イマワノキワ

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SPY×FAMILY:第21話『〈夜帷(とばり)〉/ はじめての嫉妬』感想

 遂にフィオナ・フロスト大地に立つ! 強烈新キャラがフォージャー家の平穏をかき回……せない、素っ頓狂ファミリーコメディ第21話である。
 原作勢としては『待ちに待った』という感じのフィオナ本格登場は、いい感じのテンポと面白さでブン回してくれて大変良かった。
 登場してからジトっとタメた冷酷な外装が、アーニャのテレパスでドカンとぶっ飛ばされ、極めて<黄昏>LOVEな内面が溢れかえる瞬間の破壊力、しっかりアニメになっておりました。
 同時に要塞のごとく堅牢に築き上げられた、フォージャー家の優しき平穏にその純情はおじゃま虫でしかなく、思いが空回りしつつロイドさんを思う気持ちは本物、だからこそ彼が手に入れた偽りの家族をどれだけ愛しているのかも、解ってしまう悲しさも上手く描かれていた。
 一途すぎる愛でエゴを守ることより、大事な人が今何を幸せに思っているかをまず見つめてしまう所に、フィオナくんの切ない純情があるので、そこを大事に魅せてくれたのはとても良かったです。

 

 

画像は”SPY×FAMILY”第21話より引用

 というわけで、WISE内部からも陰口叩かれる鉄面皮の奥に、爆裂感情を秘めたヤバい女が颯爽登場である。
 本性バレる所はフィオナくんの過剰なキュンキュンと、あまりの事態に完全フリーズしたアーニャちゃん……そこにシンクロする視聴者の心がいいバランスで、火力のある笑いだと思う。
 フィオナくんは<黄昏>教官に叩き込まれたスパイの基本に忠実に、感情を表に出さず自分を殺して生きているだけなのに、周りはガタガタ抜かすし、優秀だからこそ先輩は泥棒猫に取られるし、踏んだり蹴ったりである。
 カラーリング的にも黒髪←→銀髪、赤い服←→青い服で対照的なヨルさんが、ド天然な本性を歪めることなく殺し屋も妻も母も(圧倒的なフィジカルで厄介を殴り倒しつつ)乗りこなしているのとは、真逆の生きづらさ。
 思いを伝えるためにはスパイを辞めねばならず、ということは東西冷戦を終えて仕事がなくなる状況を掴まねばならず、つまりは鋼鉄の仮面で武装して優秀なスパイで居続けならなきゃいけないという、結構哀しいキャラである。
 ヨルさんに欠けている”葛藤”に、佐倉綾音の声帯と動かない表情をくっつけたキャラ……とも言えるか。

 

 

画像は”SPY×FAMILY”第21話より引用

 20話の長きにわたり勝ち確状況を積み重ねてきたドジっ子人妻(偽)が、ポッと出の純情オトメに立ち位置揺るがされやしないかと怯える時の、ガラスに不確かに反射する瞳。
 都合のいい寄生先であり、麗しの我が家でもあるフォージャー家を守るべく、読心チートで家族をつなげようと頑張るアーニャの背伸び。
 『付け入る隙のない、完璧な我が家』を見せつけ、フォージャー家の危ういバランスを最年少の扶養対象が護っている面白さが、冴えた演出とともに踊る。
 ボンドのなっげーマズルとアーニャのほっぺたが触れ合い、ぷにぷにと変形する様子も元気に描かれる。
 これでもか! とばかりの作画力で積み上げられる、僕らがこれまで愛でてきて、フィオナくんが絶対に切り崩せない家族の幸福。
 嘘だとわかった上で、何よりも愛しいと身を浸す幸福な夢。

 

 

画像は”SPY×FAMILY”第21話より引用

 その実態を、冷たい涙雨に濡れる女スパイは見る。見えてしまう。
 瞳の中には<黄昏>教官しかいないのに、彼と隣りにいるために、彼の願いを叶えるために、優秀なスパイで在り続けたフィオナには冷たい客観性が常に宿る。
 百の仮面を被り、万の嘘を積み重ねて国を護ってきた男が、心の奥底で何を願ってきたか……そして目の前の嘘が、どれだけ彼を満たしているかをよく解ってしまう。
 それは理性的すぎて情の機微に疎い部分があるロイドさんが、情が深いゆえに意識して遠ざけている部分でもあって、誰よりも彼を愛する他人が見据えるからこそ、揺るがぬ真実と理解りもする。
 燃え盛る嫉妬に認知を歪め、卑劣な手段でロイドさんの隣を奪ってもよさそうなものを、あくまで組織と<黄昏>の許す範囲でしか踏み込まず、雨中に輝く街灯で想い人との間に楔をいれて、冷徹に自分を保つ。
 そういう哀しい健気も、よく作画されていた。

 フィオナくんは徹頭徹尾負け役として削り出され、周回遅れで勝ち目のない<黄昏>争奪戦に投げ込まれた、相当不利なキャラクターである。
 今まで見事に描かれ、そこが好きだからこそこのお話を見続けているフォージャー家の幸福を乱し、すがっても追いつけない無様さでコメディを彩る道化役以外には、なれない立ち位置だ。
 そんな彼女を、もはや滑稽ですらある濃厚な情念と、それでも<黄昏>が求めた優秀なスパイの檻から自分を出せない悲しみを両立させて描く筆は、残酷であり優しい。

 彼女がヨルさんに”勝てない”のは、ヨルさんが先に物語に選ばれたから以外の理由はなく、もし運命がフィオナを選んでいたのなら、それはそれでアーニャと楽しくやって『愉快なフォージャー家』になっていた。
 でも、運命は彼女を選ばなかったのだ。
 フォージャー家唯一の”はは”は、優しい嘘つきスパイの隣は、クソ天然で同じく心優しい殺戮者に、既に専有されて揺るがない。
 そこから生まれるものはあまりに愛しすぎ、戦火に名前と過去を奪われた少年がずっと求めているものを、あまりに的確に満たしすぎている。
 そういう事実が見えてしまうのに、諦めきれず好きだから、女は氷雨に涙を隠す。
 この切ない葛藤はヨルさんには縁遠いもので、人間が心を殺して諜報の機械になりきる軋みは、やっぱ<黄昏>に似ている。

 似ているからこそ、運命には選ばれなかったのかもしれない。
 家族コメディやる相手役として、時折シリアスな人間模様を見せる父と娘の受け皿として、ヨルさんの内面のなさは結構大事で、フィオナはロイドさんと同じ方向に突っ走れるからこそ、レギュラーとしてはかみ合わせが致命的に悪い……んだろうな。
 そういうメタ視線の残酷さ含め、大変良いキャラである。
 次回の特別任務は夢の晴れ舞台、”はは”のいないところでどんだけ大騒動を巻き起こしてくれるか、大変楽しみである。
 ……フィオナくんの細い勝ち筋としては『最終章、東西に引き裂かれた家族の運命が”いばら姫”を永遠の眠りに誘った後、<黄昏>の胸に空いた虚無に滑り込む』ってルートがあるが、この時点でロイドさんの永遠はヨルさんに捧げられてるし、棚ぼたというにはあまりにむごい勝利を喜ぶほど感性が鈍磨していないことは、今回既に描かれてるとおりだ。

 

 

 

画像は”SPY×FAMILY”第21話より引用

 そしてCパートは、フィオナくんが勝たなきゃいけないかけがえなき温もりを、賢い犬の可愛い嫉妬と衝突、そして仲直りで描く。
 ぜ、絶対勝てねぇ……フィオナ・フロストはこんな楽しく平和なものを、ぶっ壊して勝利を盗み取れる女ではないから……。
 氷の女が秘める思いをさんざん描いた後に、『いつものフォージャー家』を最高の仕上がりで叩きつけて、勝ち筋の細さを証明してくるの、最高にイイ構成だと思う。
 ドタバタ家族劇として、笑いあり少しのトラブルあり、それ故際立つ山盛りの可愛いとホッコリありと、短い時間に欲張り全部盛りなのも強すぎる。

 ボンドがペンギンのぬいぐるみに抱く思いは、フィオナくんがヨルさんを見つめる視線と似ていて、しかしアーニャの幼さとボンドの素朴がいい方向に作用して、仲直りは手早く終わる。
 ロイドさんが微笑みながら願う東西平和と同じくらい、<黄昏>の隣に立つ女達の間柄も複雑怪奇だということに気づかぬまま、状況は愉快に踊り転がる。
 情念の機微にうといという完璧スパイの数少ない傷は、そういう感受性を殺して完璧を演じなければ、求める平和が手に入らない矛盾にも繋がっている。
 ロイドさんが<黄昏>である限り、フィオナくんの純情は気づかれることがない……という根本的構造欠陥を確認しつつ、次回を楽しみに待つ。