イマワノキワ

TRPGやアニメのことをガンガン書き連ねていくコバヤシのブログ

ネガポジアングラー:第9話『鍋パ』感想ツイートまとめ

 大嵐に囲まれていても、釣り竿垂れなくても、思いの外人生は楽しい。
 そう思えるようになった青年最後の日常を描く、ネガポジアングラー第9話である。

 

 ここまでの常宏の歩み、この物語それ自体を騒々しい台風の日に静かに総括するような、中盤戦の終わりだった。
 ハナちゃんが語るラインの意味は、そのまんま作中に描かれる異質なネガポジ人間たちの連帯と繋がり、釣りと生活を通じて主人公が手に入れたものを、より鮮明に可視化する。
 このタイミングでそういうモノを描くということは、多分本当の嵐はこれからで、今回の台風を楽しく乗り越えられたように、雨が上がれば虹がかかるだろう。

 貼ってきた伏線から考えて、終盤戦の台風の目は貴明になると思うんだが、ダメダメな常宏を支え導いてきた彼が崩れることで、目瞑ってなんとか生きてきた赤ちゃん人間は、大事な人のために自分の足で立ち、自分の目で見、自分の手で荒海へと自分だけのルアーをキャストする必要が出てくる。
 見えない海の底で他人が何を願っているのか、わざわざ探って引き寄せる、自分には縁遠かったはずのおせっかい。
 そういうモノに挑める力を、主人公とその周囲のヘンテコな人たちが、可笑しくも逞しく既に備えていることを、しっかり見せる回だった。
 このタイミングでこういう話をしっかりやり切る、構成の確かさが俺は好きだ。

 

 

 

 

 

画像は”ネガポジアングラー”第9話より引用

 すっかり釣りにドハマリした常宏は、バックヤードに設えられたお茶の間で彼の”家族”が大騒ぎする輪から、自分を遠ざけてライン結びの練習をする。
 これまで釣りの現場でそうだったように、携帯電話の中の情報や、自分の頭にある上手く行かなさとだけ向き合っていても、PEラインは上手く結べない。
 自分の邪魔をする他人の様子がリフレインし、かつては恐怖の対象でしかなかった借金取りが、雨に濡れ弱っている様子を見届けて、常宏もバックヤードへと…温かな”家”へと足を運んでいく。

 自然に明るく繋がれてしまう者たちと、その輪から外れて繋がれない者。
 常宏が理由なく恐れ遠ざけてきたポジティブな明るさは、エブリマートでの労働となんだかんだ楽しい釣りを通して、もはや見知らぬものではなくなった。
 そこで積み上げられた人生の経験値に助けられて、かつては自分を脅かす敵としか思えず、相手の顔も見ずにただただ逃げてきた(だから追いかけられた)相手を、客として人間として、手を貸すべき相手としてしっかり見れるようになった。

 

 そういう落ち着きを与えている場所が、あくまで血縁で繋がった家それ自体ではなく、一種の偽物である事実から、バックヤードに設えられた”お茶の間”を大事な舞台に選んだこのアニメは逃げていない。
 流れるように…あるいは滑り落ちるように豪雨大宴会の舞台となっていくそこは、真っ昼間仕事中から飲酒解禁余裕のダメ人間どもの巣窟であり、世間が褒めそやすフツーの場所じゃない。

 集った連中は奇妙な縁でしか繋がってないし、お行儀よく能力や性格が揃ってはいないし、特徴的な凸凹を噛み合わせて、なんとか日々を楽しく生きようと、結構頑張っている。
 あくまで疑似でしかない”お茶の間”での家族感は、しかし確かに常広の居場所となり、彼が今まで学べなかった大事な導きを、たくさん与えてくれた。
 目を閉じて暗い場所を疾走るしかなかった赤ん坊が、目を開けて世界と他人と自分を見る足場を作ってくれた。

 

 

 

 

画像は”ネガポジアングラー”第9話より引用

 そこでは借金取りがアンコウとネギとキノコ背負ってやって来て、コンビニに足りないモノをバッチリ付け足して、ワクワク楽しい宴席が執り行われる。
 ネガな自分には無縁だと思っていたその喧騒に、常宏も借金取りも混ざって、同じ釜の飯を食う。
 迷い込んできた客にシャワー浴びせるのも、あんこう鍋を魚にビールグビグビ行くのも、全くもってフツーじゃないけども。
 そういうのも結構いいと、今の常宏は知っている。
 そういう主人公と物語の現在地を、あくまで楽しく明るく、このお話らしくスケッチしていく手際が凄く良くて、いいエピソードだなぁと感じた。

 お菓子からコンビニチャンプルへ、ジュースからビールへ。
 台風に閉ざされたエブリマートの中で、状況はズルズルダメな方へと転がっていって、かつては敵としか思えなかった連中が持ち込んだアンコウによって、決定的に”宴”になっていく。
 捌くのに技術がいるアンコウを、吊るしではなくまな板の上でしっかり扱い切るアルアの頼もしさも、これまでと同じようにしっかり作画し、魚が食材に、楽しい宴の主役になる様子を僕らに見せてくれる。
 やっぱ俺、このアニメが”食”を大事に扱ってくれている所が好きだ。
 それはもともと生きてて、結構な手間を掛けて食材になり、楽しい時間を生み出す糧になってくれる。

 今回は釣りに行かないエピソードなのだが、だからこそこのお話が”釣り”をどう扱っているのか見える回でもあろう。
 ここまでこのアニメは釣った魚全部食ってきたし、それはみんなで食べるものであり続けた。
 体温のある誰かと言葉を交わし、心を繋げた時に釣果が得られるルールと合わせて、人生をネガにしちまう孤独と絶望を跳ね飛ばし、美味い栄養を別の命から受け取り、ポジに変えていく力強さが、このアニメの”釣り”と食卓にはある。
 とびきり美味そうな食事風景、楽しい宴席が描かれる今回は、そういう作品の中核を、朗らかな明るさの中に際立たせていく。

 

 

 

 

画像は”ネガポジアングラー”第9話より引用

 レジで一人きり、携帯電話を相手に挑んでいた時には上手く結べなかった糸は、雑音の多い”みんな”の中に混じって、ようやく繋がっていく。
 個性豊かでバラバラで、だからこそ面白い連中が繋がって、何かを釣り上げていく営み。
 常宏はエブリマートに釣り上げられて、そういうモンを自分の力に変えてきた。
 怖くて遠ざけてきた他人との触れ合いが、車窓に反射する自分の顔を何より鮮明に照らして、世界の形をよりわかりやすくしてくれる実感を得た。
 生きているのって、案外悪くないなって思えるようになった。
 生粋のネガ野郎がそうなれるまでの物語が、このアニメだ。

 ハナちゃんに問われて、常宏が釣りの何処が楽しいのか、自分の言葉で訥々と語れるようになった姿が、メチャクチャ染みた。
 あんだけワケのわからねぇ恐怖の中、目をつぶって逃げることしか出来ず自分を追い込んできたヤツが、自分が生きてて何を楽しいと思うのか、みんなとやる”釣り”から何を受け取っているのか、言葉にできるくらい鮮明に掴み取れるようになったのは、凄く善いことだと思う。
 それがあるならもう、自分を守るために目をつぶって疾走ることはないし、目の前に立ちふさがるもの全部が敵なんだと、過剰に怯えなくてもいい。
 その証明として、今回常宏は借金取りと、同じ鍋を食べるのだろう。

 それはハナちゃんや貴明が結び方を教えてくれた糸であるし、常宏自身が気づけばドハマリして、自分で結ぼうと頑張った糸でもある。
 それはたしかに結ばれていて、人生のタイムリミットや暗い側面に引っ張られ沈もうとしている貴明を、明るい場所へと釣り上げてくれる命綱になるだろう。
 ずーっと縁遠かった宴会の明るさ、”みんな”の暖かさは、ただ社交的で健常であるだけでなく、常宏自身が把握できなかった自己像を、心地よい疲労感に浸りながら眺める夜景に照らしてくれる。
 自分がどんな形をしているか、他者との乱反射の中で掴めたなら、世界も絶望も、そんなにもう怖くはないのだろう。

 

 

 

 

 

画像は”ネガポジアングラー”第9話より引用

 そんな常宏の現在地を、そこに繋がっている自分を見て、ハナちゃんが大物の牙が残るルアーを引っ張り出すのは、なかなか印象的だ。
 そこに残った傷こそが、常宏がファイトした証明であり、いつか夢が叶うかもしれないポジティブな未来を、約束してくれる希望になる。
 それは”釣り”をメタファーに生きることを語る、極めてこのアニメらしい語り口に翻訳すれば、グジグジネガって生きてきて、今こうしてラインを結び釣りを楽しいと思えるようになった常宏に刻まれた数多の傷こそが、彼の希望となる未来を、穏やかに示しているように感じる。

 俺はすっかり常宏が好きになっているから、この青年がそんなふうに、自分の前に広がっているものを信じるために、自分の過去に刻み込まれた痛みや暗さを肯定出来るようになってほしいなと、心から願っている。
 そう出来る逞しさが彼の中に育ったと見たから、借金取りの姐さんはポンポンと常広の肩を叩き、彼女なりのエールと糸を鍋のお礼に、伸ばしてくれたのだと思う。

 

 そういう風に、元”敵”に思わせる何かがもう常広にはあるのだと、ここまでの物語が彼に与えたものをしっかり描く、とても良い回でした。
 この温度感と弾み方で、こういう総まとめやれるのは強いなぁ…。
 好きだ、ネガポジアングラー。
 次回も楽しみ!