イマワノキワ

TRPGやアニメのことをガンガン書き連ねていくコバヤシのブログ

機動戦士ガンダム 鉄血のオルフェンズ:第11話『ヒューマン・デブリ』感想

幸福と災厄が渦を巻く人生の物語、今週は極悪宇宙海賊接触編。
タービンズの頼れる大人っぷりに忘れていた、この世界のクズ力の高さを煮詰めたようなゴミクズ集団・ブルワーズとぶつかり合うお話でした。
まだ挨拶程度だというのにタカキが死にかけてしまい、本格的にぶち当たるだろう次回が既に怖い……。

今回は久々にギャラルホルン組に光を当てつつ、新たな脅威ブルワーズと鉄華団の衝突を描く回でした。
タービンズの大人たちは家族として見守ってくれる『いい大人』ですが、ブルワーズは殴り脅し奪う、鉄華団結成以前に子どもたちを取り巻いていた『悪い大人』。
昌弘以下のヒューマン・デブリたちは、お嬢がやってこずバルバドスも基地の動力源のままだったらこうなっていただろうという、もう一つの鉄華団といえるかもしれません。

マッチョオカマ史上割と最悪の部類に入るマッチョオカマ、恐怖の暴力装置クダル・カデルさんが大手を振っているブルワーズは、『いい役』の鉄華団が蹴散らすべき『悪い役』に一見見えます。
しかしかつての少年たちがそうであったように、大人に虐げられていても、命をゴミのように扱われていても、ゴミにはゴミの絆があるし、それは鉄華団をなんとか現状まで引っ張り上げ、大人に殴られることもなく飯も食える状況を引き寄せた源泉なはずです。
ミカが何の感傷もなく切り裂いたマン・ロディの中に、僕らがこれまで見てきたのと同じ人生があって、それを理不尽に奪われた以上当然の怒りと憎悪がある。
アルトランド兄弟の不幸な再会をどうにか悲劇に終わらせたくなければ、この非対称性と格闘することが大事になってくるのではないか。
敵と味方、家族とそれ以外を冷徹に切り分けることが出来るミカと、煮え切らない昭弘の対比を見るだに、そう思いました。

高速機動型でスマートなタービンズMSの後に、重装甲でパワー押しなブルワーズMSが出てくるバランスは、殺陣のバリエーションという意味でも非常に良かったです。
堅さというブルワーズMSの強みを十分引き出すアクションに仕上がっていて、見ていて興奮するし飽きない。
女所帯のタービンズと嫌な意味での男臭さが溢れるブルワーズって意味でも、この二大組織は良い対比なのだな。


名瀬さんやステープルトンさんといった『いい大人』に頼ることを覚えたせいで、今回昭弘を家族の絆で受け止めたオルガからは、これまであった強張りが少し抜けた気がします。
突っ張りつつも弱いところも見せる青年がどんどん成長していく様子は見ていて楽しいし、頼もしいわけですが、同時にブルワーズという世界の歪みをぶち当てられて難儀しそうでもあり、成功を祈る拳にも思わず力が入る。
MS戦に緊張感があったので、オルガと鉄華団が油断できない厳しい世界にいると思い出せたのは良かったなぁ。

キャラが死ぬのを『はいはい、そういうお約束ね』で流さず、本来そうあるべき物語的衝撃力で受け取るためにはキャラを好きになっていること、その喪失が視聴者の痛みになる共感が生まれていることが大事だと思います。
今回タカキが死にかけた、それを僕がショッキングに感じたことで、この作品が生き死にを扱うための真摯さ、それを発生させるための共感力をしっかり持っていることを、再確認できた気がします。
泥の中から顔を上げて光を求める少年たちを僕は応援したいし、その途中で世界の厳しさに削られて失われるとしても、彼等の生き死にを本物として受け止めたい。
そういう気持ちになれるフィクションってのは、やっぱ良いものだと思います。
それはやっぱ絶望や諦めを劇作の基本に置くのではなく、あくまで希望を描くために妥協せず厳しい物語的現実を構築していく姿勢からこそ生まれるのでしょう。

船医という当然の備えの不足を指摘し、浮遊する血に怯みもせず『タカキの命』という解りやすい価値を救ったことで、ステープルトンさんの存在感は更に増した感じがするなぁ。
鉄華団の仲間だけを『家族』と認める姿勢は偏狭な閉鎖性を伴うわけで、こうしてじわじわとステープルトンさんがオルガの心に滑り込んでいく描写が積まれるのは、見ていて楽しい。
ロールモデルになる『いい大人』を見ることで自分の力不足に悩むお嬢も描いていたし、そんなお嬢を支えるアトラも描写できてたし、タカキを応急処理するシーンはとても良かったです。


宇宙の暗礁で藻掻くガキどもとは別に、綺麗な宮殿でもぞもぞするギャラルホルンの皆さん。
マクギリス特務三佐が名家の養子というめんどくさそうな背景背負っているのが分かったり、青い人が思いの外いろいろ考えてることが見えたり、噂になっていた九歳児フィアンセがお披露目されたり、理解が深まる描写でした。
鉄華団周りの泥臭く親密感のある美術と、綺麗だけど余所余所しい印象のギャラルホルンの対比は、彼等の人生観を支える足場の違いを肌で感じさせていて、いい仕事だなぁ。

マー君はいろいろ難しい組織腐敗の話とかしつつ、九歳児とキャッキャしていた。
櫻井声が印象的すぎるからか、全てを利用する冷徹な策士という印象をどうしてもウケてしまうわけですが、少なくともフィアンセには紳士的に対応するし、家族になる青い人とも打ち解けてる……やっぱどうしても腹に一物ある気がする。
青い人が(社会背景から無意識に醸造される差別意識は隠せないとしても)思いの外理想主義者で、裏表のない人っぽいのが、それを利用しているのではないかという疑心暗鬼に繋がってんのかな。
ロリをアクセントに難しい話をさせて、ギャラルホルン側にも色々事情と理屈があるのだと見せたのは、なかなか良かったです。

『悪い大人』の代表格だったトドがまさかの再登場を果たし、黒幕っ面でブルワーズをけしかけてきたのも、意外な展開でした。
あそこでエロ同人みたいな落書きして送りつけるのではなく、ぶっ殺していれば今回の面倒もなかったんでしょうが、そういうオルガの甘さ(もしくは理想主義)がなければ行く先はトドやブルワーズと同じ『悪い大人』なわけで。
子どもを虐げて省みることのない『悪い大人』をどう乗り越えるか、という意味でも、トド&ブルワーズとの戦いは鉄華団の今後に必要な試練なのかもしれません。

というわけで、まっとうな道を歩きたい子どもに世間の膿がぶっ掛けられる展開でした。
子どもたちは挫けず諦めず、タービンズもよくそれを支えてくれていますが、正義ならば犠牲無しで生き延びられるというほど理想的な世界でないってのも、これまでのお話でよく分かっています。
最初の戦い以来大きな犠牲なく進んできた鉄華団ですが、悪辣なるブルワーズとの殺し合い、どうなるのか予断を許さないところです。
……すげー死んでほしくねぇけど、お話の緊張感という意味でも、世界のシリアスさの維持という意味でも、主人公成長のための試練という意味でも、そろそろだよなぁ……。