輪るピングドラムを見る。
— コバヤシ (@lastbreath0902) 2021年10月20日
幼気な贄と無力な王子様を見下ろしながら、時籠ゆりは回想する。
誰にも愛されないという呪いを、ノミに宿して刻まれた日々を。
砕かれていく心と体を、なんの見返りもなく愛してくれた人のことを。
ここにも家族に呪われ、愛に取り残された者が一人、断崖に立つのだ。
そんな感じの、時籠ゆりのオリジンである。
— コバヤシ (@lastbreath0902) 2021年10月20日
”時籠”という名字は上手く付けたもので、多蕗と合わせて”南極物語”のタロ・ジロであり、時の籠に囚われ抜け出せない魂が文字に現れてもいる。
父の呪い、桃果と出逢ってしまった呪い。
栄光を掴んでも、ゆりの視線は過去の中にある。
かなーりマトモになった苹果ちゃんを贄に、二代目ヤバ女を全裸で継承した…と思った次の話で、児童虐待、愛着障害にズタズタにされた犠牲者であり、絶対の愛と献身を総身に浴び、救世主の復活を待ちわびる”取り残されたもの”であることが明かされる。
— コバヤシ (@lastbreath0902) 2021年10月20日
この話を見ると、時籠ゆりは嫌いになれない。
今回も晶馬は実際の役には立たず、間近に行われているペンギングラグラ危機一髪に気づかず、ノンキに浴衣姿でバカンスしている。
— コバヤシ (@lastbreath0902) 2021年10月20日
しかし彼が何も考えずに踏み込んだ結果、ただ素裸の自分を愛して欲しいという望みを、強く叫びたかった過去がゆりに蘇っても来る。
競泳水着も雄々しい真砂子と違って、晶馬は対決の形にならないまま、自分の分身が飲んだオレンジジュース(子供の飲み物)に滑って昏倒する。
— コバヤシ (@lastbreath0902) 2021年10月20日
大変に弱く、情けない。
しかし危機を前に何が出来るかではなく、危機を前に退かなかった事自体が、グラグラ揺れる状況を変化させていく。
それは苹果ちゃんの貞操だけでなく、ゆり自身の純粋(その名前が常に背負うもの)も守ったのだと思う。
— コバヤシ (@lastbreath0902) 2021年10月20日
ノミ、ハンマー、パイプ、ダヴィデ像。
大量のファリック・シンボルが露骨に示す性虐待の刻印が、巡り巡って愛した人の妹に刻まれる危機から…被害者が加害者に成り代わる円環から…
王子様のノンキで無防備な突進は、未だ時の籠に囚われている少女を、知らず救ったのだ。
— コバヤシ (@lastbreath0902) 2021年10月20日
当然晶馬は、襖の向こうに誰がいるか知らない。ゆりはおろか、苹果ちゃんも助けられるか解らぬまま、ドン・キホーテのように突撃する。
多分、それが良いのだ。
保身なき踏み込みだけが、救うものがある。
”乗り換え”の反動で炎に焼かれた、桃果のように。
— コバヤシ (@lastbreath0902) 2021年10月20日
対となる眞悧と同じように、桃果も超越者の席から生者に近づいていくが、安全圏にはいない。
腕を、足を、心を砕かれ死にかけている少女に何が起こっているかをしっかり把握し、自身の身を焼くことで彼女を救う。
それはゴチンと、無様に頭をぶつけた晶馬にちょっと似ている。
— コバヤシ (@lastbreath0902) 2021年10月20日
周りに生身の誰かがいて、それが砕かれつつある時、己の身を顧みて歩みを止めないもの。
そんな存在との出会いは、その消失とともに呪いと化し、救われたはずの少女が犠牲を求めるようになっていく。
この悍ましき円環のスタートは、間違いなくゆりの父にある。
— コバヤシ (@lastbreath0902) 2021年10月20日
冷たい大理石像に囲まれ、ゆっくりと飛ぶヘリ、東京タワーよりも高くそびえるダビデ像を通じて、世界を睥睨するもの。
そこに生者の姿はなく、あるのはナルシシズムとネクロフィリアの入り混じった、邪悪な自己愛の投影である。
父とゆりが向き合う褥は、眞悧と冠葉が商談をする深夜のロビーとよく似ている。
— コバヤシ (@lastbreath0902) 2021年10月20日
そこは暗く、冷たく、生者≒他者の気配がない冥府である。
孤独で寂しい氷の世界をこそ、美しいと思えるものは悪霊だけで、彼らは時に強く、父権を振るう。
言葉で、愛で、フィレンツェから届いた鋭いノミで。
父が愛せるのは自分が美しいと認め、自分の指で歪め、傷つけ、削り出したものだけだ。
— コバヤシ (@lastbreath0902) 2021年10月20日
エゴによる操作を通じてしか他者性を認められない彼は、他者でしかない娘を削り取り、死の寸前まで追いやる。
透明な群衆が見過ごすそのアビューズに、桃果だけが気づき、歩み寄っていく。
陽毬が”白雪姫”、苹果ちゃんが”人魚姫”の意匠をまとうように、ゆりは”みにくいアヒルの子”のモチーフを背負う。
— コバヤシ (@lastbreath0902) 2021年10月20日
あれは価値転換の物語であり、自身が白鳥だと気づくこと、気づいてもらうことで、アヒルは自分を醜いと断じる世界から羽ばたくことになる。
そんな愛は、父なる冥界にしかない。
石のように冷たく、ノミを諾々と受け入れる死体の自分にしかない。
— コバヤシ (@lastbreath0902) 2021年10月20日
愛して欲しかった存在にそう言い聞かされ、ゆりは傷ついていく。
父の言説が卑怯なのは、己の半分を背負う母との絆を醜悪と切り捨てられ、唯一残った自分の世界に、幼子を引き寄せようとするところにある。
時籠ゆりは父の鏡像ではありえず、母の遺伝子、己の意志をもった、唯一独立の白鳥である…し、そうでなければいけない。
— コバヤシ (@lastbreath0902) 2021年10月20日
しかし人は簡単に悪霊になって、他人の匂いがするものをノミで削り取り、空っぽの虚無になるまで苛んでしまう。
かつん、かつんと打ち込んで、最後に残るのは死だけである。
それでもそれが愛ならばと、ゆりは父が与える三度目の打擲に身を投げる。
— コバヤシ (@lastbreath0902) 2021年10月20日
悪霊たる眞悧は契約者の同意がなければ力を及ぼせないが、桃果は身勝手な生者なので、ゆりの拒絶を跳ね除けて、己の身を焼き世界を変える。
嘘つき姫が本当は何を望んでいるか、よく知っているのだ。
ゴリアテを殺した大いなる王が睥睨する、異質なる東京。
— コバヤシ (@lastbreath0902) 2021年10月20日
誰にも愛されない子供が冷たく、行き場なく追い込まれていく場所は、桃果がその身をなげうって愛を証明したことで、すべてが変わる。
ゆりが死ぬか、父が消えるか。
桃果の決断は、かなりシリアスな倫理の選択に繋がってもいる。
それでも己を焼き、父なるダヴィデを追放して、桃果は皆が愛されるべき世界を守った。
— コバヤシ (@lastbreath0902) 2021年10月20日
その献身が父の呪いを打ち壊し、ゆりは皆を愛せるように…ならないのが、この物語の、時の籠の凶悪なところである。
永遠を約束するはずの愛は、あの事件によって砕けた。
救いは儚く、生命は幽く、夢は遷ろう。
ならばもう一度の奇跡を引き寄せ、己に穿たれた穴を埋める。
— コバヤシ (@lastbreath0902) 2021年10月20日
父は運命を乗り越えそれが至る場所に追放されたとしても、愛されない呪いはゆりに残響し続けた。
桃果の存在は、ゆりを白鳥にはしきれなかったのだ。
むしろその愛が圧倒的に本物だからこそ、喪失が呪いを生みもする。
愛憎は流転し、運命は繰り返す。
— コバヤシ (@lastbreath0902) 2021年10月20日
虐待された子供は、自分がされたように新たな幼子を苛む。
父の冷たいファロスで引き裂かれたゆりが、苹果ちゃんを性的に蹂躙しようとしたリフレインは、邪悪でエロティックな外装の奥に、とても切ない哀しさを宿している。
それは愚かなるドン・キホーテと、競泳水着のヴィーナスの乱入で水入りになるが。
— コバヤシ (@lastbreath0902) 2021年10月20日
真砂子と競り合っている時、闇の中では攻撃に対応できるのに、光に眼を焼かれるゆりが暗示的だなぁ、と再見して気づく。
そう、暗闇の中にいるものを驚かし、負かせるのはいつでも光なのだ。
ダヴィデが転じた東京タワー(古川監督ッ!)の下で、ゆりはこの世界を去った救世主に、犠牲を捧げる覚悟を新たにする。
— コバヤシ (@lastbreath0902) 2021年10月20日
何かのために、何かを差し出す。
死体と自己像に満たされた冥界に身を置かずとも、愛と温もりに満ちた楽園こそが地獄に通じているのだ。
だが、しかし。
ゆりが悪徳を弄んだ部屋には苹果ちゃんがいて、晶馬がノックアウトされたまま寝転んでいて、真砂子も競泳水着で乱入してくる。
— コバヤシ (@lastbreath0902) 2021年10月20日
ありのままの姿を見据える他者はゆりの世界にいるし、ゆりは自分と敵対し異質な他者を、自分の形に作り変えようとはしない。
正確には、しかけてすんでで止められる。
それは父の呪いが解け、桃果の献身と祈りが実を結ぶ、確かな兆しであったのだと思う。
— コバヤシ (@lastbreath0902) 2021年10月20日
醜いものなど何処にもいない、カエルもペンギンもあるがまま愛されるべき、美しい世界。
桃果が見ているものを感じ取れるのは、悲しいかな彼女一人だけであった。
それ故、彼女は東京を救って去っていく。
取り残されたものに出来るのは、祈りを呪いへと転移して、刻まれた輪廻を繰り返すことだけか。
— コバヤシ (@lastbreath0902) 2021年10月20日
運命のレールは環状線を描くのか、はたまた自由に乗り換え可能なのか。
ゆりの起源と欲望、救済と業は、かくして強く描かれた。
それと同じだけの炎を、皆が宿している。
ここから物語は急速に、伏せ札を暴き出す。
— コバヤシ (@lastbreath0902) 2021年10月20日
キャラクターの秘密、世界の謎、秘密の思い出。
様々なものが飛び出し、混ざり合いながら、皆が抱える切実な願いが分かりだす。
そのローラーコースターのような目眩と、情報の奔流。奥に宿った、熱い蠍の炎。
ゆりは彼女なりの”M”…苹果ちゃんを依り代に、桃果を彫塑する計画を破棄した。
— コバヤシ (@lastbreath0902) 2021年10月20日
幼い子供を欲望の犠牲にして、自分を呪った父と同じ亡霊になる道を拒んだ。
その決断が、彼女をどんな物語に導いていくか。
OPも変わり、物語は続く。
少年よ、我に返れ。
次回も楽しみですね。