裏世界ピクニックを見る。
— コバヤシ (@lastbreath0902) 2021年1月26日
ある日、鳥子は裏世界の奥へと消えていった。
はじき出され、取り残された空魚は小桜を巻き込み、彼女を追い求める。
侵食されていく認識、変貌していく世界。
そうして鳥は月を追い、魚は空に手を伸ばす。
焦がれても、届かぬものに侵されながら。
そんな感じの桜井さん裏世界本格参戦! ノーアクションでブルブル震えてるだけだった可愛い!! な回。
— コバヤシ (@lastbreath0902) 2021年1月26日
原作どうなのかは判らんけども、かなり情報が圧縮され(多分切断もされ)ていて、咀嚼するのが大変な回だった。
見終わった今でも、的確に消化できているか自信はない。
なので書きながら考えるぜー! って感じではある。
— コバヤシ (@lastbreath0902) 2021年1月26日
ネットロアー探検隊というよりは、名状しがたい異界知性と『検索してはいけない言葉』の形をとってコンタクトしている話で、存在と認識が根っこにあるSF味かなり濃い話だなー、と今回で思った。
アニメでやるの難しそー(今更)。
なんつーかな…匿名掲示板的な怪異譚に接近はしてても、根源は思弁小説(あるいはそのバックにある形而上学)で、存在規定も解決法もそっちより、というか。
— コバヤシ (@lastbreath0902) 2021年1月26日
アクションそれ自体よりも、目の前にあるモノをどう認識しどう名付けるか(あるいはそれを諦めるか)に、問題解決の根っこがある。
認識は相互的であり、また根源的でもある。
— コバヤシ (@lastbreath0902) 2021年1月26日
気付くことで世界は根本的に形を変え、気付かされることで問題は解決していく。
空魚の問題は常に鳥子の存在、彼女との相互認識に紐付いていて、思いが揺れれば世界も揺れ、恋を掴めば怪異も殺せる。
思いこそが、不定形の世界に途を定めるのだ。
それはネットロアの形をした魔術書を読むような、ある意味錬金術的な物語であり、そういう意味ではエンデの継承者というか、現代版の打ち直しというか。
— コバヤシ (@lastbreath0902) 2021年1月26日
こういうオカルティストとしての肌感覚を確認するには、原文読んだほうが良いんだろうなぁ…アニメ放送終了までは、タメようかと思うが。
さておき。
— コバヤシ (@lastbreath0902) 2021年1月26日
物語は空魚が裏世界からはじき出され、鳥子を見失ったところから始まる。
月を追い求める鳥は、足下に自分を求める魚を見ない。二人のすれ違いは加速し、せっかく頼んだ食事を共に食べることはない。
©宮澤伊織・早川書房/ DS研 pic.twitter.com/bhTlcDNVD5
人の形を取っているが分かり合うことはなく、世界からはじき出されて出会うことはない。
— コバヤシ (@lastbreath0902) 2021年1月26日
”おっさん”と鳥子は巨大な空白、不明なる謎として空魚の前に存在し、彼女の視線を強く弾く。
思いを伝えたくても言葉は空転し、知らない女のために空魚は死ねない。
だが、目の前のあなたのためならば…。
鳥子にとっての冴月は、空魚にとっての鳥子だ。
— コバヤシ (@lastbreath0902) 2021年1月26日
持ち前の空虚、家族の不在を埋め、世界認識に意味を与えてくれる存在。女の形をした聖典(キャノン)。
その視線の強さは同じなのに、向いてる方向は致命的にズレていて、だからすれ違い、はじき出される。
危険な裏世界に赴くことも、鳥子と一緒にいることも拒絶はしない(出来ない)のに、視線を重ねて月を求めることは拒みたい。
— コバヤシ (@lastbreath0902) 2021年1月26日
うまく形にならなかった思いを抱えて、裏世界に再び赴こうとする空魚は、小桜に厄介を持ち込む。
©宮澤伊織・早川書房/ DS研 pic.twitter.com/1I7iWqh5qk
鳥子により深く接触できるはずの私室は既に裏世界化し、しかも一方的に観察される客体ではなく、視る側を見返し弾き返してくる主体へと変質している。
— コバヤシ (@lastbreath0902) 2021年1月26日
ネットロアの形を借りて現臨している”それ”は、人知を超えたルールを有し、しかしこちら側にリアクションしてくる。
それは認識によって形作られる世界であり、知ること、視ることが変容をもたらす。
— コバヤシ (@lastbreath0902) 2021年1月26日
鳥子の形をした”何か”は勝手に青い世界を走り回り、獲った覚えのない写真がメモリーに残る。
超認識論的な世界に置いて、偶然はありえない。全ては兆しであり啓示として、あらゆるものが繋がってしまう。
それはオカルティスト(あるいは偏執狂)の認識であり、裏世界に出会うことで(あるいはその前から)空魚の現実は、何もかもが超越した論理によって繋がってしまう不気味な世界へと、青く塗られていく。
— コバヤシ (@lastbreath0902) 2021年1月26日
その崖っぷちで足を止めて、平和にビールを飲めるのか。フツーに大学生出来るのか。
それは空魚の主観次第であり、惚れた女にどれだけ思いを伝えられるか、接触してくる”それ”の影響をどれだけ拒め(あるいは適切に受け入れ)るかにかかってくるのだろう。
— コバヤシ (@lastbreath0902) 2021年1月26日
空魚をはじき出した”おっさん”のように、あるいは飲み込む巨大な口のように。
©宮澤伊織・早川書房/ DS研 pic.twitter.com/L5bjvWuBig
裏世界にある”それ”は、接触し認識した空魚を認識しかえし、接触し返す。
— コバヤシ (@lastbreath0902) 2021年1月26日
ネットに流れる怖い娯楽を追う。
それはあくまで認識をわかりやすくするための皮相であり、魅力的なほら話の奥には、もっと名状しがたい混沌(あるいは超秩序)が、口を広げて待ち構える。
弾き返す”おっさん”と飲み込む”口”。
— コバヤシ (@lastbreath0902) 2021年1月26日
正反対のベクトルが裏世界にあり、空魚(と巻き込まれた小桜さん)に接触してくるのは、なかなか面白い。
それが平穏な日々に帰りたい想いの反射なのか、危険と鳥子に焦がれる気持ちの反映なのか…”ソラリスの陽のもとに”だな。
あるいは観測者の思いなど一切無視して、”それ”は独立不可知な存在としてただ在るのかも知れないが。
— コバヤシ (@lastbreath0902) 2021年1月26日
そんな世界の駆動律を横に置いて、凸凹コンビの裏世界ピクニックが幕を開ける。ダルダルのTシャツとスリッパでな! 小桜さん可愛いッ!
©宮澤伊織・早川書房/ DS研 pic.twitter.com/PguKEaTBuJ
サラリと語られる空魚のオリジンは相当に狂っていて、『ヤバいライフパスがあったからこそ裏世界に惹かれ、ヤバい女に惚れ込んだんだなぁ…』と納得もしたが。
— コバヤシ (@lastbreath0902) 2021年1月26日
世の裏側にあるものを視てしまう資質、怪異に行き交う才能が元々あったわけね。
世が世なら、審神者とか巫女とかになってたかな。
あるいは妖怪ハンターか。
— コバヤシ (@lastbreath0902) 2021年1月26日
空魚は自分がヤベー女だと自覚しないまま、自分の情緒を滅茶苦茶にして好き勝手に空を飛ぶ女をヤベーヤベーと吠える。
正気に見えていた一人称に、既に狂気と認知の歪みが滲んでいたと判るのは、軽くホラーで気持ちがいい。
小桜視点で語る鳥子…と冴月には、第三者故の冷静さと微かな嫉妬が薫る。
— コバヤシ (@lastbreath0902) 2021年1月26日
探索者とともにあることが出来ない、ビビリの書斎派。自分ではなくあの女を、隣に誑し込んだにくい女(ひと)
散々文句言いつつも、惚れた女を取り戻すため黄泉路をたどる宿命は、小桜さんも拒絶は出来ない。
この話に出てくる探索者は、皆自分なりのエウリデュケーを追い求めるオルフェなのだろう。
— コバヤシ (@lastbreath0902) 2021年1月26日
”視るな”と言われても見ることで、詩人は愛する人を失う。
知ることは失うことの第一歩であり、それでも認識の動物たる人間は、瞳を塞いで足るを知ることは出来ない。大賢は、まさに大愚に似たり。
”親”の不在、そこに滑り込む存在感のデカイ女というファクターが、空魚と鳥子で共通しているのも面白い。
— コバヤシ (@lastbreath0902) 2021年1月26日
この危険な裏世界に踏み込み、現実を侵食/改変されても求めるあの人は、遥か過去に失われたものの代理品なのだろうか?
誰かを求める身勝手は、鏡合わせに反射していないか?
ここら辺煮込んでいくと、またくっそ面倒くさい人間関係有毒ガスがモヤーっと発生しそうで、なかなか面白いが。
— コバヤシ (@lastbreath0902) 2021年1月26日
そういうことやるには、隣に貴方がいなきゃ始まらない。どっちにしても、オルフェ達の危険な旅は続く。
迷い、視て、行き、掴んで戻る。
原神話領域から繰り返されてきた、冒険の形。
水際をくぐり、塔に登り、天と地の境を超えて廃墟を探る。銃声が虚空に吸い込まれ求める人がこちらを見ないのならば、己の足を運んで振り向かせる。
— コバヤシ (@lastbreath0902) 2021年1月26日
空魚は境界面をまたいで、危険な異界の中で自分の欲しい物に近づいていく。
©宮澤伊織・早川書房/ DS研 pic.twitter.com/bkBI9zoX4d
しかしそうして見つけたものが、世界の真実、ありのままの実相とは限らない。
— コバヤシ (@lastbreath0902) 2021年1月26日
視える能力こそが視界を歪めて、実相から切り離された孤独に追い込むことも、また多い。
青い妖精眼を手に入れた空魚が、どれだけ怪異に惑ったかは既に描かれている。
見えるだけでは追いつけない。進むだけでは危うすぎる。
— コバヤシ (@lastbreath0902) 2021年1月26日
己に欠落したものを他者に預け、補い合うことだけが正しい認識と行動を導く。
しかしそんなパートナーを求める意思こそが、すれ違いの源泉ともなる。
いない誰かをちゃんと見なきゃ、道に迷うだけだ。
不在なる冴月を…同じ月を求める鳥子を探しフラフラと彷徨いいでた小桜さんは、果たして客観的事実だったのか、主観的妄念だったのか。
— コバヤシ (@lastbreath0902) 2021年1月26日
あるいは想念が世界に漏れ出し、真実が多層に重なり認識によって選択されるこの世界では、その境界線は無いのかも知れない。
百億の妄念と、千億の真実の重なる場所
空魚はその在り方に飲み込まれ、あるいは小桜さんが感応できない真実を視ながら、致死のグリッチに満ちた世界を視線で切り開いていく。
— コバヤシ (@lastbreath0902) 2021年1月26日
”そこ”に何が在るか、なぜそうなったかはソリッドな事実としてではなく、観測に伴う揺らぎとして林立する。
©宮澤伊織・早川書房/ DS研 pic.twitter.com/9DJVnDH8yb
空魚は”視る”ことで怪異の表層をかぶった”ここ”の真相を認識し、それに食われて迷う。
— コバヤシ (@lastbreath0902) 2021年1月26日
いつでも正気に返るときには、誰かの呼びかけがある。
卓越した認知は独覚を呼び込み、それは私ではない誰かと接続し、警告してもらうことでしか打破できない。
見えない貴方がいることが、唯一生きる術なのだ。
この認識優先の世界構築、そこを歩む時知覚的優越が危険も呼び込む運びが、ロマンスに重なっているのが面白い。
— コバヤシ (@lastbreath0902) 2021年1月26日
恋は先行きを知らず、他人の心はわからない。
自分だけを視て欲しい視線は常に彷徨い、しかし確かに、己に注がれる瞬間がある。
よく分からないものは、分からないからこそ視線を惹く。
視えること、知っていること、考えることは必ずしも、生存や突破…”善いこと”を呼び込まない。
— コバヤシ (@lastbreath0902) 2021年1月26日
それが良き行動とリンクし、協調したときにこそ危うい境目は乗り越えられ、見えないものが見えてくる。愛する人を取り戻せる。
それは、怪異に向き合う時も相棒に対峙する時も同じだ。
空魚は鳥子を求め、異質な瞳を武器に世界を切り裂いていく。小桜さんはそれから取り残され、死ぬほどビビりつつも安全に現世には戻らない。
— コバヤシ (@lastbreath0902) 2021年1月26日
彼女もまた、月を求める一人の獣。
いつか主役として、この行動と認知が混ざり合う異界を走る日が来るのだろうか?
©宮澤伊織・早川書房/ DS研 pic.twitter.com/4PcQolIvZE
それは”いつか”の話として、空魚は魔術書を読むかのように世界を読み、先行する己の影を追いかけて鳥子の”部屋”に入る。
— コバヤシ (@lastbreath0902) 2021年1月26日
青く染まった世界の窓は空き、鳥子は月に憑かれて空を見る。その視界には、失われた愛が見えている。
鳥子の認識の中で、それは現実だ。
しかし空魚にとって空に浮かぶのは怪物でしかなく、鳥子の認識を強制的に上位シフトさせ、奪う存在だ。
— コバヤシ (@lastbreath0902) 2021年1月26日
『色んなことを教えてくれた』冴月と、月を背負う奇妙な鳥は、その実態を知らない空魚にとって、大した違いはないのかも知れない。
知ることは、狂うこと。共有されない認識は、ただの狂気だ。
ならば迷妄(と、己の心が吠えるもの)を打破し、月に取り憑かれた(”Lunatic”の語源)恋人を取り戻す。
— コバヤシ (@lastbreath0902) 2021年1月26日
小桜さんから継承したショットガンで以って、空魚は”ここにいる私”を、”私の側にある鳥子”を強く主張していく。暴力的なラブコールだ。
©宮澤伊織・早川書房/ DS研 pic.twitter.com/2i1mjzDyBH
第1話でそうであったように、ネットロアの形式を借りて顕現する異質な認識を越えていくためには、視るものが行動し、掴むものが視る必要がある。
— コバヤシ (@lastbreath0902) 2021年1月26日
空魚は”銃を打つ”という鳥子的(あるいはかつての冴月的?)行動を己の指で果たすことで、鳥を殺し月を割る。自分をかき乱す女を取り戻す。
鳥子もまた、世界の真実を視る…空魚的な認知を拡大することで異界に迷い、偽証に引きずられかけた。
— コバヤシ (@lastbreath0902) 2021年1月26日
瞳と掌は正しく共犯し、混ざり合いながら窮地を越えていく。
人類のキャパシティを超えた真実から帰還し、当たり前に笑い会える友達へ…それよりも湿って熱い関係へと踏み込んでいく…のか?
顔の見えない冴月と同じように、鳥子が冴月から何を注ぎ込まれ、何を胚胎したかは不明なままだ。
— コバヤシ (@lastbreath0902) 2021年1月26日
ただ狂熱に浮かされた結果だけが観測され、鳥子は危うく行動し危うく認識する。
今回は、空魚がその浮遊になんとか追いついて、手を掴んで自分の岸に引き寄せることが出来た。
視て、掴む。見えないままに掴む。
— コバヤシ (@lastbreath0902) 2021年1月26日
認識が実態に優越するこの世界では、帰還もまた行動と認知の協和(あるいは不協和)によって成立する。
そんな境地に一人取り残され泣く小桜さんは、異質な外見に似合わず、多分一番マトモなのだろう。
だから、取り残される。
©宮澤伊織・早川書房/ DS研 pic.twitter.com/Bo763hTsJs
裏世界の知識に優れた小桜さんが、視ることにも掴むことにも適正がなく、巻き込まれ置き去りにされ待つ立ち位置なのは、不憫であるが面白い。
— コバヤシ (@lastbreath0902) 2021年1月26日
ここは心の空虚に滑り込む、奇妙な認識の作り出す世界。
視たままではけしてなく、観えたものが真実とも限らない。危険で、貴方がいる世界。
そこではただ識っている事が、状況を変えない。
— コバヤシ (@lastbreath0902) 2021年1月26日
行動に結びつく情緒、ロジカルな客観を越えた主観的妄念が、言語を超えた真実を切開するような場所。
裏世界ピクニックは、多分心的真理にこそ近い。
物質化された精神が、怪異の形でうろつく場所…とも言えるか。やっぱソラリスだな。
ならば、危機も道理も蹴っ飛ばして駆動する恋情こそが、危機を突破する銀の弾丸になるのは納得である。
— コバヤシ (@lastbreath0902) 2021年1月26日
そのひどく卑俗で、だからこそ嘘のない思いを薬室に詰めて、空魚は鳥子を追い、鳥子は月と魚の間で勝手に飛ぶ。
そんな海と空のダンスは危うく、とても綺麗だ。
そういや潮の満ち引きも、月の引力で生まれるな、などと思いつつ。
— コバヤシ (@lastbreath0902) 2021年1月26日
自分に似ていて、違いすぎる半身を求めて、女達の旅路は続く。鳥は月に、魚は鳥に翻弄されながら。
そこでは一人の認識と、繋がれないまま隣りにいる”貴方”が大事になる。
生き延びたければ、良く見て良く掴むしか無いのだ。
そんな相補が出来る相手は、とびきり顔が良くて、無茶苦茶勝手に行動して、誰かを見上げて私を見ない。
— コバヤシ (@lastbreath0902) 2021年1月26日
そんな一人称的一方通行の思いが、ショットガンの献身で動くのか。まだまだ、二人のピクニックは続く。
怪異と恋、認識と実態が奇妙に混ざり合うルールが、だんだん判ってきた感じ。次回も楽しみ。