信頼のバトンを託され、遂に二人だけの夏が始まる……。
イチャイチャ指数はとうに限界突破、石川いいとこ一度はおいで、撮影合宿をゆったり豊かに追いかけていく、放課後インソムニアアニメ第11話である。
目覚めて真夏の日差しの中を進み、夕暮れが星の海に染まるまで。
『星を撮影する』という合宿の目的が、丸ちゃんと伊咲ちゃんがお互いを間近に感じながら生活を共にし、美しい時と場所を一緒に見つめる描写と、しっかり噛み合っていた。
ゆっくりと降り積もる時間だけが生み出すもの、それが眠れぬ夜をどう癒やしていくかを、焦ることなく追い続けてきたアニメの足取りは、この最終章に入っても変わることなく、丁寧に彼らの青春をたどる。
物静かで、だからこそ雄弁な情景に支えられる形で、今天文部の二人がいる場所、そこに満ちている安らぎと鼓動を甘酸っぱくも爽やかに描き切る、力に満ちた最終話一個前でした。
めちゃくちゃイチャイチャしてたな……法定許容量超えてるだろ絶対……。
っていう”今”をしっかり描き切る為には、生真面目少年の心に突き刺さって抜けない棘を、暗く描いておく必要もあるわけで。
寝ている間に出ていった母の不在、置いてけぼりにされた自分の輪郭をなぞるようにさまよう丸ちゃんは、この朝に閉じ込められたままずっと出れていないのかもしれない。
後に描かれるDOKI☆DOKI同棲合宿に、満ち満ちた生活の匂いはこの思い出にはなく、母と幸せに暮らせていた日常は徹底的に、空疎で冷たい寒色に塗られている。
僕らは神様の立場から、丸ちゃんがスーパーヒーローでなくなった瞬間を窃視するけども、丸ちゃん本人はこの瞬間を明確には覚えておらず、多分覚えていないからこそ不眠を解消できない。
あれほど生真面目な青年が、生真面目だからこそ忘却で蓋をしなければ生きていけないほど致命的な、一人の朝。
時が過ぎて、ありえないほど嫌なことが迫ってきて、それを否定したいから履き続けてきた幼い靴は、丸ちゃんを置き去りに取り残していく。
この暗い孤独に包囲されながら、中見丸太はなんとか高校一年生まで生き延びて、曲伊咲と出会った。
同じく眠れない女の子のために一緒に星を見て、その姿を写真に取り、誰も解ってもらえない苦しみのために怒り、雨の中を走り抜けてきた。
『報われて欲しい』と強く思うし、そういう主役への共感をこのお話はしっかり拾い上げて、彼らが今いる場所を丁寧に見せてもくれる。
合宿二日目、見附島への撮影旅行は旅立ちから帰還まで、時のめぐりを丁寧に追いかける形で描写されていく。
そこに宿ったみずみずしい感情の全部を、間近に感じさせてくれるような丁寧な運びが、とてもこのアニメらしくて良い。
日が昇り、肌を焼くような夏の気配と、それを吹き飛ばす絶景への期待感が夏雲のように湧き上がり、その時を待つ。
ライトアップに落胆し、それが23時にフッと消えて、夜が本当の顔に変わる瞬間の、闇と光の交錯。
今、ここに、二人でいなければけして立ち現れてこないものを、丸ちゃんと伊咲ちゃんは全部共有しながら、夏を過ごしていく。
間違いなく”無敵”である。
アバンの重く痛ましい空気を跳ね飛ばすように、天文部夏合宿はとにかくハッピー&ハイテンション、眠れぬ憂鬱がどこかに吹き飛んだ気持ちよさがある。
そう思えるありがたさを、浮かれた陽気に押し流されながらも丸ちゃんはしっかり感覚していて、春に出会った自分たちがここまでたどり着いた意味と価値を、ふとした瞬間にしっかり噛み締めている。
このナイーブな思弁性が丸ちゃんを苦しめてもいるのだけど、明るさの仮面に痛みを秘めた伊咲ちゃんを相手取る時、こういう生真面目で繊細な少年だからこそ凸凹が噛み合ったのだという、強い納得もある。
心音が重なるほどに、自分のことを解ってくれる相手だからこそ体重を預け、不安を共有できる。
美しい時間と場所を二人が共に過ごしていることが、ただただ幸せに充足したあるべき理想形ではなく、ありふれて切実な辛さを奥に秘めた、結構切ない夜の旅であることを、ここまで積み重ねた物語は思い出させてくれる。
そしてその切なさだけが、彼らの青春の全てではないことも。
合宿は特別に美しいフォトスポットだけで構成されているわけではなく、衣食住を共にしながら隣り合う日常も、大事な1ページだ。
一緒に餃子を作り、服を洗濯し、倫理の一線を引きつつもお互いを覗き見る、ありきたりであまりに豊かな日々。
その空間と時間を、星追いの日々と同じくらいしっかり描いてくれるのは、凄く良い。
こういう生活感を共有できる間合いにまで二人の魂が近づいていることを実感できるし、こういう時間にこそ眠れぬほど傷ついた彼らの、求めているものが宿っているのだと確認できる。
しっかしまぁ、こうして書かれてみると完全に同棲なんだよなぁ。
え、お二人まだ付き合ってない。ご冗談を……。
『どう考えてももう……』と、外野席が勝手にヒートアップする中二人は自分たちの恋心を、凄く誠実に取り扱っている。
胸を焼く激情がどんだけ強くて貴重なのか、自分の気持ちを大切にしつつも、それが何もかもを押し流さないように、恋人ではないからこそ生まれるつながりを優しく抱きしめつつ、ちょっとずつ進んでいる。
その歩調は焦らされているというよりも、自分の気持ちと自分たちの関係を尊重し大事にしてくれている手応えに満ちていて、見ていてなんだか安心する。
自分から線引いい出したのに、『あちーし眠れねーし!』とかいってジェリコの壁ぶっ壊してくるの、伊咲ちゃんパワーあるよなぁ……。
まぁあんだけの青春イベント山盛りこなして、鈍感気取れる不誠実も彼らにはないのだから、大好きな人が間近にいるこの発熱距離……正気ではいられんよ。
それでも正気で居続けようとする所が、可愛い二人よね。
二人の夏は豊かに、穏やかに過ぎていく。
色んな場所、色んな時間を写真に切り取り共に楽しんだ足取りを、モンタージュで見せる演出は大変良かった。
そうして素敵なものを二人で見つめて、戻ってくるのは彼らの家で、縁側に日が沈む瞬間を共に見つめて、スイカをかじる。
確かに、スイカは必要だったね……。
日が昇り、暮れては沈む。
繰り返す時間を丁寧に、執拗に追いかけてきた演出が、丸ちゃんが眠れぬ理由を告げる瞬間に上手く刺さる。
けして終わってほしくない、眠れぬ理由を忘れられる幸せの中で、あの時置き去りにされた丸ちゃんの靴の隣には、伊咲ちゃんの靴が並んでいる。
時が巻き戻って母が帰ってくる奇跡は起きないが、その傷に誰かが隣り合ってくれる幸せは、確かに今彼らの側にあるのだ。
そしてそれが絶対ではないことを、思い出せない思い出が、胸に刻まれた痛みが、確かに教えている。
丸ちゃんの流す涙を、せき止めるように伊咲ちゃんはキスをする。
とても暖かくて、優しくて、強いキスだ。
丸ちゃんが伊咲ちゃんのために本気で怒り、その辛さを和らげようと本気で走れる男だから、僕はこのアニメを好きになったわけだけど。
伊咲ちゃんもまた、大事に思える特別な誰かが目の前で泣いたのなら、それをせき止めるために魂を擲って隣合える、優しい強さを持っている。
あるいは丸ちゃんが伊咲ちゃんが眠れぬ理由を自分に預けてくれたお返しとして、誰にも(父にも)告げていなかった朝への恐怖を預けたように、自分にこの少年が差し出してくれたものを唇で返すことを、今選んだのかもしれない。
どちらにしても、自分が他人から何を受け取り、それに報いるために何をすれば良いのか、しっかり見据えて進み出せる人たちである。
伊咲ちゃんは朝がこないことに怯えて眠れず、丸ちゃんは朝がくるのが嫌で眠りたくない。
死への恐怖と生きることの苦しみで、天文部の二人を侵すインソムニアが背中合わせなのは、なかなかに面白い。
だからこそお互いの欠けた部分を、自分を差し出して満たし合い、流れていく時間に怯えず、幾度もやってくる夜と朝に微笑める理由として、相手を求めれる。
思い返すとどっしり時間を使って、主役たちが何故不眠に苛まれているのかを掘り返していく青春ミステリでもあったな、と思う場面だった。
彼らを好きになれたからこそ、彼らを苦しめる影の正体を知りたいとも思い、しかしそれは結果だけを暴露されればハイおしまいではなく、彼ら自身がそれを明かしても良いのだと思える気持ちを、育んでこそ映える謎だった。
だからここで丸ちゃんが自分の辛さを伊咲ちゃんに預けれたのも、ようやく涙を流せたのも、それを伊咲ちゃんのキスが受け止めたのも、大変良かったと思う。
そんな魔法のキスで話が終わらないのが、このアニメの良いところだなと思う。
気恥ずかしさに身悶えして、丸ちゃんは海に落ちる。
彼を引っ張り上げる伊咲ちゃんの姿勢はパワーに満ちていて、あんまロマンティックではない。
その力み方が、二人の出会いと恋が思いの外切迫した人命救助であり、死ぬほどに切実な苦しみをお互いが背負いあったからこそ、今ここにいるのだと思い出させてくれる。
それは人生にありふれていて、他人からは真の姿を見つめられず、だからこそ解ってくれる相手を特別だと思えるような、不思議な星だ。
それを目の前に掴まえて、掴まえてもらって、丸ちゃんは笑う。
しょっぱい雫は孤独な涙よりもずっと暖かくて、眠れぬ夜がどこかへと去っていく。
そして!
伊咲ちゃんのチャーミング極まるバッテンに恋は一時停止、最終決戦は美しき夜の遺跡だッ!!
『もう……もうこれは……』と、見ているみんなが思っているある種の出来レースであるが、生真面目な二人の物語が一旦幕を下ろす勝負どころとして、合宿の終わりと誠実な告白は大変良いゴールだと思います。
中見丸太はそういう場所に進み出していい人間であるし、進み出してほしいと心から思っているので、最後の最後に欲しいところにタマくるの、すっごく良いよ。
告白のハラハラ自体で引っ張るのではなく、どう彼ららしいスタートを描くかでお話をまとめてくれるの、エンドマークの先にある豊かな物語を想像できて、メチャクチャいいし。
ずーっと準備してきた合宿の終わりが、アニメの終わりともなりそうです。
出会って部を作り、色んなことを二人で頑張ってきて、たどり着いた場所。
そこをどう書くかも楽しみだけど、そこが彼らの終わりではなく始まりになるのが、僕はとても嬉しい。
次回も、大変楽しみです。
・追記 良久云。與我拈案山來看。
インソムニア追記
— コバヤシ (@lastbreath0902) 2023年6月19日
合宿場にかかってる掛け軸が『山是山水是水』なの、能登の豊かな自然を旅するエピソードであり、あなたと私の距離感を甘く測る恋のお話である今回に、とてもぴったり在っていたと思う。
(画像は”君は放課後インソムニア”第11話より引用) pic.twitter.com/cYM7uRIbqU
山は山、水は水。
— コバヤシ (@lastbreath0902) 2023年6月19日
文字にすれば当たり前だけども、それが目の前に広がっている意味合いに今丸ちゃんたちは全霊で飛び込んでいて、夜と星が山水に在るがまま在る成り立ちを、肌で感じ自分に引き寄せている。
この合宿で見て撮ったものは、中見丸太でしかない中見丸太を支える礎に、必ず成る。
そういう在るがままを受け止めるためには、山と水を分ける境目をしっかり見なければいけない。
— コバヤシ (@lastbreath0902) 2023年6月19日
離れていく寂しさに幼い丸ちゃんは引き裂かれて眠れなくなったが、そういう境目が在るから今目の前にいてくれる伊咲ちゃんの在るがままを、見つめて手を伸ばす…伸ばしてもらう事もできる。
あなたと私に境目があることは、涙が出るほどに寂しいことであるけども、それを埋めるように心音と唇を重ねることだって出来る。
— コバヤシ (@lastbreath0902) 2023年6月19日
あなたがあなたであることを、真摯に受け止め共に進むことを通じて、不確かな私の輪郭をなぞってきた物語が、あなたと私の境目を越える一瞬に、たどり着きつつある。
そこに『山是山水是水』がかかっているのは、とてもいいなと感じた。
— コバヤシ (@lastbreath0902) 2023年6月19日
原作の段階でこの軸が掛かっていたのか、これをどういう意図と意識で掛けたのかは、読者でしかない僕には預かり知らないことだけども、ぽんと擲った結果収まっているのも、また良いかなと思う。