デリコズ・ナーサリー 第11話を見る。
クランフェストの喧騒の中、”ペンデュラム”と教師に扮したTRUPMを、ヴラドの親父たちが探すエピソード。
ダリがコラプスの当事者になったことで、あの現象がどういう感じなのか解ったり、ジュラスの繭期を駆使することで対面に覆われた貴族の内側が覗けたり、結構見たいもの見れる回だった。
ジュラスの異能はキャラ掘るのに大変便利だったので、もっと早いタイミングで行使して、暴かれた真実にキャラがどう対応し、克服していくかのドラマを見たかったなぁ…と思った。
アニメを入口に作品に飛び込む僕には、キャラや作品世界への思い入れも好意もなんもない所から入っていくわけで、作中の描写を通じてそういうもんを、ゼロから構築する場面が多くあってくれたなら、もうちょい食べやすかったかな。
今回描かれたダリ&ゲルハルトの共闘にしても、アニメで描かれた関係性と感情だけだと、沸くにはちょっと足らないねってのが正直な感想である。
冒頭、ダリ主役で描かれた馬車の中の微睡みは大変良かった。
華やかなクランフェストがその実、貴族が社会に買われる品評会である事実とか、ダリが特級貴族の立場ゆえにそんな現実と向き合わなくて済んでる様子とか、ゲルハルトがそこら辺俯瞰で認識してたりとか、吸血種社会の薄汚く生っぽい所が、なかなかいい感じにでていた。
ここら辺の生っぽさに触れ合いたくなくて、学生時代のダリは繭期の継続を望んだ…のだろうか?
その時一瞬でも宿った、自分の中で真実の思いが燃え上がる感覚は、現実に適応し、吸血貴族の規範を破る風雲児…と思わせて、その実貴族社会のフレームに極めて従順な彼には、一炊の夢でしかない。
ペンデュラムの連中が軒並み、繭期を上手く始末しきれなかった社会不適合のカスであったことを思うと、同じ気持ちに一瞬支配され、世の中の大半の大人(になりえた、繭の中で死ななかった者たち)と同じくそれを切り離したダリちゃんは、破天荒に見えて立派な社会人だ。
ここら辺の従順主義、貴族社会の慣例になってるダンピール差別を、極めて素直に内面化してジュラスを蔑してる様子からも感じ取れて、結構面白い造形だなと感じる。
組織の命令には反発し、上の言う事には従わない。
破天荒な風雲児というイメージは他人だけではなく、ダリの自己像にも反射していると思う。
それを保つ一種のパフォーマンスとしての意味合いが、”ナーサリー”には少し含まれていたように思うが、結果としては企画倒れ、仕事も育児もガッチャガッチャである。
そこら辺のダメっぷりは横に置いて、思春期の夢を一瞬の思いすごしとして切り捨て、特級貴族の責務と価値観をちゃんと自分に引き受けて生きているダリ卿は、生粋の貴族であるがゆえに己の立場の特別さ、歪さ、犠牲にしているものに気付けない。
探偵…事件を解決する理性の機械というポジションを与えられつつ、子ども達への適切な対応含めて、世界の中核にある大事なものは見えない二面性は、俺は結構好きだ。
それを作中、誰かが指摘して欲しいもんだとは思う。
コラプスに村を滅ぼされ、繭期から出れなくなったジュラスはそんな、”大人”になれてしまったダリの対になる存在なんだと思う。
彼の能力でもって貴族たちの外面の奥が見えたのは、キャラが解るためにかなり良い手筋だった。
アニメだけ食べてる人間からすると、敵も味方も人数多すぎな話と感じられるわけで、こういう装置を上手く使って、手際よくキャラクターの奥深いトコロを早いこと、見せてくれると助かったかな…という気持ちではある。
ファンサービスと作品のスリム化は、バランス取りの難しい課題…って話なんだろうな。
さておきジュラスは他人をより深く知り得る能力を、他人を壊すための補助具にしか使えない、全くひねくれたクソガキである。
そうすることでしかあの時死に損なった人生を続けていくことは出来なかったし、そうして自分とよく似た犠牲者を踏みつけにしながら、行く所まで行くしかない存在なのだろう。
ここら辺のどん詰まり感は、対話を拒否するくせに極めて脆い神様に世界の全部を預けて、いざそいつが壊されるか否かの土壇場になっても、華やかな祭りを中止できない(しない)吸血種社会と良く響いていて、なかなかに良い。
終わった世界を壊しうるのは、同じくらい終わった人間だけなのだろう。
下手に触ったら何が起こるか解らず、かといってドラスティックな解決策を取らなければフェストの迷路の中、吸血社会の中枢を切り崩される。
この状況に持っていかれた時点で、社会の守護者としてのヴラド機関としては相当な大失態であり、よくもまーいけしゃーしゃー、ヴラド卿も突っ立っていられんな…て感じではある。
それもまぁ、一人間としてのキャパシティしか無いくせに神様レベルの影響力を持たされ、その歪さを癒やす手段もなさそうな、TRUPMの終わりっぷりに起因するわけだが。
いやー…描写が増えるほど社会の根幹レベルで終わってる様子が見えて、どうにもならんなッ!
そういう世界で、様々な形に捻くれても人間はなんとかより善い生を求めるもんで、エンリケが内に踏めた虚無とか、ディーノの尊大の奥にある虚しさとか、ジュラスの異能が暴いた上で、ようやっと親父共の本音が絞り出せたのは良かったと思う。
何しろ社会崩壊の危機を前にしてすら、フェスト中止にして解決最優先に出来ない超建前社会、貴族の余裕を必死に取り繕わなきゃ、重圧に押しつぶされ政敵に食われる場所に、”大人”になれた貴族たちは適応を果たした。
そらーなかなか本音も出てこないだろうが、しかしそれぞれ個別の柔らかな感性、それが叩き潰されて出る生臭い汁はちゃんと持ってて、俺はそれこそを嗅ぎたいのだ。
ぶっちゃけ式次第の進行に忙しくて、ここら辺があんま臭ってこない作品ではあったので、残り三話というタイミングながらようやっと、主要キャラの”人間”が少し見えたのは安心した。
感じ取らせる書き方はしてたと思うけど、やっぱダイレクトに形式を超えて見せてくれる場面が、僕としてはあって欲しくて。
ここら辺の生っぽさが、お貴族様の体面なんぞ最初っから持っていない、下賤のテロリストは素直に出せていたので、ペンデュラム側に足場を乗っけて見てた…つう話なのだろう。
まぁこの段階で、素直になられすぎてもサーガ全体の整合性が取れないつう、コンテンツとしての問題もありそうな感じだけども。
TRUPMの精神侵食能力はまさに圧倒的で、ダリ卿もすんでの所で強制自殺を踏みとどまったわけだが、ジュラス程度があの圧倒的なイニシアティブに噛みつけるのか…なかなか怪しい感じではあった。
クソみたいな運命に翻弄され続け、自分の命燃やして世界に噛みつく以外一切の道がなくなった男の末路としては、最後の牙も届かず無様に死んでいくのも、まぁ良いかなと思う。
つーか大量殺戮者ではあるからさ…ここで世界と一緒に思い出と心中しきって、スッキリ顔で成仏されても困んだけども。
色々しがらみの多い世界で、一番必死こいて自由に足掻いてるキャラで好きなので、最後までやりきって散ってほしいと思う。
というわけで、華やかな祭りの奥で犯罪者と捜査官がぶつかり合い、それもまた祝宴の出し物として綺麗に飾られていく回でした。
どんだけシリアスな一大事を扱っても、貴族趣味の華やかなフリル、社会を維持している嘘っぱちのお約束が破綻しない(からこそ、超差別主義社会が成立している)展開、めちゃくちゃ吸血種社会っぽい歪み方で嫌いじゃない。
メタ的にも、また作品の内部からも作品世界を支えてしまう、華やかな耽美の強度が、クライマックスにどれだけ揺すぶられるのか。
そこも楽しみにしつつ残り二話、しっかり見届けたいと思います。