遂に迎えた文化祭当日、半年分の思いが眩く咲き誇るスキローアニメ第11話である。
最終話で炸裂するだろう志摩くんの因縁を遠景に捉えつつ、ここまでの話数積み上げてきたものの意味を味わい深く思い出せるような、ハレの祭りを描く回となった。
忙しく文化祭を駆けていく美津未ちゃんが、出会う人一人ひとりにそれぞれの寂しさがあり、それを満たしてくれるかけがえない出会いがあり、充実した手応えがありつつ、まだまだ何も終わりじゃない。
出会って半年とは思えない豊かな間柄を足場に、最高の友達ともっと幸せな場所に飛び立っていく予感が青春スケッチにしっかり漂っていて、大変良い最終話一個前でした。
志摩くん周辺にはモクモク暗雲立ち込めつつあるけど、これを打ち払って眩しい場所に進んでいける保証みたいなものが、彼が同じ空気を吸ってる仲間たちの営みから感じ取れて、ザワザワしつつも不安にはならないのが、このお話らしい足取りである。
最初に人間ドラマにあんま関係ないところの話をすると、クラス劇と演劇部、2つの芝居を描く今回、その差異が丁寧に表現されていたのが個人的に良かった。
素朴な舞台装置と、熱意が表に立つ真っ直ぐな芝居を武器にするクラス劇と、作り込んだ舞台装置と演技でクオリティの高い表現を心がける……けど、やっぱり学生らしさが残る演劇部。
演技というものにどれくらいの時間情熱を傾け、向き合ってきたかの差がそこにはあって(無論、どちらが上でどちらが下という書かれ方はされていない)、その中で志摩くんの芝居は陰影の濃い、別格の存在感を持つものとして浮かび上がってくる。
それは彼が辛い思い出として封じ込めたもの、本当は楽しくて向き合いたいもの、兼近先輩がぜひとも身近に欲しいものが、どれだけ彼の肌に合うかを強調している。
前回分厚く描かれたように、”芝居”と向き合うのは志摩くんにとって気の重い作業で、美津未ちゃんの飾らない輝きに照らされながら、なんとかステージに立つことが出来た難行だ。
クラスメイトはその懊悩を知らぬまま、しかしなんとなく感じ取って気にかけながら、この本番を迎えたのだろう。
知られないようにするのが、見ないふりをするのが他人と自分の最適解だと思い込み、しかしいざ”芝居”と向き合ってみれば、適性も喜びもあった。
そう思い出したことが志摩くんをどこに導いていくのか、描くのは暗雲の先にある最終回だと思うけども、別格の輝きで役を乗りこなす志摩くんを見ていると、答えは既に出ている感じもある。
今回はそういう、日々を過ごす中で既に選び取り出していた答えを、確認するような回でもある。
仲良し四人組がどんな関係を積み上げてきたか、忙しくも楽しい文化祭の空気をたっぷりと味わいつつ、回想シーンを交えてまとめにくる筆はまさに終盤といった趣で、大変気持がいい。
思い込みと頑なさに満ちた所から始まり、触れ合っていくうちにお互いを知って、心を開け放って預けられる間柄へと変わっていけた。
そんな四人の間合いはとても親しいが、何処かに遠く寂しく見つめる距離がまだ潜んでいて、遠い背中を見つめるアングルは今回も多用される。
それは人間が生きていく以上、必ずつきまとう遠さなのだと思う。
美津未ちゃんの友達が東京の文化祭に来れないのも、結月の優れた顔面が望まぬ接触を呼び込むのも、あるいは初対面の相手を気押してしまうのも、どうにもならない一つの必然で。
しかしそういうままならなさを、不器用過ぎる早口で必死に乗り越えようと、チュロス片手に身を乗り出してくれるマブダチもまた、隣りにいてくれるのが人生というものだ。
結月の優れた表面だけを見る男たちが、全く踏み込まない絵の内側に、何も言われない内から美津未ちゃんは踏み込んで、どんな表現に挑んで何を伝えたかったのか、愛を手渡そうと頑張る。
そういう率直さが難しい年頃だからこそ、美津未ちゃんと出会えて四人は余計な荷物を下ろし、素顔の自分を晒せる相手、受け止められる相手と繋がっていった。
思わずスキップするような小さな幸せが、いつでもそこに在る喜びを、満たされない寂しさと同じ位置から見つめて、ここから先も進んでいく。
そういう、お話の幕が下りた先に向かって目線が延びているのは、このお話が好きになった自分としてはとてもありがたい表現だ。
アニメの話数が付き、一旦美津未ちゃん達が生きてるこの世界にサヨナラするとしても、彼女たちはこの幸福な距離感を維持しまま、一緒に歩いていく。
まぁ色々厄介な難題が今後も飛び出してくるだろうけど、傷と痛みを強さに変えていける心と仲間が、もう彼女たちにはいる。
そういう事実を話しの終わりかけ、ちゃんと確認させてくれるのは、彼女たちがとても好きになった視聴者に優しい運びだと思う。
少女四人の距離感は既にある程度以上形が固まった幸福だが、志摩くんと兼近先輩の間合いは今まさに踏み込むか迷い、眩しさに立ちすくむ際そのものだ。
『困るよこんなセクシーな高校生に、木村くんの声帯付けちゃ……レギュレーション違反でしょどう考えても』って感じだけども、兼近文化祭仕様。
距離感分かってないムカつく先輩だったはずの人が、仕掛けてくるしつこいアプローチごしに滲む熱意と優しさを、志摩くんも感じ取ったから……幼年期に殺したそういう感覚器が、美津未ちゃんと出会っていらい蘇ってきたから、志摩くんの視線は兼近先輩に引き寄せられて離れない。
あまりに眩しくて目を背けてしまう領域は、美津未ちゃんの専売特許ではなく、自分が置き去りにしてしまった幼く危うい一心不乱をずっと持ち続けている人の顔を、志摩くんは遠くに見つめてしまう。
遠いいつかの夢ではなくて、今を必死に積み重ねた先に待っている”あったらいいな”を誠実に語る兼近先輩の、歩みに引っ張られるように志摩くんは渡り廊下を縦に貫通する境目を、また一つ乗り越えていく。
軽やかに自分勝手に、他人の事情も心情もお構いなしに夢に突っ走っているように思える変人は、震える声で劇場から去る人たちを見つめ、感動を伝えてくる友人の言葉に緊張をほぐす。
笑い出す前の、不安に頑なな兼近先輩の顔色を意外だと感じるのは、志摩くんに見えているものを丁寧に追いかけてきたこのアニメの歩みが、彼が今見つめている(見つめ直している)ものの色合いを、とても大事にしている証拠だ。
かつて生徒会室で、傷ついた友達を慰めるために幼年期の恥を……それと裏腹の誇りを無防備にさらけ出した時、気づいた調子っぱずれで繊細な、優しさと熱意。
それは志摩くんが子役をやっていた時代、確かに彼にもあったはずの光で、気づけば遥か彼方に遠い。
それでももう一度、それを掴みたいと思える出会いが幾つもあって、志摩くんは今ここに立っている。
そこは彼だけの、孤独な場所ではない。
……はずなんだが、爽やか笑顔の障壁であらゆる他人と距離を作る生き方を、生み出したその源泉も、晴れの舞台に近づき迫ってくる。
志摩くんのお母さんが弟を迷子にする場面、とても近くにいるはずなのに運ばれる看板に視線を遮られて、危うい場所に幼い子供を置き去りにしてしまう描写が、スルリと胸に突き刺さった。
人混みによくある風景だし、気丈に賢く振る舞った三歳児も周りの人々も優しかったので致命打にはならなかったけど、同じ見落とし方で志摩くんの傷や痛みを見落とした結果、あのハンサムボーイがあんだけ捻じくれたのかな……などと思った。
大人だから、親だから、完璧な存在であってほしいというのはただの祈りであって、不運なめぐり合わせや人間なら当たり前の至らなさが噛み合って、深めの傷が人間に突き刺さる瞬間が確かにある。
そうやって起きてしまったことの影に、暗く取り込まれながらなお光を求めて立ちすくんでいる人を、このお話はずっと追いかけてきた。
その筆頭である……ことが、折り返しすぎたあたりからだんだんと暴かれてきた志摩聡介が、幼い子供をどう扱っていいか迷う時、母に優しく抱かれる『あるべき/あってほしい子供時代』は彼から遠い。
その眩さに抱きとめられなかった結果、色んなものとの間合いを計算した上で上手く測れてない志摩くんは、学校に一人でいたら弟と向き合うことも、抱きしめることも出来なかっただろう。
自分では軽やかに人間関係を泳いでいるつもりで、気にしいな強張りがクラスメイトには既にバレている青年が、自分を避けてばかりだと思っていた弟の涙をその足で受け止めた時、ようやく彼は自分と弟がよく似ていることに思い至る。
ここで膝を曲げて、山田くんが自然と演じていた『正しい年上』出来ないのが彼の現状だけども、自分によく似た弱く賢い存在をしっかり抱きしめられたことは、その先に進んでいく希望を強くしてくれる。
弟を両腕でしっかり抱きとめることは、志摩くんがかつて過剰に気にかけ、守れなかった場所へ立場を変えて入っていくことであり、上手く抱きしめてもらえなかった自分をもう一度抱きしめる一歩目なのだろう。
弟との不鮮明で不安定な関係は、そのまま子役時代の自分とのそれに癒着していて、誰かに助けられて行き着いた場所で、決意を込めて一歩を進めることで、志摩くんは過去を取り戻そうとしている。
そこは彼だけの、孤独な居場所ではない。
だからこそ、状況は極めて厄介でもある。
美津未ちゃんの眼には優しい人と映る志摩くんの母親が、一体どんな手付きで彼の幼年期を引き裂いてきたか、その断片はこれまでも幾度かスケッチされてきた。
その痛みが残響して、文化祭で演劇やることを伝えず、電話で連絡するのも戸惑うようなぎこちなさが、母と子の間を支配している。
美津未ちゃんがその影を知らず、見ず、あるいは見えないのはなかなか面白い所で、だからこそその純粋さが色んな人を前に進めてきたし、愛された記憶で満ち満ちた光が想像もできない影が、世界には確かにあるのだろう。
そういう明暗のあわいで、生きていくことはザワザワ転がっていく。
そういう必然に満ちた騒鳴が、真っ白に眩しい美津未ちゃんに食らいつく時がいつかは来ると思うけど、僕はそれは不幸ではなく寿ぎだと思う。
想像もしない影が世界には確かにあって、それでもなお自分は幸運な光に包まれてきて、誰かの手を引いて前に進める存在なのだと自覚することで、岩倉美津未はもっと素敵な人に、なっていけると思うから。
それだけの靭やかさな強さが、都会で生きるには純粋すぎるように思えるこの女の子には、確かにあるから。
梨々華ちゃんとお母さんの邂逅が、なぜ暗雲を呼び込む不吉さと、お互い再開したくなかった衝撃に満ちているのか。
今、志摩聡介という人間がどこにいるかを、これから彼女たちが見届ける舞台は暴くのだろうけど、そこはかつて彼に関わった様々な人たち、その過去と傷に繋がっている。
関わった人皆が、蓋をして逃げ惑ってきた因縁が表に出るのなら、そらー嵐も来るし傷も開こう。
それでも光の中に進み出し、置き去りにされたものを取り戻したい気持ちが、志摩聡介に確かにあることを今回のエピソードは、これまでの物語はしっかり描いてきた。
決意を込めて彼が演じる舞台を、もう一度彼を孤独にしないためにも、しっかり見届けてあげて欲しい。
次回最終回、とても楽しみだ。