血脈と運命の引力を引きちぎり、魂は天の高みまで飛ぶッ!
圧倒的なテンションと凄みが混じり合い、トンチキに発火するリキエル戦、ストーンオーシャン第27話である。
『なーんで急にスカイフィッシュが出てくるんだ!?』とか、『流石にしゃべくりが凄すぎない!?』とか、今までにも増して良く分かんねぇけど、とにかくアポロ11号なんだッ!!!
というわけで長く喋る割には決め手は覚悟と根性、運命は勇者にこそ微笑むって、地獄の凄みバトルである。
意味が分からんなりにリキエルは異様なテンションと力強さがある敵で、向かう方向はさておき神父はロケットのような精神の爆発を、他人に与えられる存在だというのが良くわかる。
天国を求めDIOに近づいていくに連れて、彼がもっていた黒いカリスマも引き継ぎ覚醒させ、信奉者の犠牲を燃料にして高みに登ろうとする、ドス黒い陶酔がリキエルの狂信からは透けて見える。
『悪には悪のカリスマが、確かに必要なのかもしれない……』って納得を、エルメェスが最後に地面凹むほど殴りつける展開は、善悪の天秤が奇妙に揺れ続ける第6部らしさに満ちチェルなぁ、と思う。
自分の力が何に由来するのか、見えなかったことがパニックを加速させ負け犬人生に首まで沈んでいたリキエルは、神父にDISCを読んでもらうことで力の正体を知り、自分ではなく他人を苛む手段を知る。
導き手が邪悪なら、そいつに目を拓かされたものもドス黒く歪んでいってしまう悲しさを、リキエルは体現しているようにも思う。
徐倫はハメられて入った刑務所で力と運命に目覚め、色んな連中と触れ合って彼らを変えてきた。
メソメソ泣きくれていた女の子がどんだけの覚悟を持ってここにたどり着いたか、烈火の決着は色濃く教えてもくれる。
そこにはどんな困難も重圧も跳ね除けて為すべきものを為すという確信があり、リキエルもまた神父から受け取った炎を信じて、徐倫に追いすがった。
徐倫の勝利は彼女の目的が正しいから成し遂げられたのか、それともただただ凄みで勝っていたから勝ち残っていたのか。
勝負を分けたのが運命なのか計算なのかと同じくらい、ここの区別もつきにくい。
あるいは、付けなくて良い所なのかもしれない。
善にせよ悪にせよ、人は引力に導かれて惹かれ合い、時に道を示されて高く飛び、時にぶつかりあってお互いの魂を試す。
出会った相手が違えば、リキエルはそのロケットのような可能性をより良い方向へ導いて飛び立つことが出来ただろう。
しかし神父に出合ったことで……彼が与えてくれた救いと可能性に魅入られたことで、運命に愛されなかった敵役としてフロリダの湿地に顔面埋めることになる。
追うものと追われるものに違いはさほどなく、しかし運命は決定的な対決へと、徐倫を導いていく。
徐倫を勝利に導いた覚悟と運命、縁と決意を超える強さを、神父と彼の中のDIOがもっていたのなら、善は砕かれ悪が高みに登るのか?
ここから先のお話はそんな問い掛けに極限の戦いの中、答えていく物語なのかもしれない。