海辺の城に囚われた少女は、残酷な波濤に晒されつつも己の宿命をその眼に捉える。
アンに宿った職人根性が熱を帯び始める、砂糖菓子ロマンスの第7話である。
依頼人であるフィラックス公の激ヤバ感が加速し、そこにクソカスジョナスが油を注いで何もかもがボーボー燃え盛る中、ただ形だけの美を追えば魂が満たされるとは限らない、アルチザンの難しさが絡む。
なかなかハードな”仕事”を前に愛するシャルも去っていって大ピンチ……『だが、こういう瞬間(トキ)こそ燃えるぜぇ!』と、アンちゃんの職人魂は苦境にボーボー燃え盛る。
涙にくれる手弱女では終わらない、ある種の狂気を主役が宿しているのだと分かる話で大変良かったです。
やっぱちょっとイカれてるくらいのほうが、熱量高くてありがてーわな!
というわけで何をやってもダメ出しされ、あまつさえ地面に叩きつけられ砕かれすらする極限職場で、アンちゃんはクライアントの望む砂糖菓子を形にするべく奮戦する。
頑なで暴力的ですらある態度の奥で、公爵が本当に求めているものは何なのか。
砂糖菓子の魔法が届くべき場所は、一体何処にあるのか。
アーティストである砂糖菓子職人に求められるのが、小手先の技量だけではないとアンちゃんに教えるには、なかなか厳しい実地学習である。
この段階では、ジョナスくんも被害者サイドなんだと思っていたんだがなぁ……いや、被害者ではあるんだけども。
妖精-人間のラインだけでなく、平民-貴族ラインの格差と差別も、かーなりハードな世界よねココ……。
アンちゃんと距離を取って、クールに客観的に状況を見守る立場にいるシャルは、その人生経験もあって閉ざされた秘密の奥にあるものを、正しく感じ取っているようだ。
やけっぱちの狂気の裏側には、何かとても綺麗なものへの憧憬があって、砂糖菓子に求められているのはそれを『形にする』こと。
形のないものは簡単に消えていってしまうからこそ、肖像画や砂糖菓子に留めて、悲しみを癒やしたい。
そんな願いが、癇癪と拒絶と自閉として発露するあたり、公爵様の病は深い。
つーか愛した人が失われたのであれば、もはや領地や家名ごと反乱鎮圧の炎に焼かれてしまえと、なにもかもがどうでも良くなってるのだと思う。
手酷い仕打ちを受けてなお、アンちゃんは自分が作った砂糖菓子が開いた扉の奥に、どんな輝きがあったかを思い出す。
それを蘇らせ、形にすることこそが自分の仕事なのだと、個人的痛みに折り曲げていた膝を伸ばして立ち上がり、闇夜の星を真っ直ぐ見つめる。
ヘロッヘロのジョナスを事前に見ていたので、理不尽な要求の奥に”何か”があると信じる鉄の意志、”仕事”を投げ出さない鋼の執着は、なかなかにタフでかっこよく見える。
そう思えるのも、自体の表層ではなく深奥を見ようとするシャルに助けられてのもので、孤独であることは弱いなぁ……とつくづく感じる。
ジョナスだって隣に彼を慕ってくれる妖精はいて、でも彼の差別意識はその好意を策謀の便利な道具としてしか使えない。
アンちゃんがシャルの言葉をてこに、持ち前の感受性と根性を武器に変えていけるのは、彼女自身の素朴な善性が足場になればこそだ。
そんな善さはろうそくの暖かな光として表現され、シャルはその色合いに染まらない寒色の男として表現される。
去っていった思い出(おそらく、守れなかった少女)を夜空に想う時、シャルは過去/死/理性/男性の色合いで描かれ、気づかず片目から涙を流すアンは現在/生/感情/女性の色合いを背負う。
青とピンクに塗り分けられた世界は、二人の思いがなかなか交わらずすれ違い、それ故アンちゃんは泣くのだということを、観客に上手く教える。
そしてシャルを包囲している冷たさに入り混じり、過去の悲劇を取り戻す助けになるのは……恋で温めていくのはアンちゃんなのだ、ということも。
こっちの想定(期待?)どおりにドクズ脅迫ぶっ込んできたジョナスに命じられ、アンちゃんは愛する人を遠ざける。
少女という謎に振り回され、しかし満更でもない表情で部屋に戻ってきた時、シャルには微かにアンちゃんの暖色が写って、その色合いは恋の温もりに暖かだ。
しかし強制された別れが再び美丈夫を冷たい場所へと連れて行き、アンちゃんもまた燭台(≒本来彼女が立つべき、感情豊かで生き生きとして、過去よりも現在を見れるポジション)から遠い場所にうつむく。
海岸に座礁した船に座るシャルを切り取るカメラにはかしいだ横木が写り込んで、どうにも息苦しくやるせない気配を濃くしていく。
アンちゃんが間近に置く蝋燭の炎は、誰も焼かない優しい火だ。
それは戦火迫る公爵領に遂に降り出した雪を溶かしうる可能性で、公爵が背負う暴力的な炎と、同質でありながら異質でもある。
アンちゃんが宿す愛(≒シャルの凍りついた過去を溶かすもの)と同じ炎が公爵にも残っていて、しかしそれは制御を失った暴力となってジョナスを打ち据え、アンちゃんに難題を押し付けている。
なにもかもやけっぱちの破滅に飲まれてしまえと、生きていることを呪いつつ、失われた”何か”を形にして留めたいと、正気をはみ出した熱情を燃やしてもいる。
肖像画の妖精を公爵が愛し、それが微塵に砕かれてこの現状だとすると、シャルを愛するアンちゃんが健気に制御しているものが、公爵を今焼き尽くそうとしているのだろう。
公爵の狂気と暴虐が描かれる時、燃え盛る炎と鞘に収められた剣が描かれ続けているのは、彼自身が炎に焼かれ苦しみつつも、どうにかそれを正しく収めたいともがいている様を上手く可視化しているように想う。
抜き身で斬りつけるほど終わっちゃいないが、鞘越しに殴りつけずにはいらぬ程に失われた”何か”を狂い求めてはいる。
そんな現状かな。
そんな苦しい身悶えに、自分なりの”仕事”を諦めず向き合う。
川島零士さんの熱演が心が折れちゃったジョナスの辛さを良く語るが、アンちゃんはトボトボ去っていく負け犬と同じ場所に立たない。
シャルがいなくても、狂いきった炎と悲しい冷たさに包囲されていても、自分の持ち場で闘うことを己に課す。
その逞しさは、彼女が背負う燭台の光がただ温かいだけでなく、未来を焼き開く強さの源でもあると示しているように思う。
公爵が発する強すぎる炎に照らされて、アンちゃんは自分の中の揺るぎない決意を言葉にしていくわけだが、それは彼女が彼女でいられる光が公爵の胸に燃える愛と同じ場所から発せられていて、二人の魂が重なっている現状を切り取る。
とも妖精を愛したものとして、なにか響き合うものが……その熱が時に心を焼く共鳴が、彼らにはあるのだろう。
ジョナスにはないので、彼は散々場を引っ掻き回してロマンスのための別離を整えた後、トボトボ孤独に去っていく。
哀れよなぁ……。
つうか事情を素直に話せばアンちゃんも協力してくれただろうに、自分の意志を通すために最速で脅迫を選ぶところが、キミを幸福から遠ざけてると思うよ。
ベッキベキに心が折れて、こんなドM現場にわざわざしがみつくモノ好きが身近にいるとは欠片も想像できない所に、彼も追い込まれちゃったんだろうけど。
弾むような感受性も、見えるものの裏側へ踏み込む強さもない凡人がハードな現場で追い詰められていく様子としては、結構な手応えがあったと思う、今回のジョナス。
盟友渾身の懇願も、憂鬱な闇に身を横たえ、あるいは苛烈な狂気に剣を携えて飲まれるしかない今の公爵には届かない。
雪に閉ざされてしまった海辺の城に、確かにあったはずの暖かな光。
そのあるべき形をアンちゃんが見つめる時、黄金の天啓がクローバーの窓から降り注ぎ、隠されていたものがその形を取り戻す。
ニ枚の羽根を備えた、誰にも所有されない自由な妖精。
アンちゃんは閉ざされた公爵の心の奥へ、ミスリルは主の真意を携えて城の外へ。
チームがそれぞれの戦場に駆け出す時、打ち合わされる拳がなんともチャーミングである。
アンちゃんとミスリルとシャル、トリオで頑張っていくチーム感は、このお話の魅力だなと思うね。
ヒューの口ぶりからすると、彼の砂糖菓子を求めた愛しの君は既に世を去っていて、それが公爵を自暴自棄の冷たさと、燃え盛る狂熱に投げ込んでいるのだと思う。
シャルが海の向こうに見つめた、あっけなく去っていく愛の儚さ。
今アンちゃんを突き動かしている、”仕事”への情熱と燃える愛おしさ。
横暴に思える依頼主は救うべき弱者でもあって、主役たちがこれから進んでいくロマンスを既に砕かれた、敗残の同志でもある。
アンちゃんが勇気を持って公爵の狂気に踏み込み、ニ枚羽の妖精の真実を知れば、これから二人に待ち受ける困難を知り、妖精を被差別階級として扱う世界の厳しさを……シャルを既に一度捉えた寒色の濃さを教えるだろう。
しかし砂糖菓子職人としてただ技巧を凝らした物質をひねり上げるのではなく、公爵自身が掴み取れない怒りや悲しみ、愛や切なさ全てを込めた芸術を作り上げることができれば、悲しく終わった恋の続きにまだ暖かな光があるのだと、多くの人が信じられるだろう。
アンちゃんは職人としてそれに挑み、自分自身が知り作り上げた作品を通じて、乙女としての自分を救っていくと思う。
公爵がどれほどに彼の妖精を愛し、奪われ、苦しんでいるか。
ジョナスには感じ取ることすらできず、震えて自分を遠ざける道しか選べなかった真実を銀砂糖に練り込み、美しい夢を蘇らせた時、彼女のキャリアはひとつ上に登っていく。
多分、彼女の恋も。
そう思える、勢いがありつつもロマンティックなエピソードでした。
モチーフの重ね合わせ、色彩や温度感を生かした演出、窮屈な不自由でカメラを遮る息苦しさ。
大畑清隆のロマンティシズムが、大変良い形で生きていたと思います。
今回刻み込んだ様々な予感が、次回どんな風に花開いていくのか。
大変楽しみです。