イマワノキワ

TRPGやアニメのことをガンガン書き連ねていくコバヤシのブログ

スキップとローファー:第9話『トロトロ ルンルン』感想

 眩しくて、眩しくて、僕は目を逸してしまう。
 燦然と輝く青い太陽が削り出す、笑顔の奥の影と光。
 アニメスキロー、第9話である。

 美津未ちゃんの眩しさがどこで育まれ、その光で何を守りたいかを描く故郷のAパートと、学校に戻ってワクワク学園祭開始&志摩くんの陰影がより深く彫り出されていくBパート。
 第6話辺りからより鮮明になってきた、多様な色彩が生み出すモザイク画がどんどんと精度を上げ、深い深い場所へたどり着いていく手応えが強い。
 美津未ちゃんは美しすぎる能登の風景にゆったりと包まれ、その滅びを回避するべく東京へ出てきた。
 やるべきこと、やりたいことが明瞭でそこに向かって突っ走る真っ直ぐなパワーは、かつての過ちが心に引っかかって動けない志摩くんにはなく……だからこそ憧れる。
 立ち止まるミカちゃんが視線で追いすがった高スペイケメンが、その実置いていかれることに怯え、だからこそすがろうとして立ち止まる立場である複雑さを、美津未ちゃんは認識しない/出来ない。
 それが無明の不幸であるよりも、純粋なる幸福である理由はあまりにも美しい故郷の情景にしっかりと刻まれていて、人間を下向きに引っ張る引力だけが世界の真実ではないのだと、静かに豊かに語っている。
 様々な色合いの惑星が、お互いの引力で惹かれ合って成り立つ星景を描く筆先は、ひとまずの終りが見えてきてなお鮮烈に、鋭さを増している。
 演劇を通じて志摩くんが己の過去と向き合いそうな学園祭、相当に良いものが見れそうだ。

 

 

 

画像は”スキップとローファー”第8話から引用

 というわけでAパート、焦った所が一欠片もない美しき帰郷のポートレートである。
 アバンのニ分、どっしりと腰を据えて美津未ちゃんが家を出て電車に乗り、飛行機で故郷に戻るまでの様子を追いかけていく、あまりに豊かな余白の描写。
 彼女が微かな緊張とともに、どういう視線で世界を見つめて、どういう味わいで時間を食べている実感が、ドラマとしては何も起きない描写の中にみっしりと詰まっている。
 言葉にならないものだからこそ絵に託すという、自作への信頼と自負がなければ挑めない演出に堂々挑んでいて、流れていく時の豊かさはシャクシャクスイカかじりながら故郷を飲み込む終わり方とも呼応し、圧倒的に美麗だ。
 この豊かな時の流れの中で美津未ちゃんの人格は育まれ、これを守りたいから東大狙える進学校に入ったのだと、しっかり伝わる説得力がある。

 元々細やかな表現力が図抜けている作品であるけども、豊かな自然と人の営みが幸せに融合する能登半島の景色を描く今回、作中に流れている空気の良さはまさに抜群である。
 真夏の日差しはどこか柔らかに白く、肌を刺す苛烈を遠ざけて優しい。
 故郷の匂いのする情景の中で、庭の木漏れ日は非常に繊細に描かれ(進み出る美津未ちゃんの動きと、そこに投影される明暗の表現力!)、家族との時間は静かで豊かな愛情に満ち満ちている。
 なーんもデカい声では説明しないんだけども、寡黙なダディが娘からの贈り物をソッコー財布に付けていたり、お婆ちゃんが自然と伝統的な赤飯の作り方を伝えていたり、こういう家で育ったからこそ美津未ちゃんはこういう子になって、こういう場所を守りたいのだと伝わってくる。

 東京では無自覚スーパー高校生として、結構気を張って人生泳いでいる美津未ちゃんだが、今回は背中がデケェママンに優しく見守られ、ただの子どもとして緩んだ表情を見せる。
 そこに親友との再開まで加わっちまったら……そらー大ジャンプからの全身ハグよ!
 僕はふみちゃんのフニャッと柔らかなオーラが大好きなんだが、今回は触れ合える距離に主人公が帰ってくるということで、心底嬉しそうに笑い合っていて最高中の最高だった。
 親友は彼氏のこと美津未ちゃんが帰ってくるまで誰にも言わなかったり、お母さんは娘をもてなすために休み入れたり、『はい、気を使ってます』としゃちほこばった押し付けがましさのない気の使い方が、スルッとあらゆる所から出てくる回である。

 美しい光と夜に包まれ、構えた所一切なく自分が自分でいられる……そして、ゆっくり滅びに向かいつつあるまほろば。
 美津未ちゃんが愛する過去と未来、そこと繋がった現在が何を基底材に構築されているかを、非常に鮮明に描くAパートだった。
 このオリジンには特に大きなドラマも、悲劇やトラウマもおそらくなく、ただただ当たり前に、ありえないほど幸福に岩倉家に日常が積み上がり、人が人を大切に思う奇跡を当然に食みながら、彼女は育った。
 それが必然的に見落としてしまう陰りにもカメラが当たりつつあるが、しかしこのように美しく温かいものが過ちであるはずもなく……また過ちにしないように美津未ちゃんも、無自覚に自然に正しく生きている。
 彼女はここから来て、色々難しいこともある世界に進みだした。
 これから、もっと真っ直ぐに曲がりくねった道を進んでいく。

 

 

 

 

画像は”スキップとローファー”第9話から引用

 Bパートは新たな季節に弾む美津未ちゃんのスキップを伴奏に、それを見つめる志摩聡介が見ているものに主眼が写っていく。
 丁寧に時間を使って、物言わぬものにメッセージを語らせる演出は健在で、兼近先輩が手渡した付箋だらけでくちゃくちゃの、汗が染み込んだ台本を受け取ろうとして跳ね除ける手付きは、とても雄弁に彼の葛藤を語る。
 何かを眩しく見つめて、でも進み出せず跳ね除けてしまう濃い陰りに、微笑みが優しい美青年は縛り付けられている。
 それでもなお、差し出されたものを受け取れてしまう特別さが岩倉美津未にはあって、おまけに『なんか元気ないから』とズバーっとっ直感して三つもイカせんくれるとあっちゃぁ、特別な存在にもそらーなろうよ。
 美津未ちゃんが故郷でどんだけ穏やかで幸せな時を過ごし、心新たに二学期を迎えたかが描かれるほどに、夏休みの間梨々華ちゃんがぶっ刺したトゲが抜けず、美津未ちゃんにもバレてしまうほど沈んでいた志摩くんの、根の暗さが強調もされる。

 恋心を健全に膨らませている美津未ちゃんが志摩くんに見ているものと、志摩くんが美津未ちゃんに見つめているものには視野差と温度差が確かにあって、誰もが羨む美貌に恵まれればこそ、志摩くんは恋が良く分からないのかもしれない。
 誰かが何を考えているとか、自分が何を思っているとか、衝突させるだけ時間の無駄。
 クールでクレバーな距離感で接触を拒んでいる彼の人格は、美津未ちゃんが恋色に幻視するほど大人びてはいなくて、幼年期に深く刻まれた傷が癒えぬまま、何かを豊かに受け止める足腰が、育つのを阻んでいる。
 それに自覚的だからこそ、汗まみれで真っ直ぐ演劇に三昧する兼近先輩の手を取らず、美津未ちゃんが身を置いている開けた窓の側に進み出せもしない。
 この視線は前回、執拗なほど丁寧に彫り込んだミカちゃんがかつて見て、ゆっくり抜け出しつつある場所に良く似ていて、隣の芝生は思ったよりは青くない、人生の世知辛さと面白さを浮かび上がらせてくる。

 

 盛大な華やかさで催される学園祭に自称シティーガールは心ウキウキで、楽しすぎる学園生活は二学期になっても絶好調だ。
 ぴょんぴょん飛んで手はつなぐけど、ふみちゃんにしたほど激烈なLOVE表現はまだ出来ないダチとの距離感とか、相変わらず最高だけど。
 ずっと目で追う好きな人との間に、透明なガラスがいくつもある現実を、美津未ちゃんはやっぱり認識していないように思う。
 それが目に入らないほど浮かれ、それに縛られずにすむほど愛され、それを突き破っていくほどに力強い足取りがどんなものか、夕日の中の決意から志摩聡介にたどり着くまでの歩みをどっしり見せる演出は、故郷に行き着くまでの旅路、あるいはスイカをかじりながら流れる時間と情景に似た、時間的豊かさに満ちてもいる。
 ああいう走り方をするほどに岩倉美津未は志摩聡介が好きだし、そうして自分がやりたかったこと、すべきことへ真っ直ぐ突き進んでなお、眩しく見つめて立ちすくむ少年に踵を返して、もう一度愛を届ける余力まで持っている。

 そのパワフルな推進力に憧れつつ、志摩くんはそれがどこから来るのか友達に伝えられないし、苦々しく感じている過去の鎖を、引きちぎれないでいる。
 軽やかに都会的に、自在な人生を歩いているようでいて、志摩くんの内面はじっとりと重たく暗く、過去は笑顔の仮面に塞がれて暴かれず、共有されない/出来ない痛みが闇の中で発酵を続けている。
 これを切開して膿を吐き出せば楽になるだろうけど、そうして反吐をぶちまけられた相手は、自分の全部をわかって欲しいと思えるほど大事な人になるはずで、だからこそ泥を預けられない。
 立ち止まらず考えすぎず、人の為すべき適正距離に最速最短で突っ走ってしまえる美津未ちゃんが、恐れない距離感。
 方言をバカにしない最高の友達相手に、自分の幸せも哀しみもちゃんと預けられる健全。

 

 その眩さが自分に欠けていることを、一見充実してる志摩くんはしっかり自覚しているし、だからこそ憧れ動けもしない。
 このアンビバレンツをぶっ壊して、美しい故郷が織り上げてくれた豊かな翼でもって、美津未ちゃんが飛んでいく場所になんとか、追いつくことが出来るのか。
 ”演劇”というタブーに出し物が決まった学園祭は、そこら辺の暗がりにズバズバメスを入れることになりそうだ。
 子役時代の傷、家庭環境の荒廃が相当に長く響いてそうで、ここら辺のミステリを紐解いていくお話にもなりそうだが、どんな獣が飛び出してきたとしてもなんとかなりそうな信頼感も、既に作品は有している。

 甘酸っぱいカタコイ……というお決まりの青春フレーズでは、収まりきれない育成環境の際、過去の経験からくる自己肯定感の差、人生の明るい側面へ踏み出す馬力の違いが、主人公とヒロインの一見朗らかな日々から伝わってくる回でもありました。
 美津未ちゃんが躊躇いなく突っ込めた”好き”という感情とは、志摩くんが抱え込んでいる明暗はちょっと色合いが違う。

 それは恋愛観のズレというより不確かで恐ろしくすらあるものに、それでも飛び込む理由を誰かから、何処かから手渡されてきたか否か……愛された記憶の有無という、あまりに残酷な差に起因している感じがある。
 これを際立たせる意味合いで、美津未ちゃんの帰郷を丁寧に書いているのだとしたら、作者の残酷な誠実はなかなかにとんでもないモンである。
 そういう、人間の心臓に近しいものに切り込んでいくのならば、このお話は素敵な青春ラブコメであると同時に、人が人でいられる理由を探る物語になるのだろう。
 『そうだ』という硬質で熱い手応えが、既に積み上げられるドラマから、それを描く磨き上げられた筆先から、力強く立ち上っている。
 次回も、とても楽しみだ。