけいてもしょうがなかった。
そういうことを、ロックの熱い叫びは思い出させた気がするのだ。
— コバヤシ (@lastbreath0902) 2020年8月31日
ここら辺は凄くガルパ的な話作りで、特別な関係性がありつつ、他の人との繋がりを”おまけ”にはせず特別を増やしていくキャラクターは、氷川姉妹しかり薫と千聖しかり、非常に多い。ガルパの視線は常に、閉鎖より開放に向かっている。
チュチュが身を封じたクローゼットから、レイがわがままに引っ張り出したのも同じ方向性で。
— コバヤシ (@lastbreath0902) 2020年8月31日
それはチュチュを母の呪い、母胎への帰還から取り戻し”RASのチュチュ”に成長させていく一歩であると同時に。
過度に大人び、傷つけ合わない距離を守り続けた”和”奏レイを、”RASのレイヤ”にする一歩でもあった
誰かに働きかける強い一歩は、必ず反射して自分も変えていく。自分が変わらなければ、誰かを呪いから解き放つほどの強い歌は奏でられない。
— コバヤシ (@lastbreath0902) 2020年8月31日
そんなレイヤの踏み込みは、チュチュがその小さな手で”RASのボーカル”の手を、必死に掴んだ恩返しでもあるのだろう。
チュチュ様は作曲とかビジネスとか色んな才能があるけど、一番の才能はコレと見込んだ相手を本気で求める思いの強さだと思う。
— コバヤシ (@lastbreath0902) 2020年8月31日
それが母に(愛されることで)殺されたトラウマの穴埋めだとしても、チュチュは他人に母を求めない。そこにいる、私に似たあなたを見据え、手をのばす。
それに救われた人がたくさんいたから、RASはわやにならず、ゴツゴツぶつかりつつも新しい形に生まれ直せたのだと思う。
— コバヤシ (@lastbreath0902) 2020年8月31日
”Beautiful Birthday”はチュチュ新生の寿ぎであると同時に、RASという集団が新たな関係性で繋がり、相互に助産し生まれた産声でもあるのだろう。
パレオは強火のパスパレオタクだが、パスパレには入らない。
— コバヤシ (@lastbreath0902) 2020年8月31日
ロックはポピパ狂だが、居場所はそこにはない。
レイヤははなちゃん大好きだが、パレオを追いかけた時、彼女を置き去りに駆け抜けていった。
他の大事なものを、手放してでも掴みたい”私だけのバンド”
戦って負けることを望むチュチュの熱量が仲間に真実伝わった結果、RASはRASになっていく。
— コバヤシ (@lastbreath0902) 2020年8月31日
その結末は、正しく競い合った果ての”負け”であるべきで、だからRoseliaがグランプリなのは必然だと思う。
母の愛に絞め殺され、その腕から出ようともがき続けたチュチュは、ようやく負けれたのだ。
だからこの先、RASが”正しく勝つ”話は来るだろうし、それは孤独な物語にはならないだろう。
— コバヤシ (@lastbreath0902) 2020年8月31日
RASは”私だけのバンド”だけど、わたし達をつなぐものは、そこにしかないわけじゃない。
そういう開放性を、ポピパキチであるロックがキャラの根っこにもってるのは良いな、と思う。そこに癒着しない風通しも。
この後みたいRASの物語は…パレオが気になっている。
— コバヤシ (@lastbreath0902) 2020年8月31日
彼女のマゾヒズムが、チュチュを縛る甘やかな鎖でもある歪さは、必ずしも是正するべきではないと思う。
そういうあり方でも、圧し曲がりそうな魂を繋げるのなら、それは多分”正しい”からだ。美しくもある。嘘がないからね。
”いつか”で良いんだが、パレオは”鳰原令王那”を肯定してやってほしい。
— コバヤシ (@lastbreath0902) 2020年8月31日
RASを通じてチュチュが再獲得したいのが、ズタズタにされた”珠手ちゆ”であるように。
彼女がパレオという嘘で取り戻したいものは、どうやっても生身の鳰原令王那と繋がってしまう。
そこをどう繋ぐかは、パレオのやり方でいい。
ただパレオでいること、RASでいることで手に入れた肯定感を、上手く鳰原さんにも戻してあげてほしいな、とは思う。
— コバヤシ (@lastbreath0902) 2020年8月31日
その方が、多分求めているものに近いと感じるから。
現実に順接することだけが、救済の形ではないと書いてるのは、RAS独特の強みだよな。ちとミシェルの物語に近い。
あとチュチュの魂の根っこ、RASの根源に母親への愛憎があるので、音楽でぶん殴って母殺し成し遂げる話はやってほしい。
— コバヤシ (@lastbreath0902) 2020年8月31日
それを言い出すのは、最も戦闘的なマスキングが良いと思う。
『やっぱよぉ…お前のおふくろ殴らなきゃダメじゃねぇか? いや、音楽で』と言って欲しい。
音楽だけで繋がった戦闘的集団は、それだけじゃ”音楽”するには足りないと、衝突の末思い知った。
— コバヤシ (@lastbreath0902) 2020年8月31日
もっとお互いのことを話して、色んな経験を積んで。
当たり前の子供みたいに笑うことが、大人びてしまったわたし達には必要なのだ。
そんな逆向きの物語が、これから築かれるだろう。
それが(幸福にも)当たり前の子供であることから、楽器を杖に大人になる道を進んでいった既存のバンドとは、別の物語だ。
— コバヤシ (@lastbreath0902) 2020年8月31日
だから面白い。
他バンドがかなり成熟を積み重ね、自分たちの尖った幼さの使い方を学んできてる現状だからこそ、RASがこれから書く逆行は、面白いと思う。
そんな物語のための必要性は、この第一章で非常に色濃く書けた。
— コバヤシ (@lastbreath0902) 2020年8月31日
それぞれの魂の色合いの違い、それでも繋がる理由。チュチュが本気で作った嘘が、それぞれの救いとなっている様子。
しっかり耕した物語の畑に、どんな大樹が伸びるのか。RASの今後がとても楽しみである。
追記
— コバヤシ (@lastbreath0902) 2020年8月31日
性にまつわるものは大概そうだけど、SMもまた奇妙な歪みと揶揄に彩られ、そのあり方を掘りさげる視線は少なく細い。
チュチュパレはサディストとマゾヒストの間にある複雑な共犯、表裏が激しく入れ替わる権力構造を、ポップに隠微に捕らえているので、とても好きだ。
ここらへんの視線は、漫画家・甘詰留太の作家性(に通じるものがあって、彼が好きな自分としてはとても面白い。
— コバヤシ (@lastbreath0902) 2020年8月31日
凶暴なほどの純情を繋げるのに、なぜ支配と被支配という関係が必要なのか。
そういう形でしか己を表せない歪みと真実が、多分チュチュパレ見てると暴かれていく。楽しみだ。
”ちゆ””令王那”で呼び合うタメの関係では、掴み取れない切実な願い。
— コバヤシ (@lastbreath0902) 2020年8月31日
それが手に入ると思ったから、パレオはメイドと主人という関係を差し出し、チュチュは当惑しつつそれを受け入れた。
そこには強いエゴと愛、嘘と本当が絡み合って、凄く人間的な瞬間だなと思った。だから、二人のことが好きなのだ。
追記 演奏というコミュニケーション、バンドという同意形成
RAS追記
— コバヤシ (@lastbreath0902) 2020年8月31日
SMにしても親子関係にしても政治にしても、大事なのはコミュニケーションと合意形成である。
RASメンは卓越した技術、それに乗っかる強い”我”を、RAS以外では受け止められない演奏家集団だ。音でコミュニケーションがしきれないほど、強い連中といえる。
滅茶苦茶にされたプライドをバンドで取り返そうともがくチュチュの美意識は、孤立するほど高水準の才能を求め、RASは天才が本気でやっても壊れない”器”としての強度を手に入れた。
— コバヤシ (@lastbreath0902) 2020年8月31日
同等の才能を前に、バンドメンバーは音で問いかけ、音を聞く。それに合わせて、自分の発する音を変えていく。
枷を付けられていた才能が、存分暴れる”器”としてのRAS。
— コバヤシ (@lastbreath0902) 2020年8月31日
今回のバンストは、そういう描写が多かった。
才能を走らせがちだった連中が、尊敬できるプレイヤーとコミュニケーションし、一つの音楽を作っていく。対等に合意を形成していく。
それはとても”大人”な関係性だ。
同時にそれを駆動させているのは、音楽への強すぎるパッション、無形の情熱そのものである。
— コバヤシ (@lastbreath0902) 2020年8月31日
対等に向き合える相手がいればこそ、幼くすらある熱量は方向づけられ、世界に向かって広がっていく。
ここでも、『適切に子供っぽくあることで、より良く大人でいられる』というテーゼが顔を見せる。
ここら辺、自他境界線が極端に薄いこころの思うまま、世界に最善を振りまいているハロハピのあり方と対照すると面白いな、と思ったりもするけど。
— コバヤシ (@lastbreath0902) 2020年8月31日
より善い自分、より善い世界、より善いわたし達である方法は、本当にたくさんある。
そのどれもが尊く、誰もが間違う。だから、面白いのだ。
あと広町が”普通”であろうと自分を抑え込んで、露骨に本気でやってない(けど/そのことによって”バンド”になりつつある)モニカは、同じ新バンドでも集団としてのあり方がRASと真逆で、そこも面白い。
— コバヤシ (@lastbreath0902) 2020年8月31日
ぜってぇチュチュに『いつまでお優しく”普通”やってあげてるの、広町さん?』って言って欲しい。
追記 真実と指切りしたらそれ以外と途切れるほど、人生の道幅は狭くない……はずであり、そうあるべきだろう。
RAS追記
— コバヤシ (@lastbreath0902) 2020年8月31日
RASメンたちが自分たちを”RASのわたし(達)”と認識し選び取っていく過程は、アニメ二期でおたえが”ポピパの花園たえ”というあり方を”RASのHANAZONO”より優先し、決断した歩みと重なってんだな、と思う。
皆が特別な何かを選ぶ。それは、何かを選ばない残酷と重なる。
しかしそれは、単一の相手と手を取ってクローゼットに閉じていく道を意味はしない。
— コバヤシ (@lastbreath0902) 2020年8月31日
人生を変える特別さを維持したまま、そこ以外と繋がるチャンネルを作るのはとても険しいが、可能な道だ。
そこら辺を、RASが今回たどったでこぼこ道は教えてる気がする。