イマワノキワ

TRPGやアニメのことをガンガン書き連ねていくコバヤシのブログ

星屑テレパス:第8話『出陣ウルトラハイパワードリィーム』感想

 求める光が、どこにあるのか。
 心のなかに広がる暗い宇宙をちゃんと探検しなければ、私たちは星座になれない。
 ロケット同好会の熱い夏が始まる、星屑テレパス第8話である。

 いやー……やっぱ凄いよ雷門瞬ッ!
 下らねぇと呟いて距離を取ることで、求め傷つくことから逃げていた他人の温もりが今目の前にあるのだと、それこそが大事なのだと願えばこそ空回り、威圧し、他人の気持ちを踏みつけにする。
 摩擦係数高め……っていうかコスりすぎて煙出てきてるぶち当たり方を、根っこから訂正しないまま、ロケット完成&大会本番までぶっ千切って行った。

 ここまで戯れなくパンクスやり抜くとは思っていなかったので、ある意味爽快ではあるのだが、お互いの心に芯まで染みる対話が先送り(おそらく負けた後)になったので、海果含めてどこか安定感がない、『テメーらのきらきら青春絵巻、マジでこれでいいのか!!?』と聞きたくもなる。
 『ダメなんで、一回本気でぶつかります!』か『人間という孤独の星は、灰色の無理解を飛び超えて出会い直せないんですッ!』か、どっちの答えが出るかは分かんないけども、問いたくなる謎が作品にあるとはすなわち牽引力なわけで、同好会の星々がどういう重力バランスで星系を描くのか、瞬の独裁で形になったロケットがどこに着弾するか、今後がマジで楽しみである。
 これで結果が出ちゃうと、『他人の願いや楽しさを欠片も配慮することなく、結果だけ出しさえすれば求めていた魂の充足は叶う』という、最悪な学習結果を瞬が得るので、絶対負けて欲しい……。(きらら主人公の敗北を祈る、悪い視聴者)

 

 

 

 

画像は”星屑テレパス”第8話より引用

 窓際遠いところの憂鬱な灰色から、コミカルでカラフルなSDシーンを経て、窓辺に場面が動いて色彩と輝きが戻ってくる。
 瞬と遥乃の調理室のシーンは、このアニメに特徴的な細やかなトーンコントロールが、とてもわかり易い。
 一人悩みを抱え込んで仲間に預けず、勝手に苛立って勝手に当たり散らかす瞬のクラさは、どう考えても同好会にいい影響を与えるものではなく、それはコミュニケーションによってしか解放されない。
 しかし中学時代学校という社会に接触してこなかった瞬の心は、まだあの狭く孤独なガレージの中に半分以上囚われていて、自分の外側にいる誰かとどう触れあえばいいのか、指針を持たない。
 むしろ激ヤバ人格をある程度以上許容してくれている同好会の活動、笑原先生の粘り強い指導で居場所を得ている学校生活を通じて、現在進行系で学んでいる最中だ。
 怯えて内側に閉じこもることで孤独を感じていた海果とは逆さに、自分を許容してくれない世界に怒り、強く反発して遠ざけることで孤独になった……そうして自分を守った瞬であるが、他者を介在させない時の世界の色は、真逆のはずの海果と同じ色だ。

 ここにきららカラーの優しさを何度でも注ぎ込むのが遥乃の存在なわけだが、誰にでもふわっと優しい天使っぷりは、現実主義者の心を完全に溶かすほど完璧ではない。
 いかにもきらら女子が絆されそうな(偏見)甘いお菓子たちをどれだけ用意しても、それは人間関係構築の補助剤でしかなく、一回ニ回お茶した程度で人間が成らないってバランスは、このお話特有の面白い”硬さ”だと思う。
 今回も瞬の苛立ちが生み出した卵の残骸を、ふわふわシフォンケーキに変化させることで甘く優しい時間を……結果だけにこだわるのではなく過程を楽しみ、それを一緒に仲間と喜べる価値観を、遥乃は瞬の身の養いにしようとする。
 しかしそれが瞬の深奥に響くことは(まだ)なく、ツンツンした態度の奥で何を考えているかを微かに瞬かせながら、少女たちはすれ違っていく。
 この噛み合わなさ、ズレ、だからこそ暴かれていくお互いの心象と繋がりうるポイントが、不思議な生っぽさあって大変良かった。

 

 『嫌いなものがねぇって、好きなものも一個もねぇってことだろ!』と瞬が吠えたのは、天使すぎてぶっちゃけキャラが弱い遥乃の奥深くに物語が入っていくための、良い窓になると思う。
 『オメーは”火の鳥 鳳凰編”の我王か!』とツッコミたくもなる、憤怒の化身・雷門瞬。
 自分の”好き”を認めてくれない世界に苛立ち、自分の望み通りに動かない他人に怒り、そのズレを許容できない自分に一番怒り(そのことに自覚がないので、怒りの制御ができない)、世界中に当たり散らかす彼女にとって、負の感情は身近なものだ。
 それが”好き””大事”という正の感情と直結している、自分という回路の作られ方を把握していないので、出力される結果も世間との軋轢を高める方向にしかいかないわけだが、とまれ何かを嫌い何かに怒ることは、彼女にとってポジティブなエネルギーの源泉である。

 そういう瞬なりの『人間らしさ』が、負の陰りを全く持たないと豪語し、事実そうであろう遥乃からは感じられない。
 多分遥乃の在り方は瞬きにとって現状、凄まじく嘘くさいのだ。
 自分がそう生きられなかっった経験だけが、瞬の灰色で孤独な怒りの宇宙にはあるから、『そんな風に生きられるわけねぇだろ』と感じてしまう。
 これはつまり不登校少女の世間の狭さであって、思い込みをぶち壊して世界を広げていく旅を今後していかなきゃいけないわけだが、現状遥乃と彼女のシフォンケーキには、瞬の脳髄かち割る火力がない。
 世界は素敵なことに満ちていて、誰もかもが尊敬できる特別な相手だという、遥乃の優しい境涯は人間として正しいだろう。
 皆がその通りに生きていれば、瞬のように要らない衝突を他人と繰り返し、自分を遠ざけてより孤独になっていく存在もいなくなるだろう。
 でも、人間そうはできないから瞬はガレージに閉じこもったのだし、出てきた後も、出たからこそ見つけた大事なもんを輝かせるために、孤独で攻撃的な方向にノズルを曲げてしまっている。

 んじゃあ遥乃の生き方が、柔らかで甘いだけのシフォンケーキは持ってる”正しさ”をどう、瞬に伝えるのか。
 真実そういう生き方があって、それは遠い星の瞬きではなくて、身近に引き寄せ一緒に輝くことができる光なのだと、伝えることができるのか。
 海果とユウを繋いだおでこぱしーという異能は、地球人でしかない遥乃にはなく、無条件に相手を理解る/理解ってあげる道は存在していない。
 自分の目で相手の顔色を見て、言葉尻から内的価値観を探り、何を大事にして何を守りたいのか、探って慮って近づく、大変にめんどくさい宇宙旅行が必要になる。
 そして遥乃は、ぼーっと善意だけを押し付けているように見えて雷門瞬を良く探っているし、瞬もまた他人を拒絶しているだけのように見えて、遥乃という存在を良く見ている。
 見ているからこそ、その天使性の根っこにある信じきれなさを、言葉にして叩きつけもする。
 今回雷門が突きつけた言葉への解答は、今後に持ち越しであるけども、ここに遥乃が力ある言葉と行動を差し出せた時、(怒りに満ちた自分含めた)他人との触れ合い方に迷う雷門瞬という少女、全てを受け入れてしまうがゆえに己が見えてこない宝木遥乃という少女の魂が、一段階濃い光を放ってくると思う。
 そのための前駆として、調理室に瞬いた明暗は非常に重要だったと思う。

 

 

 

 

 

画像は”星屑テレパス”第話より引用

 夏休みが訪れて、同好会はより長い時間短に過ごし、瞬起因の摩擦は耐え難いほど大きくなっていく。
 瞬は自分がロケット制作を握り込むことで”勝てる”ロケットを作ろうとするが、それを作って何をするのか、この人間集団にどのような幸福を手渡すかに関して、一切のヴィジョンがない。
 正確にはちゃんとあるのだけども直視されておらず、不確かなまま結果だけを求めて自分のやり方を他人に説明なく押し付け、自分の脳内宇宙を先回りして読解してくれることを望むため、コミュニケーションが破綻していく。
 自分は他人の心を覗き込まず、配慮もしないで突っ走る割に、自分の(自分すら把握していない)望みは何もかも他人に理解してもらうことを望むアンバランスが、瞬とロケット作成を危ういところに引っ張っていって、必然的に内破する。
 メチャクチャ言ってる瞬の、自分がメチャクチャ言ってるって自覚が全くないからこそメチャクチャになってる感じ、”人間”によくある過ぎてお腹痛かったな……。

 自分が求めるものを真実把握しておらず、そのくせ自分の外側には求めるアンバランスなコミュニケーションは、海果にも同じである。
 瞬が世間と衝突させて彼女を孤独にしたこのギャップを、宇宙人のテレパシー能力は無条件で飛び越えてしまえて、その特別さ故にこの物語は始まった。
 何もかも理解ってもらえる特別な相手に、理解ってもらえない辛さや孤独を抱きしめて貰って、一方的に理解を簒奪するコミュニケーションに癒やされることで、社会に漕ぎ出す力を得る。
 それが、ここまでの海果が歩んできた道のりである。
 その一方通行の搾取……精神的授乳ともいうべき歪な関係性を、ユウは疑問視せず幾度でも手渡すわけだが(これを”慈愛”といっていいのか、見てるモノが疑問に思える筆で書いてるのはアニメ偉いと思う)、今回海果は灯台脇の陰りの中で、繰り返しを拒絶する。
 その意志は第2話で既に示されていたわけだが、幾度も繰り返しユウの腕に抱かれ灰色ではない自分を確かめてきた……そのことで同好会長という立場に似合う、社会と繋がりうる強度をなんとか獲得した海果は、ようやくここで宇宙人の乳房から離れていく。
 関係性の変化と大事な人の自立を手渡されて、後を追うことも出来ず佇むユウの顔が、なかなか印象的である。
 ここのポケーットした顔をちゃんと切り取る所が、このアニメだなぁと思った。

 

 

 

 

 

 

画像は”星屑テレパス”第8話より引用

 地下室に残る形になった瞬は、遥乃のサポートを借りる形でロケットノートに綴られた海果の努力と本気を見ることになる。
 瞬のコミュニケーションが一方的になるのは、勝利という結果を目指す自分のやり方を仲間全員に強制する一方で、仲間が差し出してくる過程重視、楽しさ重視の優しいコミュニケーションを、読解するつもりも共有するつもりもない事だ。
 私が正しいと信じるガチっぷりは、私が信じているんだから正しくて、それ以外のやり方なんて聴く気もないし譲る気もない。
 そういうコミュニケーション方法の権力勾配を、一方的に握り込んで自分が風上に立つ(そのことで自分が傷つかず、仲間も傷つけさせないと思い込んでいる)ことが、頑なな孤独へ瞬を……彼女を一員とする同好会を引きずり込んでいく。
 同好会という集団形態は、雷門式の勝利独裁を本来的に求めず、皆で楽しく協力しながらの穏やかなコミュニケーションをベーシックとするわけだが、そんなきらら風味元不登校不良少女には馴染みねぇし、誰かに優しくしたい自分の本音と向き合うのは気恥ずかしく怖いし、大声でがなり立てて他人を威圧すれば自分の柔らかいところには入ってこないし、専門知をテコに場の支配権を握る形になる。
 瞬の頑なさを解いていくと、根っこには海果と同じ怯えがあるのが見て取れて、同じだからこそ衝突する二人の現状を削り出すのが、今回の狙いかなって感じ。

 瞬一人ではロケットノートのめくり方、読み方は分からない。
 そこに何が描かれているのか、どんだけ海果が本気であるかを知った上で、返し方は両の手で誠実に差し出すのではなく片腕で押し付けるように、乱雑に扱ってしまうのが、雷門瞬の現状である。
 知らなかったんだからそうなるのはしょうがないとはいえ、他人の心情を土足で踏むのに躊躇いがなさすぎる女で、ここら辺のヤバさを結構むき出しで書き続けているのはなかなか凄い。
 雷門瞬の現状に嘘をつくことなく、『きららレーベルの女の子青春ストーリー』つうパッケージでぎりぎり食えるよう、細かく細かく調整かけてるところ含めてね……。

 そういうヤバさに手を添え、ちったぁ人間心理に見合った手付きで真心を扱えるようサポートするのが天使の仕事で、遥乃の助け舟あって初めて、瞬はノートを自分の目で見れるようになる。
 もつれる舌では、なかなか変わってくれない現実の自分では伝わらないものも、理想と学びをカラフルに焼き付けたノートの中に確かに息づいていて、そこを飛び出して届く。
 対話コミュニケーションを記述コミュニケーションが補佐するという意味でも、結構面白いものが描かれてる回である。
 実際海果のはっきりしねー喋りはイラつくし、コミュニケーション幼稚園児な瞬が未熟な自我をキレ散らかすのも納得ではある……が、宇宙人と天使は一切苛立たず、バブバブ女を胸に抱いてたぞッ!
 (ここら辺の人格成熟度の差が、『甘えるもの、受け入れるもの』として固定されないように色々気を使ってる感じはこのアニメの随所にあって、今後話しが転がる中でどう炸裂させ、逆転させていくかは楽しみだ。
 つうか未解決の和音として関係性が固定される危うさ、一見甘やかな理解の中にある停滞の気配を置いている以上、逆転が起きなければメチャクチャ不完全燃焼なまま、多分アニメが終わる。)

 

 海果はとにかくストレスに弱い生き物で、現実につきものの荒い波風に耐えきれず、灰色宇宙に逃げ込んで生き延びてきた。
 地下室に瞬が充満させた結果第一主義、傷つく自分を見てくれないイラガっぽい生々しさに耐えかねて、飛び出すわけだが、今回海果はユウとの宇宙バブバブをはねのけて、自分の足で地下室に戻ってくる。
 自分に優しくしてくれるユウの宇宙と、優しくしてくれない瞬の宇宙。
 その境界線を超える決断は海果のものであって、先んじて答えを差し出してくれていたユウは今回、彼女の踏み込みの後を追ってくる。
 孤独な自分を照らしてくれた特別な光が、自分への甘えを振りちぎって引力圏から飛び出していく瞬間を、ユウはどう見ているのか……今後の進展が楽しみだ。

 そうして戻ってきたことで、瞬のノートに描かれていたモノ、自分が無遠慮に踏みつけにしたモノを手渡し返すチャンスを手に入れて、舵を見失ったまま独善に暴走しかけていた共同作業を、あるべき形に戻す機会を得る。
 瞬が怒りを己を満たすことで耐えてきた、結果しか見ない現実の世知辛さの中に、ユウの助けを借りずに海果も飛び込む気概があると、同じ宇宙を共有する一人なのだと示すことが、海果の成長だけでなく瞬の変化にも繋がってくる。
 それはこの一瞬で、何もかもを是正するほど爆発的な変化ではなく、あくまで変わっていけるかもしれない兆し……暗がりに瞬く星のような、かすかな光だ。
 ここら辺の微細な色合いを、生っぽい陰り含めて拾い紡いでいく手付きはかなり好き。

 ヒネた現実主義者のフリしてれば、夢笑われて傷ついた幼く弱い自分を遠ざけられると、雷門瞬がことさら悪し様に振る舞ってる部分はあると思う。
 ここで現実(と思い込んだもの)に過適応する道を選んだ瞬と、そこから逃げて灰色になった海果の道は、まだまだ完全には重なっていない。
 おでこぱしーがない瞬には、海果の涙がどこから溢れているのか分からないし、それが自分の中にだってあるとても普遍的で、大事に扱わなきゃいけない価値だということを(まだ)理解できていない。
 海果も瞬がツッパリにツッパリ倒して手に入れた、ロケット制作の知識や技術……過酷な現実にコナクソと体当りしていく気概を、自分のものにできているわけじゃない。
 他人はいつでも遠い星で、それでも自分に欠けてる光を求めて手を伸ばしてしまうのが人間で、不格好でヘタクソなアプローチは何度も失敗するけど、その度何かが積み重なっていく。
 試行錯誤の塊である宇宙開発と、凸凹青春コミュニケーションが重なっているモチーフの使い方は、僕は結構好きだ。

 

 

 

 

 

 

画像は”星屑テレパス”第8話より引用

 かくして迎えた風の強い夏の火、ロケット競技会当日である。
 憧れの人との再会も為り、青春を載せて高く高く飛べッ! ……というには、会長のお顔はガン曇り。
 そらー結局、瞬ワントップの独裁製作で形になったロケットが”いい結果”生んでもらっても困るわけだが、プレッシャーが襲いくる中この弱い生物、どう生き延びていくのか。
 仲間内の小さなサークルでは、震えながらの小さな一歩が良い変化をもたらすこともあろうが、否応なく結果が出る広くて残酷な世界で、どんな声を臆病少女は上げるのか。

 ギスギスもバブバブも沢山あったロケット同好会の歩みに、一つの答えがもたらさせれる競技会。
 どういう結果になるのか……その結果を受けて、少女たちの共同体がいかなるコミュニケーションを行うのか。
 次回も楽しみです。