イマワノキワ

TRPGやアニメのことをガンガン書き連ねていくコバヤシのブログ

ゆびさきと恋々:第5話『こたえ』感想

 危険なほどに近づく距離が、怖くも嫌でもない。
 凄い速度と温度で二人の”こたえ”へ接近していく、特別なコミュニケーションの実態を描く、ゆび恋アニメ第5話である。

 近いってマジッ!(初見時素直な感想)
 『そらー周りもヤキモキするわ』ってくらい、逸臣さんが雪ちゃんと触れ合う身体的・心理的・社会的距離が密接なわけだが、その間近さをこそ雪ちゃんは求めているわけで、二つの波長が心地よく重なるなら、どんだけ近くてもOK……って話なのだろう。
 コンセンサスさえ取れているのならば、何やろうが個人の自由だからな……。
 でもやっぱ近いってマジッ!

 飄々と自由に見える逸臣さんが、この間合いでグイグイ行きたいのは雪ちゃんだけなのか。
 彼女にとっての特別は、彼にとっても特別なのか。
 雪ちゃんのぴゅあぴゅあときめきハートはロマンティックな独言を通じて、僕らにもよく分かるわけだが、逸臣さんの内心と本気は見えない。
 それを手探り一つ一つ確かめ、確信しきれず振り回され、追いすがられて捕まえられたときの高鳴りを、雪ちゃんと……彼女が主役を務める物語とシンクロさせていくために、色んな技芸が動員されている印象もある。
 多種多彩なレトリックが、超純粋な胸キュンLOVEに視聴者が体重預けるために、作中の嘘っぱちへ同じ体温で潜るために総動員されているのは、見ていてなかなか気持ちいいものだ。

 

 

 

 

画像は”ゆびさきと恋々”第5話より引用

 雪ちゃんと逸臣さん、二人きりでの時間が色濃く描かれる今回、様々な形態のコミュニケーションが二人の間を行き交う。
 手話、口話、ノートや携帯アプリへの筆記といった、発話され筆写された文字を通じたコミュニケーションも在るし、もっと不定形の……外国のお金やお面を見せたり、ただただ朗らかに微笑ったりする行為も、感情や意思を共有する助けになってくれる。
 聞くこと、喋ることにハンディがある少女を主人公にすることで、僕らが意思を伝える手段が普段考えているよりももっと多彩で、豊かで、それぞれに色や匂いがあると見えてくる。
 ことばを発する誰かの人格は、それを相手に伝える仕草やタイミングそれ自体に宿って、独特のメッセージを発する。
 逸臣さんが身にまとう、頼もしくて優しい”話し方”がどういうモノなのか、探り探りながら怯えてはいない、自分の”ぜんぶ”を目の前の人間に預けたいと願う距離感の中で描かれていく。

 こんだけ色んな手段で雪ちゃんとのコミュニケーションを成立させようとする行為自体が、興味本位でろう者の言語世界に首突っ込むわけでも、誰にでも優しく踏み込むわけでもない、逸臣さんの特別を縁取っていると感じられる。
 出会いの時、瞳の奥に宿っていた『わかって欲しい!』という輝きに、かつての自分を見た逸臣さんにとって、洗練された形になっていなくとも、嘘のない真心が伝わるメディアであれば、何を使ってでも思いを伝え、受け取りたいのだろう。
 聞きにくい所、聞かれにくい所までスルスルと入っていく、無遠慮と半歩違いの親しさが二人の間を引き裂かないのは、こんな風に色んな形のことばを活用して、雪ちゃんをわかりたいという思いが、言葉を超えて伝わるからだろう。
 それでもなおすれ違いの種があり、人間である以上分かりきれない部分、踏み込みきれない部分があると、りんちゃんとの文字通話で見せる所……そこを『直接家に上がる』という、直接的で身体的な”ことば”でもって乗り越えていく所が、なかなかに面白い。
 人間当たり前の断絶とディスコミュニケーションの気配を見せた上で、逸臣さん別格の人間力でそれを乗り越えていくの、トキメキダイナミックで好きだぜ……。

 

 

 

画像は”ゆびさきと恋々”第5話より引用

 『そらー京弥くんも心配するわなぁ!』という無防備&至近距離で展開する密室のときめき芝居であるが、雪ちゃんにとって逸臣さんの腕の中はいやらしい下心や、かつて自分を傷つけた嘲笑から守られる、暖かで心地よい場所だ。
 そこは家族にしか見せない、不格好とも取られる発話が思わず出てしまう親しい距離なのだが、家族とは生み出せない特別で愛しい関係を、複雑に内包している。
 赤らむ頬、高鳴る心音の先に暗示されている特別な交渉を、許しあえる恋の距離感。
 二人がお互い、そこを許容する間柄に踏み込んでいることを、雪ちゃんの潤んだ瞳は問わず語りに告げている。
 りんちゃんと京弥くんのサブプロット、個別のお話としても可愛くて面白いし、ここが主役二人のロマンスを客観視することで、なにが普通でなにが異常なのか、物語内部の価値観を見てる側が観測するメジャーになってくれてるのはありがたいわね……。
 いやまぁ、確かに異常だよな、この恋愛ゼロ距離戦闘……。

 

 

 

 

画像は”ゆびさきと恋々”第5話より引用

 この緊密な距離を誰にでも手渡すわけではなく、やはり逸臣さんなりに特別で本気なのだと、伝える仕事をエマちゃんがやってくれている。
 雪ちゃんにとっての桜志くんと近いポジションなのだが、ダイレクトに主人公と競り合う立ち位置だからか、とにかく印象が濁らないよう、ライバルだけどいい子で可愛いと伝わるよう、慎重に筆が運ばれているのは面白い。
 逸臣くんの部屋で二人きり、肌で触れ合い秘密を伝えあう距離感で描かれていた、暖かで親しい感覚。
 それはエマちゃんが到来し、雪ちゃんがそこから出ていく中で一気に冷えて、遠く遠くつれない(あるいはより一般的な、常識的な)間合いへと遠ざかっていく。
 雪ちゃんが逸臣さんから受け取った、逸臣さんが雪ちゃんに手渡したかった暖色の温もりは、夜闇の冷たさに奪われ、画面の色彩は感触へと冷えていく。
 この変化が、なによりも雄弁にエマちゃんと逸臣くんの現状を語っている。

 超ダイレクトにときめく心の内を語る話法と、非常に間接的に背景と色彩に喋らせる語法が同居している所が、このアニメの好きなポイントなのだが。
 胸キュンモノローグ一本槍だったら重くなっていただろう描線が、エマちゃんとの関係性、逸臣さんの心の内という『わからないもの』を描くときには間接話法に切り替わり、洒脱で抽象度の高い語り口になるのが、ドラマと演出の噛み合いが良くて素晴らしい。
 画面が突きつける暗号を読みきれないから、雪ちゃんは戸惑い迷い、”ぜんぶ”という答えを書きかけで止めてしまう。
 それが相手に届けば、恋物語は一気に一つのゴールへと突き進んでしまうだろう思いのつり合い、密接な触れ合いは、しかしまだまだ遠い。
 好きな人が自分を好きでいてくれる、たったひとつなシンプルな答えになかなかたどり着けないもどかしさを、宿命的にコミュニケーション不全を抱えた我ら人間の普遍として描く、ロマンスど真ん中の強い筆致。
 それを成り立たせるためには、近さと遠さ、暖かさと冷たさを適切に書き分ける精妙な筆が必要なのだろう。

 

 

 

画像は”ゆびさきと恋々”第5話より引用

 ここでエマちゃんを孤独な遠さ、夜闇の冷たさに負け犬として置き去りにするのではなく、彼女なりの本気と願いを潤んだ瞳に反射させて、しっかり描く所がこのアニメでもある。
 逸臣さんが彼女を置き去りに、雪ちゃんの前では見せない必死さや焦りを滲ませて追いかける速さにエマちゃんはついていけない(ついていき、隣り合うことを許されていない)わけだが、それでも瞳に反射した思いは真剣で美しい。
 それがなにか、暖かなものを孕んでいるのだとマンションから漏れる暖色が静かに語ってもいて、こういう形で恋敵を憎みきれないよう……そういう単純でありがちな対立構造から遠ざかることで、風通しの良い物語を維持できるよう、色々考えて作ってくれていると感じられる。
 桜志くんもそうなんだが、ライバル/噛ませ犬ポジションのキャラクターが気持ちのいい連中で、唯一特別な場所を譲れないとしても隣にはいてほしい、面白いやつとして描かれているのは、見ていて楽しいポイントである。

 逸臣さん必死の追跡は赤信号に阻まれて届かず、雪ちゃんはモヤつく胸の内を親友と共有する。
 『このまますれ違いが続くんかなぁ……』などとこの段階では思っていたし、雪ちゃん一人では気づけ無い”こたえ”へのアシストを、りんちゃんが果たす展開もメッチャ良かったわけだが……見誤っていたよ、波岐逸臣という人間を……。
 さておき、聴覚保有者であるりんちゃんが聞き分けることが出来る”声色”を伝えてもらうことで、雪ちゃんは自分が逸臣さんにとって特別な存在であると、改めて確認することが出来る。
 自分が手話や握られた手から感じ取っていた”匂い”が、発話というコミュニケーション・メディアにも同じく宿っていて、なにか間違った思い込みを、恋にのぼせた頭で受信していたわけではないと知る。

 目も声も優しく、支え包み込むことを望む色合いを宿した大きな空に、身を預けて自由に飛びたい。
 それは雪ちゃんがろう学校という優しい檻を飛び出して、守られる子どもではなく生来のハンディも込みで自力で立つ大人へと、巣立ちたいと願った想いに重なっている。
 そんな自己実現の夢を、自分よりも心地よく叶えてくれる大きな翼になってくれるから。
 拙い羽ばたきでそれでも近づきたいと、ずっと憧れてきた広く自由な空だと思えるから。
 雪ちゃんは逸臣さんに惹かれ、『アウトだよッ!』と思わずツッコむ超至近距離コミュニケーションを心地よく許し、そこから先にある”ぜんぶ”を届けたいと思える所まで、自分の恋心を運んできたのだ。
 誰かが誰かを好きになる、その特別で普遍的な内側を細やかに描き積み上げてくれるので、ここら辺の心情に納得いきやすいのは、見ていて大変ありがたい。
 雪を受け止める空で翼なら、まぁしょうがねぇ……。

 

 

 

 

画像は”ゆびさきと恋々”第5話より引用

 というわけで恋の横綱寄り切り相撲、土俵際待ったなし! である。
 『まさか……往くのか!?』という驚きが醒めるまもなく、”正解”に向かって超音速で突っ走っていく逸臣さんのパワフルな力強さに、俺のときめきも炸裂寸前ですッ!
 最初はある意味乱雑に、想いがあふれるように掴み取っていた雪ちゃんの身体に、心と一緒に改めて向き合い直して、あの時書きかけだった”全部”を受け取って唇が触れ合う距離まで踏み込んでいく場面の、力強さと熱量。
 いやー……こういう勝負を、照れることなく凄いスピードで真ん中突っ走ってくれるの、パワフルで良いわな。

 雪ちゃんが差し出した指文字に、なによりも雄弁な口づけで答える所が、非音声言語で繋がる恋物語らしくて、大変好きだ。
 世間一般に流通するかたちでなくとも、雪ちゃんには様々なことばを受け取るチャンネルが豊かに備わっている。
 それが逸臣さんの仕草や目線、指先からあふれるメッセージを受け取って、恋が始まった。
 お互いを知ろうとする努力、知りたいと願う祈りと欲望が、手話という形で宿る指先に寄せた口づけは、モヤモヤ探っていた距離感を一気にぶち抜き、物語の”こたえ”を伝える。
 サブタイ出しのタイミングも完璧で、折返しを前に急加速したお話はどう転がっていくのか。
 目を離させない力強さが甘いときめきに混ざって、メチャクチャ体温上がる……おもしれーなこのアニメッ!

 

 

 

画像は”ゆびさきと恋々”第5話より引用

 っていう主役主導の恋愛超特急の裏道で、負け犬共が闇に沈むッ!
 逸臣さんが雪ちゃんの心と体に親しく触れ合う裏で、桜志くんはポメラニアンすら大事にできないワケよッ!
 エマちゃんの失敗に終わった牽制といい、ここら辺の『選ばれない理由』が適切で残酷なの、上手くて強いなぁと思います。
 でも桜志くんなりの優しさってのは確かにあって、邪険にして終わるんじゃなくポメ抱き上げて家に入る姿ちゃんと描いてるの、キャラ使い捨てにする気がなくて好きだぁ。
 桜志くんはガキで不自由で束縛強くて寄り添ってくれないけど、彼なりに真剣で本気ではあるので、そういうところに報いる話運びをして欲しいもんだ。

 エマちゃんも聴覚保持者なら聞くだろうジャブを、ろう者だと知らぬままパなしたから逸臣さんに『こいつよ~~~』されちゃったけど、悪い子じゃないんですッ!
 必死なだけなんです!!
 そうやって傷ついた心を、心クン便利に使って憂さ晴らしして……グラサンに反射しているテメーの姿が見えないから、逸臣くんも振り向いてくれないんじゃねぇの!?
 心くんが普段に似合わぬ酔態晒していたのが疑問だったのだが、こんだけ複雑な感情を薄暗いカラオケボックスの中発酵させていたなら、そらー悪酔いもするわな、って感じではある。
 心クン好きなんで報われてほしいよ、声も畠中祐だし……(結局”そこ”)。

 言わない男が悪いのか、解らない女が悪いのか。
 第一宇宙速度で相互理解の成層圏へとぶっ飛んでいった、主役二人を置き去りに展開される別の恋模様、一体どうなっていくのか。
 ”こたえ”が出ちまった二人は、どこまで昇っていくのか。
 次回も大変楽しみです。