穏やかに流れ行く川のように思える刻も、人それぞれ様々な色合いを秘める。
フリーレン御長寿友達との再会と、僧侶ザインに思い出が追いついてくる様子を描く、フリーレンアニメ第16話である。
時間と思い出はこのお話の主成分だが、今回は特にそこに切り込んでいったエピソード群に思える。
永生者であるフリーレンにとって、フォル爺は自分と同じ時間を生きてくれる特別な存在のはずだが、彼女が縁遠い衰えは長命者を確かに蝕んでいて、思い出は遥か彼方にあって遠く霞んでいる。
声も顔も思い出せない、だが裏切れない思い出にある意味呪われて、フォル爺は村を守りつつも馴染むことなく、永遠に立ち続ける。
ヒンメル達が魔王を倒したことすら知らないフォル爺のボケっぷりに、フリーレンが思い及ばないのは彼女もボケボケだから……ってだけでなく、何もかもが儚く消えていく時の流れの中で、自分と同じ速度で生きてくれる誰かが確かにいるのだと、思い込みたかったからではないかなと感じる。
こういう感じで、無敵の英雄お師匠様の人間的な欠落と、既に業前を知っているシュタルクをスコンク転ばすことで手際よく、フォル爺の凄腕を見せる手際が両立しているのが、なかなか面白い立体感の出し方だ。
クラフトがかつて残した伝説は忘れ去られ、勇者ヒンメルの偉業も百年経たずに薄れゆき、時の川はとどまることなく流れていく。
その無常を知っているはずなのに、フォル爺は昔と変わりなく、何も衰えることなくいてくれるのだと、無邪気に信じているフリーレンは可愛い。
そして少しだけ哀しい。
同種と交わることがほぼない、世界に孤立した永生者は、人間が当たり前に忘れてだからこそ目の前の今に、必死になれる何もかもを覚えている。
覚えず効率的に生きていくことも出来るわけだが、ヒンメルと出会い死に際特大の呪いを受けたフリーレンは、もう人と交わらない生き方は出来ない。
自分だけが何もかもを鮮やかに覚えている世界で、ドワーフもまた記憶も意識も不鮮明に、ただかけがえない約束の輪郭だけが巌のように残って、遥か昔に去っていった人の面影を刻む。
似通った存在に見えてもエルフとドワーフは、人と同じく違う存在で、しかし譲れない何かを世界に刻みたいと、自分にも誰かにも覚えていて欲しいと願う気持ちは同じだ。
長命種と永生者の”長寿”がある意味残酷にすれ違うエピソードに、しかし哀しさだけではなくそういう祈りみたいのがキラリと光っているのは、このお話らしい描き方だと思う。
ドワーフやエルフほど長い時でなくとも、人間にとっても時は留まることなく流れ、何かを奪って何かを生み出す。
冒頭、異様な気合で書き込まれたザインの思い出と現在は、追いかけなかった後悔と追いかけて動き出したからこその悩みを、印象的にあぶり出す。
かつて名もなき英雄に憧れ、強引な親友に引っ張られる形で永遠になろうとした少年は、譲れないほど大事だったはずのものを諦めて、その後悔に背中を押されて故郷を旅立った。
旅路の果てに過去は彼に追いすがって、失ったはずのものに追いつけるかも知れない可能性を示すが、それはフリーレン達の道とは違う場所に繋がっている。
さて、ザインはどんな未来を選ぶのか。
せっかく増えたパーティーメンバーが、減るかも知れないってところで年またぐのは、なかなか面白い構成だなぁ……。
自分たちが永遠に語り継がれる特別な存在になれると、無邪気に信じていた幼年期の勢いのまま、故郷を旅立った親友と同じ道へ、ザインは踏み出せなかった。
現実なんてこんなモノと、諦観に腐り果ててオジさんになり、運命と偶然に導かれて、バカみたいな夢を追って旅に出た。
彼はフリーレンのように英雄的活躍はしていないし、フォル爺のような年月の重たさも背負わないが、しかし彼なりの時間と後悔が、流れ積み重なって今がある。
Aパートで人間の尺度を越えた存在の、時と衰えを見つめる意識の差異を描いた後に、ある意味ごくごくありふれた青春とその終わり、終わってなお続く燃え残りに切り込んでいくのは、色んな種族、色んな人間にとっての時間を見つめる、この物語らしい視座だな、と思う。
フォル爺を村外れにつなぎとめ、フリーレンを旅に駆り立てた約束は遠く昔のことだが、ザインが追いかけるべき思い出は今踏み出せば、追いつけるほど近くにある……かもしれない。
そんな夢の名残を前にして、煤けながらも思い出を捨てきれないオジさんは、一体どうするのか。
次回サブタイトルが既に答えを告げているようにも感じるが、どう描くかが大事かなとも思う。
このアニメは特にそういう、詩情と決意を描くのが巧いので、次回が楽しみだ。
・追記 忘却は時に救いであり、永遠に”人間”であり続ける責め苦こそが、永遠なるエルフを殺す唯一の毒……かも知れない。
フリーレン追記
— コバヤシ (@lastbreath0902) 2023年12月27日
ボケれるフォル爺は自分の本当に大事なモノ以外を捨てれるが、永生者であるフリーレンは何もかも鮮明に覚えて、忘却で薄れさせることがない。
瞬きのように彼女を置き去りにしていく数多の人生が、重荷になって魂をへし折るかも知れない未来が、人と関わることにした彼女には待つ。
効率的に賢く、自分に益のあるものだけを背負う身軽な生き方がもう出来ないフリーレンが、コレまでと濃度の違う時の流れに蝕まれていく物語は、天国にたどり着いた後に待ってる話で、本編じゃ語られない危うさなのだろうか。
— コバヤシ (@lastbreath0902) 2023年12月27日
ヒンメルの祈りが呪いになる瞬間を、ちょっと見てみたい気持ちも正直ある。