イマワノキワ

TRPGやアニメのことをガンガン書き連ねていくコバヤシのブログ

ゆびさきと恋々:第12話『私たちの世界』感想

 透明な雪が舞い降りる季節に、出会い始まった恋が辿り着いた、花盛りの季節。
 雪ちゃんと逸臣さんがお互いの声を聞き解り合う努力を重ねながら、進み辿り着き踏み出していく世界を最後に丁寧に描く、ゆび恋アニメ最終回である。
 主役二人にしっかり焦点を合わせつつも、関わった人たち皆がどう生きていくか未来へ広がる描写も豊かで、大変満足なフィナーレとなった。
 素晴らしいアニメでした、ありがとう。

 

 とまー、本編良すぎてこれで終わりにしても良いんだけども。
 感じ入って揺れ動いた心をわざわざ言葉にまとめ上げて、こうして記録していくスタイルで長くやってきた自分としては、やはり蛇足をあえて書き足すことにする。
 何が描かれ何を成し遂げたのか、本編見りゃ一目瞭然なわけだけども、それだけでは満足しきれない余計な思いは、見届けたアニメーションが素晴らしかったからこそ湧き上がるものでもあると思うわけで、しっかり書ききって『またね』と言いたい。
 そう思わせてくれるアニメで、大変良かった。

 お話としては非常に落ち着いたエピソードで、主役カップルが恋人になって以来初めてのデートに出かけ、恋仲になってなお……というか親しく近づくからこそ知りたいと願う新たな発見を心に留め、豊かな”いつか”を見つめながら一歩ずつ進んでいく様子を描いている。
 分かりやすくデカいイベントとしては一緒に海外行ったり、結ばれたり結婚したりといろいろあるんだろうけども、無理くりそういうアニバーサリーをねじ込むのではなく、見落としがちな日々の歩みに確かに輝く美しさに、改めて目を向ける話で凄く良かった。
 ともすれば社会に埋没した存在にされてしまいがちな、ろう者を主役とするこのお話は『気づく』ということをとても大事に進んできたと思うが、今回花盛りの公園で新たに見つけたもの、冬から初夏へ季節が移ろったからこそ生まれた信頼と尊敬は、雪ちゃんにも逸臣さんにも目の前にある恋が特別な奇跡であり、丁寧に編み上げ織り上げていくものだと教え直す。
 自分がどれだけ、恋人と選んだ人のことを好きか。
 告白がゴールではなく、そうしてお互いの”ぜんぶ”になった後にこそ続いていく道のりに気付き直す思いが、見知らぬ同志だった二人がお互いの世界を、過去や夢や願いを贈り合いながら、混ぜ合わせて『私たちの世界』にしていける幸せ。
 そういうモノを、最後の最後にもう一度しっかり描いてくれて、大変良かったです。

 

 

 

 

画像は”ゆびさきと恋々”第12話より引用

 とにもかくにもまず見てくれ、この美しい花盛り!
 やっぱ……草薙は”最強”だなって思わせてくれて、ほんといいアニメでした……。
 優れた美術を堪能するシンプルな喜びはもちろんのことだが、冬から春を経て初夏、時の移ろいあればこそ生まれてくる変化を大事に進めてきた物語を、雪月花の美しさをしっかり刻み込むことで下支えしている所が、大変に良い。
 出会いの頃、逸臣さんは降りしきる透明な雪に雪ちゃんの善さを感じ取り、あるいは雪ちゃんは雪が自由に広がり降りていける空に、逸臣さんの特別さを見出していた。
 いまだときめきながら恋人であることに慣れてきているこの初夏、二人はお互いワクワクと心を弾ませながら計画したデートで、冬ではないからこそ、出会いの季節から時が過ぎたからこその美しさに、お互いを満たしていく。

 逸臣さんは雪ちゃんが花が好きだと知らなかったし、雪ちゃんは逸臣さんが海外へ出かける理由をまだ聞いていなかった。
 恋に落ちて、愛が形になって終わるのではなく、時が過ぎる中でよりお互いを愛しく思えばこそ、お互いが見ている世界を自分に引き寄せていく。
 もっと、あなたを知っていく。
 そういう歩みは幸せで美しいのだと、冬にはなかった新たな美しさを最終話に堂々描いて告げてくるのは、あまりに豊かな映像の詩であり、ドラマと絵画が同居するアニメーションという表現だからこその面白さに満ちて、大変良かった。
 冬には雪として冷たく凝っていた水が、春を過ぎてこの季節には美しい水鏡となり、花の色を写している様子が、二人を包んでいる時間の流れ、移ろい変っていく世界への肯定にも思え、大変に良い。

 

 

 

 

 

画像は”ゆびさきと恋々”第12話より引用

 電車の中での出会いで始まった物語が、一旦幕を閉じるこのタイミングで再び電車の中の二人を描き、同じ状況だからこそ手に入れた変化を愛しく噛み締めている様子は、1クールに及ぶ物語が何を積み上げてきたのか、しっかりと振り返る助けになってくれる。
 運命的に出会い、目を見て言葉を聞き届けてくれる人だからこそ好きになった二人は、あの時踏み込めなかった場所へと共に進み出して、交わせなかった言葉を手渡し合う間柄になっている。
 目もくらむような眩い色彩の中で、小さな幸せをひだまりに感じ取りながら歩みを進める時、男は女を、女は男を、幾度も見とれて立ち止まる。
 細やかな感情のゆらぎをクローズアップで切り取る、繊細な筆致が豊かだったこのアニメ、最終回でも……最終回だからこそどんだけ雪ちゃんと逸臣さんが、恋人になってなおお互い好きすぎる様子を、丁寧に描いてくれる。
 告白して終わり、キスして終わりではなく、恋すればこそ日々新に愛が生まれ直している様子をとても大事に、良いものとして描いているのは、勝負としてのロマンスに拘泥しない自由な姿勢を感じられて、大変いい。
 勝ったの負けたの……恋を支えに今を生きていく時大事なのは多分、そういうことじゃないのだ。

 雪ちゃんは逸臣さんにデートの計画を任されて、自分が大好きな花に一緒に包まれて、同じ眩さを見つめる事を選んだ。
 それは自分が好きなものを共有し、自分が見て感じ愛しく思う世界へ、隣り合う人に踏み込んで欲しいと願う誘い文だ。
 恋人の健気な誘惑に、逸臣さんはしっかり向き合って踏み出し、カメラロールに記録された『雪の世界』を見つめる。
 透明で純粋なだけではない、数多色彩と生命の息吹に満ちた、新しい雪のかんばせ
 手のひらに収まる記憶装置を借り受けて、そこに自分と彼女の肖像を刻むということは、そうして見せてくれた『雪の世界』に自分を入れて、『私たちの世界』にしていくという決意表明だ。
 この幸せな日々が、一つの物語の幕引きが、全ての終わりなどではなく、もっとより善く、美しく、幸せになっていけるのだという確信。
 私とあなたで……私たちで、そういう時間と世界を一個づつ作っていくのだという、優しく力強いメッセージ。
 そういうモノを、適切に的確に届けられる人だったからこそ、雪ちゃんは逸臣さんを好きになったし、もっともっと好きになっていくのだろう。

 

 

 

 

画像は”ゆびさきと恋々”第12話より引用

 しかし好きになったからと言って、時と場合を選ばず愛に励むのもまた違う。
 逸臣さんは口づけのサインを誤読しかけるが、直前で立ち止まっって雪ちゃんの真意を聞き、見知らぬ手話の意味を新たに学んで、今はキスをするタイミングじゃないと身を引く。
 いま・ここで・俺と。
 時と場合によって移り変わる関係性の中で、最適な判断をしていくのはとても難しいことだし、逸臣さんはそんな難問に無条件で正解できる人間ではない。
 それを解っているから、雪ちゃんの顔を見て声を聞き、自分の口の動きや手話や携帯電話によるコミュニケーションを積み重ねて、相手が何をしてほしいのか、どんな場合なら良くて今はダメなのか、一個一個確認する。
 親しい間柄になっても、むしろだからこそ適切なコンセンサスを積み重ね、敬意を持って相手の言葉に耳を傾けることの大切さは、最終話になってもこの話の真ん中にある。

 控えめに流されつつも、NOを言うべきタイミングで雪ちゃんがちゃんと意思表示できていることと、それを逸臣さんが凄く尊重して関係性を編んでいる様子を、僕は12話見れて嬉しかった。
 聴覚に障害を持ち、一般的なコミュニケーションをそのまま援用できないからこそ、相手のことを知ろうとしっかり目を見て、語彙を学び、意思を確認する。
 そういう恋路を追いかけてきたこのお話において、キスをすれば恋人というわけでも、セックスすれば愛の証明が出来るわけでもない。
 それはお互いの同意の元、適切なタイミングと場所を選んでなされるべきことであり、焦ることなく一つずつ、今だからこそ味わえる幸せな色を楽しみながら、進んでいけば良いことなのだ。
 いつかは頑なな強張りも雪ちゃんから取れて、恋人同士がする”ぜんぶ”をお互い望んでいるとおりに、自然に幸せに果たす日も来るのだろうけど、それが未来であったからと言ってこの恋が、無意味で無価値なものにはならない。
 大きな”イベント”が起きずとも、その途中にある全ての歩みが特別な色と発見に満ちて幸せであると、最終回にこういう話を、こういう色を選ぶ物語は語っている。

 

 花の暖色に包まれていたデートが、キスを先送りにした後繋がれる手を、弾む笑顔を、揺れる心を、新たな青い色で描いているのが好きだ。
 そうやって新しく美しい色が、何かを選び為すことだけでなく、今ここで話さないことを選び、お互いに同意する中で見つかっていく。
 そんな出会の喜びが瑞々しく心を揺さぶるから、雪ちゃんは逸臣さんの背中を写真に収め、『雪の世界』に加えようと思えるのだろう。

 僕はアニメーションの中で携帯電話がどういう表象として扱われるかに、個人的な興味を持ち続けているので、ろう者である雪ちゃんの大事なコミュニケーション手段であり、バイトをする自分へと近づいていく武器になり、あるいは”世界”を切り取り共有できる大事な手立てとして、豊かに描かれているのはとても面白かった。
 遠く離れていても思いを伝えたり、数多世界の欠片を収めればこそその人の”世界”がどんなものか解ったり、このお話における携帯電話はとてもポジティブに、フェティッシュに描かれててきた。
 今回のデートにおける描かれ方は、その総まとめとして大変に力強くて、非常に良かったです。

 

 

 

 

 

画像は”ゆびさきと恋々”第12話より引用

 そしてこのお話が描く『私たちの世界』は、ラブラブ主役カップル二人で狭く閉じたものではない。
 最終話にあたって、雪ちゃんと逸臣さんの物語に関わった様々な人が、今どこにいてどんな未来へ、誰と進み出していくかをしっかりスケッチして終わっていくのは、僕には凄く良いことだと思えた。
 放送時の描かれ方を切り貼りして語ることになるが、それぞれの新たな恋、新たな関係に至る前に登場人物の周囲には、仕事とか友情とか恋以外の関係がしっかりあって、それに支えられてどこかへ踏み出せる様子を、しっかりと描いている。
 それは恋だけが世界の全てではないが、それあってこそより豊かで多彩な世界を生み出せると、主役二人で描いてきたお話らしい最後の一筆だったと思う。

 桜志くんと悪友の、チャーミングな距離感。
 結構深いところまで踏み込んでくれる、エマちゃんの同僚。
 サラッとした間合いを維持しながら、部下の人生が豊かになるよう店を貸してくれる心くんの上司。
 サブキャラクターたちの隣には、彼らを愛する誰かが必ずいて、それに支えられ取り入れて成立している『私たちの世界』があってこそ、特別な誰かと手を繋げるもう一つの『私たちの世界』も成り立っている。
 最終話だからこそ、主役二人がどんな思いで繋がっているかクローズアップで照らす構成なわけだが、そこに執着しすぎる狭さを上手く逃がして、このお話が捉えている世界、進み出す未来の横幅を、優しく描いてくれる場面だった。

 

 こういう支えがあって、皆が新しい恋へと踏み出していく。
 じっくり踏み込めば雪ちゃんと逸臣さんと同じくらい……あるいはそれ以上に面白い物語がありそうで、マージ『二期で深堀りお願いします!』って感じではあるが。
 りんちゃんと店長の恋路がガッツリ深まっているのも良かったし、高校以来宙ぶらりんだった心くんの手のひらをエマちゃんが掴んでくれたのも素晴らしいし、桜志くんの夢をずっと見守ってくれてる子がいるのだと、描いてくれたのもありがたかった。
 桜志くんが手話通訳士という未来を選ぶのは、間違いなくあの夏の日『桜志の世界』に雪ちゃんが滑り込んできたからなんだが、当て馬という役柄を割り振られ、負けるための恋に最初から呪われていた彼の夢が、それでもあの日の出会いは間違いではなかったと教えているのが俺は好きだ。

 そういう恋の着地もあるし、思い出の中だけに桜志くんにとっての雪ちゃんがいるわけではなくて、ぶっきらぼうながら色んな人に愛され見守られて進む中で、『アイツのもの』になってしまった雪ちゃんとより善く、より豊かに繋がりうる可能性は、彼の中で輝いている。
 成就した恋のその先、お互いを好きだからこそより解り合いたいと願い、キスした後にもっと相手を知っていく様子を描く今回、恋になる前に積まれてしまった桜志くんの思いが誰かを傷つける呪いではなく、自由に羽ばたく翼になる気配を描いてくれて、僕は嬉しかった。
 桜志くんの尖って危うい気配は、人が恋に向き合う時当然の難しさを強く反射していて、お互いを人間として尊重し合って最高の恋をしていく主役には、照らせない陰りを背負っていた。
 その暗さ、危うさを描かなければ絵空事として浮ついていたかも知れない物語に、地面に縫い止め重みを出す大事な仕事を、このクソ生意気で身勝手で真っ直ぐな青年は果たしてくれていたわけで、彼が涙の先へと手を伸ばし、伏せかけていた目を上げて世界と自分の顔を見れる強い青年なのだと、最後に示してくれたのは嬉しい。
 俺は……芦沖桜志が好きだから……。

 

 

 

 

 

画像は”ゆびさきと恋々”第12話より引用

 雪美しき冬から風あたたかき春、そして花盛りの初夏へと時が流れる中で、雪ちゃんと逸臣さんの距離は縮まり、あの時保留にされた質問に答えが返ってくる。
 何故、自分は言葉を交わすこと、見知らぬ土地に飛び込むこと、子どもたちと触れ合うことを、人生で大事にしているのか。
 波岐逸臣という人間の核へ切り込む問いかけへ、長い返答を携帯電話に預けて応える時、その過去が豊かに綴られていく。
 逸臣さんの人間が読み切れず、どこかミステリアスな空気を漂わせていたことは、だからこそ知りたいという雪ちゃんの心理……『知る』ということを話しの真ん中に据えたテーマへの切り口として、有効に機能していた。
 一種のミステリとしてロマンスを描く手腕が、恋人たちをここまで導いてきたわけだが、その中も深まった最終回、波岐逸臣という謎の奥に踏み入って根源を見せるのは、なかなか気持ちの良い決着である。
 人当たりの良い彼が、しかし自分のすべてを簡単に預ける人間ではないことも12話かけて教えてもらっているわけで、雪ちゃんにシンクロする形で謎めいた美青年の一番柔らかいところを、最期に手渡してもらえる充実感のあるまとめだ。

 ドイツで孤独に迷っていた逸臣少年は、勇気を振り絞ってボールを手渡し、暗い影から光の中へと踏み出した。
 この歩みが、ドヤバイ拗らせ方しかかってた桜志くん相手に、グイッと踏み込み手を引いて明るい場所に引っ張り上げてきた、逸臣さんの”今”と重なるのが俺は好きだ。
 かつて自分が体験して、人生を変えてくれるほど眩しいと思えた行いを、逸臣さんはヤベー恋敵にだって手渡して、自分が感じた風と空が目の前に広がっているのだと、教え直すおせっかいを、幾度も繰り返せる人なのだ。
 自分自身、思いが伝わらないもどかしさ、そこに閉じていく暗さを知っていればこそ、桜志くんの純情と痛みに手を添えて、酒の勢いも借りつつ『解る』と言えたのだろう。
 そういう意味でも、今回は最後の”答え合わせ”である。

 窓もねー場所でマッズいシリアル食ってる所から、風が吹き光が満ちた場所で、しっかり食事を口にいれる心境まで。
 こういう心理表現のリフレインがめちゃくちゃ上手いからこそ、このお話がみっちり豊かに色んなモノを語れたわけだが、やっぱ村野監督全話コンテは偉業中の偉業としか言いようがねぇ……。
 赤と青、光と影に塗り分けられた校庭で、過去に狭く閉じこもるものと未来へ向けて開かれているものが同居していて、逸臣少年は前へ進むことを選んだ。
 語りかけること、解ってもらうことを選んだのだ。
 それはコミュニケーションに生来難しさを抱える雪ちゃんが、それでもガラスのやさしい檻を出て自分を世に問うと、世の中を知ろうと、踏み出した歩みにしっかり重なっている。
 電車の中、偶然出会った他人のように見えて、お互いを突き動かす衝動はしっかり重なり合い、同じ夢を見据えていたのだ。
 だからお互いを翼にして、より自由な空へと飛び立ってもいける。

 

 

 

 

 

画像は”ゆびさきと恋々”第12話より引用

 この物語で幾度も象徴的に描かれてきた、青い空に力強く刻まれる飛行機雲。
 私たちはどこへでも行けて、共に幸せになっていけるという希望を乗せる翼は、常に言葉とともにあった。
 自分がどういう場所から来て、どこへ行きたいと望むか。
 そこに何故あなたがいてほしくて、どれだけ愛おしいのか。
 ろう者と聴覚保持者に分断されかねない世界の中で、逸臣さんは身近な異国として雪ちゃんに出会い、彼女が手のひらと指先と表情と心で作る言葉を、しっかり受け止め返してきた。
 手話を学び、雪ちゃんがしてほしいこととしてほしくないことを確認し、二人の間にルールを定めて、一つ一つ確かめて渡してきた。
 そういう、眼の前の一人をとても大事にしたコミュニケーションを瑞々しく、力強く手渡してくれる人だから、雪ちゃんは逸臣さんを好きになったのだ。

 恋とコミュニケーションという、作品を貫通する大きな柱を最後の最後、穏やかな日々の一幕に強く刻みつけて終わっていくのは、僕はすごく好きだ。
 ずっとそういう話なのだと思いこんでみてきたアニメが、確かにその通りだよと僕に告げて別れてくれるのは、満足と納得と安心を得れる。
 でもそれは自分が見ていたものをなぞってくれる快楽だけではなくて、確かに雪ちゃんと逸臣さんを主軸に幾度もこのお話が描いたものは、人間がより善く生きる上でとても大事だと、新たに思えるからでもある。

 

 逸臣さんは仕上がった顔面にけして甘えず、あらゆる人に(ヤベークソガキ桜志にすら!)親切であり、恋人になった後にこそ雪ちゃんをもっと、知ろうとする。
 人間解り会えないものだという暗い理解をその身に刻んで、でも断絶に立ち止まるのではなくむしろもっと踏み込んで、かつて自分を光に包んだ喜びと発見を、色んな人に手渡そうとする。
 その主目標が”子ども”であることに、メチャクチャ個人的な好感がバリバリに上がったりするわけだが、雪ちゃんという特別な個人……”ぜんぶ”を与え受け止めて構わないと思えるほどの他人に出会えたことで、彼の魂はより元気に、嘘なく望む未来へ進んでいくのだと思う。
 それは雪ちゃんにも同じで、バイトを始め知らない世界を知り、ろう学校から出たいと思った衝動をより善く、逸臣さんとラブラブする中で叶えていくことになるだろう。
 そうやって人生を前に進めていけるだけの爆発力が、逸臣さんと雪ちゃんがお互いに交換することばの中にはあって、幾度も愛に心揺さぶられることで、彼らはより善い未来へ近づき、自由に羽ばたいていく。
 そういう、自己実現の大いなる助けとして”恋”を描いていることが、僕にとってこのお話がとても特別なものになった、大きな理由だと思う。

 月見れば君を思い、携帯電話越しに離れてなお、思いは繋がる。
 人がより善くなっていくために何をすればいいのか、凄く理念的で綺麗なものを視界に真っ直ぐ捉えつつも、肉欲にも近い純情がどう胸に燃え上がっているのか、身体性をもって描いているのも良かった。
 恋人となり、キスをした後のその先にどう踏み込んでいくべきなのか、静かに燃え上がるエロスをなぞりつつ焦らず、雪ちゃんの様子を見ながら進んでいく道には、世に満ちる『べき』がない。
 世間一般ではそういう事をするから、そういう事になってるから、そうする『べき』。
 そんな不可視の圧力に押し流されて、心と体が告げている本当から目を背けて、進むべきではない場所へ踏み込んでしまう危うさから、逸臣さんは自分たちを遠ざけて、自分たちだけの地図を頼りに、自分たちだけの恋を削り出している。
 そうして生まれていくものが、彼らの世界になっていく。
 その時時に汚らわしいともされるフィジカルは精神的な透明性を手に入れて、ただ目の前にある一つの真実として、恋人たちに共融されていくだろう。
 そんな幸せな未来を、爽やかな光の中確かに感じさせる熱があるフィナーレで、大変良かったです。

 

 

 というわけで、ゆびさきと恋々全12話、無事見届けました。
 大変素晴らしかったです。
 お疲れ様です、ありがとう。

 少女漫画のど真ん中を味わいたいと、ある種斜めからの視線で見始めたアニメでしたが、出会いから恋が生まれるまで、形になるまで、恋人になった後より深まる絆まで、美しくも雄弁な筆跡でしっかり描ききってくれて、大変に良かった。
 雪ちゃんと逸臣さんのロマンスをぶっとく主軸に据えつつも、そこに絡んでくる様々なキャラにもそれぞれの恋があり、人生があり、尊厳があることを大事に描写を積み上げてくれて、負け役だろうが敬意と愛情を持ってしっかり描いてくれたのは、自分にとってとてもありがたかったです。
 冬から初夏までを描く物語の中で、美術と色彩がとにかくハチャメチャに良くて、ビリビリ痺れるほど美しいものを山程味わえたのも、また最高でした。
 繊細さと明瞭さを同居させたレイアウトと演出、シリアスで力強い胸キュンと可愛すぎるSD作画の同居、力強くもクドすぎない語り口の妙味。
 いい所がいくらでもある、素晴らしいアニメでした。

 

 ろう者を主役にし、聴覚保持者である僕が知らない”身近な異国”としての面白さをスパイスに話を牽引する……といういやらしさを、ろう者が持つ豊かなコミュニケーションを徹底的な量と質、描き抜くことでぶっ飛ばしていたのも、大変良かったと思います。
 当たり前に可愛く、自然に幸せな雪ちゃんは社会から庇護/隔離されるだけの異物ではけしてなく、私達の世界に確かにいる隣人であり、同時に個別の難しさと立ち向かい方を既に身につけている、タフな生活者でもあります。
 メッセージアプリ、手話、筆記、口話
 ともすれば聴覚保持者よりも多彩なメディアを活用して、思いを伝え受け取ることが……それを糧に力強く未来へと踏み込んでいける、尊敬すべき存在として、自然と恋を応援したくなってしまうスーパーキュートガールが描かれていたのは、大変良かった。
 ありえんほど胸キュンなおとぎ話感と、想像の埒外にあったんだけども描かれてみると身近に体温を感じるハンディな質感が同居していて、ろう者がそこに居る『私たちの世界』に自然、耳が行くような強さがあったのは、ただのロマンスを越えた作品の善さだと感じました。

 この生っぽい手触りは、ろう者にとってのコミュニケーションが、あるいは生活の難しさがどんなものであるか、徹底的に取材し描いた結果だと思います。
 監督クラスの逸材を複数手話アニメーターに起用し、ガチもガチの気合でもって描ききったことで、逸臣さんに恋する雪ちゃんを『私たちの世界』の一員なのだと、否応なく受け入れてしまいたくなる魅力が、シーンに宿っていました。
 それは教条的な上からの正しさではなく、雪ちゃんが彼女なりの世界を必死に生きて、素敵な運命と出会ってときめき、可愛くも必死に未来へ進んでいく足取りに、しっかり寄り添った結果生まれてくる。
 『ああ、この子はここで生きてるんだな、頑張ってほしいな』と、見ているものに思わせるだけの物語をちゃんと作ったからこそ、偉大な物語が描ける。

 逸臣さんは雪ちゃんの善さを、透明で汚れのないガラスに例えていましたが、恋のバチバチからあえて距離を取り、様々な人がそれぞれの幸せを探っていく前向きな歩みに注力したこのお話自体が、透明で美しい雪のような物語だったと思います。
 それは熱を宿しながらも溶けることがない、永遠の不香花として僕の胸の中に刻まれて、ずっと素晴らしい作品だったと、思い続けることでしょう。
 本当に、素敵なアニメでした。
 お疲れ様、ありがとう。
 心から、出会い見届けられて良かったです。