立ち止まりえぬ者たちの狂騒……その行き着く先を描く、チェンソーマン第11話である。
岸辺先生との修業を終え、寿命を捧げてクソヤクザに反撃の狼煙を上げる。
友情・努力・勝利なジャンプイズムというには、焦げ付きすぎた状況に絡め取られつつも、動き出した物語を止める術はない。
立ち止まって自分を見つめ直す余裕や正気がないことが、むしろ狂った状況への適性を示すかのような、盲目的暴走……というには、あんまりに眼球のアップが多いエピソードである。
もともと眼球へのフェティシズムの強い作品であるが、今回はとにかくグロテスクなまでに目へのクローズアップに満ちた回である。
アキくんは多大な対価を要求するはずの未来の悪魔と、右目に住まわせるだけで契約を果たし、その瞳は一瞬だけ人間らしい驚愕に見開かれて……しかし、悪魔の巨大すぎる瞳に飲み込まれるように、終わりに向かって一直線、突き進んでいく。
その始まりにおいては父母と弟、ついさっき大事なバディが加わって、けして退きえぬ復習の旅路。
マトモであるほど辞められない理由だけが積み重なり、正気であるほど続けられない悪魔狩りの宿命の、一番捻くれた部分にアキくんは見初められて、どんどん深みにハマっていく。
”未来”という、本来夢と希望に満ちているはずのものが、未知なる恐怖を力に変える悪魔の中でも、相当タチが悪いところに並べられている所に……そしてその”未来の悪魔”が、悪辣な嘲笑とともに出血大サービスで契約を結ぶ所に、早川アキという青年が進む先で、どんだけドス黒い惨劇が待っているかを良く語っている。
努力、未来、A beautiful star。
OPで狂ったようにリフレインする叫び声が、強敵と戦って大事な仲間の仇を取るアキくんに宿る、鮮血のジャンプイズムへのエールにも聴こえてくるから、いい塩梅に趣味が悪い。
酒毒でアタマを狂わせなければデビルハンターを続けられなかった岸辺は、玩具であり愛弟子でもあるデンジ達の成長を見届け、マキマとの対峙に挑む。
盃はゆらりと揺らいで、イカレているがマトモでもある岸辺の眼球を飲み込む。
彼が見据えるマキマの姿は、デンジがのぼせるセクシーな憧れとは程遠い怪物で、人間だからこその苦悩や後悔を、アルコールの助け無しでスルリと飲み込みうる。
その苦杯すら飲み干さなきゃ、人間社会の秩序や安全を守れない霊長の現状を、岸辺は自分の眼鏡ごとハラワタに落として、今日も頭のネジを緩める。
生きたり死んだりを繰り返す狂った鍛錬の中で、確かに生まれてしまった愛着。
それに見てみないふりをして、テロリストよりも要警戒……ルールの檻の外から出たら即抹殺な危険物として、バカなガキを扱う。
そして人間様の役に立つ間は、自分の魂ごと色んなものを削り取っていく怪物の本性からも、目を背けて現状維持。
そんな泥沼に長年浸かって、”最強のデビルハンター”は生きてきた。
そんなイカれた道には耐えられないと、黒瀬が本音を吐き出す時、銃の悪魔への復讐心から始まったはずの稼業には、赤信号が灯っている。
あっけなく残酷に人が死に、それ以上の規模で悲劇が撒き散らされる現実を前に、大概のものが諦めていく。
青信号に焚きつけられてアキくんが口を開く時、そのセリフを追いかけるように車の天井は彼の視線を塞いでいる。
自分が見えなくなっている自覚はあるが、見えてしまえばもう進めない。
そんなイタい……と揶揄することも難しい痛ましさの只中で、寿命も未来も燃やしながら走る青年は、その行いより遥かに普通で、真っ当で、正気で、だからこそ狂っている。
自分の全てを吹き飛ばした始原の雪景色を忘れず、新しい傷を付け加えて、ブレーキを壊して走る。
そんな早川アキの生き方を反射する時、赤信号と青信号は、通常とは異なった意味合いにねじれる。
アキくんは安全を意味する信号に祝福されて、盲目に狂気に浸ることでしか進み得ない物語へと自分を追い込んでいく。
そこはどう考えてもロクでもない未来しか待ってない危険領域で、青いシグナルは『OK大丈夫、ガンガン行け!』と背中を押すけども、黒瀬が告げるようにそれは正気でも安全でもない。
真っ赤な信号は、アキくんにこそ灯っているのだ。
しかし目を塞いだ彼に、それはけして見えない。
右目に未来を窃視する異能を宿したとしても、それは見えないのだ。
それでも、物語は進んでいく。
その先駆たるマキマの瞳は、毒蛾の翼に刻まれた文様のように揺らぐことなく人間を睨んで、クソヤクザを睥睨する。
”必要悪”を任じて自分を正当化する犯罪者共を、圧倒的に上回る容赦のない悪辣。
紙袋に突っ込まれた眼球は、”心の窓”としての機能や連続性を剥奪されているからこそ、マキマが宿し体現するものを何よりもまっすぐに見て、よく語る。
そらー、岸辺もキれるわなぁ……。
民間の”必要悪”のヌルい自己正当化と自己誇示を、悪魔的凶悪さと、それに溺れない冷たさで圧倒する時、マキマはより正しい”必要悪”について語る。
それは国家による制御下にあり、より純粋で容赦のない暴力装置。
自分たちがどんな理由で存在を許され、なぜ生きていいのかを考えない、秩序と支配のツールだ。
公営暴力団、桜田門組……てところだろうか。
マキマが公安に籍を置いている理由の一つが、ヤクザと警察の凶悪の重ね合わせから見えてもくる。
自身が謀略によって先鋭化せんとする”必要悪”がヤクザと同質で、桁外れに凶悪だと語ったことで、デンジくんがヤクザの手先から拾い上げられ移った先が、別に楽園なんかじゃないこともハッキリしてくる。
マトモなメシを、戦う意味を、女の柔らかさと温もりを教えてくれるはずの飼い主は、金玉と眼球引っこ抜いて売り飛ばし、タバコ食わせていたクズよりも、なおさらタチが悪い。
そんな首輪の重たさに気づくこともなく、デンジくんは教えられた芸を岸辺先生との地獄授業で磨き上げ、感謝すらしている。
アキくんは見えていない自分を自覚しつつ、危険極まる青信号を無視して突っ走っているが、デンジくんは自分も世界も分からないまま、難しいことに目を向けないように生きて、”必要悪”の一端を担いつつある。
まぁ、世の中そんなもんだ。
……そんなもんか?
ゾンビ渦巻く血みどろの混乱を背にして、アキくんはスタイリッシュな復讐者の顔で敵に挑み……喉を締め付けられて死にかける。
ぶっ殺されて奪われた姫野先輩の幽霊の悪魔は、目も口も縫い留められた奴隷の顔だ。
死んでしまえば、もうその瞳は何も見ることもなく、何にも苦しむことなく、全てが終わる。
そんな当たり前のルールで動いているなら、ぶっ殺しても死なないチェンソーマンやら、ぶっ殺されてなお動いている幽霊の悪魔は、どこにもいない。
ロクでもない契約で瞳に宿した未来の悪魔が、見せてくれる少し先の幻。
見えていても追いつけない絶望に首を絞められて、アキくんは今死のうとしている。
自分のどんずまりも終わりっぷりも、ちゃんと見えているからこそ見ないようにして、狂ってる世界に狂って適応しようとした青年は、今死のうとしている。
そんな風に瞳が閉ざされて、なんもかんも終わるのか。
幸運と友情に助けられて勝利を掴んだとして、それが……例えばあの居酒屋の一夜がそうであったように、理不尽で残酷な現実を思い知らせるための前奏に過ぎないのだと、運命が炸裂する未来がくる。
美しい雪景色、”田舎のネズミと町のネズミ”が隣りにある幸せな思い出こそが、誰よりマトモで誰より盲目であろうとする青年を突き動かし、この死地に追いやっているように。
来週何かが終わったとしても、それはまだ続く物語の一部でしかない。
それをどう語り切るのか、次回が楽しみだ。