イマワノキワ

TRPGやアニメのことをガンガン書き連ねていくコバヤシのブログ

orange:第3話

青春の果実は、甘くて酸っぱい長野味! 今週もじっくり青春なorange第三話です。
未来を変える! と意気込んでみたは良いけど、『なんかグイグイ来る先輩とは付き合わないで!!』と言えねー優柔不断力をおもいっきり発揮し、すごい勢いで敗北者になった菜穂。
一方未来の青年たちはタイム・カプセルから出てきた翔の手紙を読み、彼の死が事故ではない可能性に思い至り……という、二層の展開でした。
その価値に気づかないまま青春四つ相撲を続ける『現在』と、後悔と涙と諦めを詰め込んだ『未来』との対比が相変わらず効いていて、独特の気持ちよさがあるアニメだ。

ロボも出てこないし世界の危機も起きない長野の『現在』は、非常にゆっくりと進みます。
今回のエピソードの20分位は、『好きになった男の子が、先輩に取られちゃいそうだから止めたいけど、恥ずかしくて出来ない……でも後悔のないように行動しなきゃ……でも無理……』ってモジモジを追いかけているだけだからね。
しかし時間をじっくり使うことで、『この作品においては、一見つまんねー戸惑いや失敗や小さな勇気こそが大切なんだ! 高校生の煩悶マジ最高!!』という主張が、じわっと染み出してくる。
小さな悩みを見続けても飽きないように、演出も画面もリッチだしね。

『現在』の菜穂と『未来』の菜穂の間にギャップがあって、そこがなかなか埋まらないもどかしさがこのアニメのエンジンだって話は、前回しました。
いわば時間軸に対して垂直に伸びているこのギャップ以外にも、同じ時間を共有しながら踏み込めない空間軸のギャップというのも水平的に伸びていて、今回はそれを強調する回だったかなと思います。
近づこうと決意すればすぐさま隣にいけるのに、グラウンドと教室、廊下の橋と橋に別れた菜穂と翔の距離はなかなか縮まらない。
それは物理的な距離であると同時に心理的な距離でもあって、ここを飛び越えるためには勇気と決意がいるわけです。
このアニメは時間軸と空間軸、垂直と水平に伸びる裂け目を菜穂がどうにか飛び越えて、より良い結論にたどり着けるかどうかの成長物語として読めるわけだ。

未来からの手紙で運命を変える決意をしても、内気な菜穂には翔との距離を縮める決断はとにかく難しくて、行きつ戻りつ、悩んでウロウロして、手を伸ばした時には時間切れ。
主人公の決断が結果に結びつかない展開なのでイライラしそうなもんですが、彼女の煩悶を切り取るカメラがとにかくジックリと叙情性に満ちているので、そのウロウロに付き合うのが妙に気持ちよくなってしまう。
ここら辺は作中のリアリティレベルの作り方が巧く行っている部分でもあって、グループでダラダラ喋っている時の『真ん中以外の会話』の生っぽい感じとか、長野の美しい風景とか、作中のキャラクターが生きている時間と空間を身近に感じさせる努力が、演出としてちゃんと機能している結果だと思います。

未来からの手紙なんていうSFガジェットが届かなくても、誰もがかつて(そして多分今でも)体験した、水平方向のギャップ。
勇気を出せば簡単に飛び越せることも、そのほうがより良い運命にたどり着けることも分かっているのに、どうしても足が出ない臆病さは、菜穂の心のさざなみを丁寧に追いかける中ですごく普遍的なものとして、視聴者の心に届く。
迷える主人公に対し『頑張れよ! 前に進めよ!!』と応援すると同時に、『まぁ、そういうこともあるよね……』と同情もしてしまうのは、物語へののめり込ませ方としてはかなり成功していると思います。

なんてことない日常を圧倒的に輝かせる技術も凄いんですが、『消しゴムの中のメモ』みたいな青春爆弾をぶっ込んでくる叙情性もやっぱ強い。
こういう印象的なアイテムがあると、作中で切り取られる青春の瑞々しさが俄然変わってくるわけで、数と質用意できるのは強いよねっつー。
タイムトラベルの論理含むSF的なガジェットよりも、青春の微細さを閉じ込めた心理的フェティッシュに強いこだわりを感じるのは、この物語が別冊マーガレット"に連載される所から始まっている起源を、強く思い起こさせます。


『現在』を水平に切り裂くギャップに注目してる今回だけど、最後にぶっこまれた『未来』パートにより、垂直方向のギャップも強調されていました。
これまで『事故死』と思われていた翔の死が、遺書めいた未来への手紙が発見されることで『自殺』に変わってくる。
『手紙』が書き換えたい最大の後悔が、人間の意志が介在しない哀しい『事故』から、明確な意志を持って命を断つ『自殺』に変わったことで、『現在』の菜穂がなすべきことも大きく位相を変えてきました。
大事な真相がわかる翔の遺書が、『自分がいない未来への手紙』っていう、『後悔を込めて過去に送った手紙』と見事に鏡合わせなアイテムな辺り、やっぱ道具で叙情性を凝集する手腕が圧倒的に上手いな、このアニメ。
色んな手管を駆使して『早くどうにかしねえとヤベーぞ!』という危機感を、視聴者だけが抱ける構図を作り出しているのは、時空ミステリとしてよく出来ているところだ。

この『ヤベーぞ!』感は『現在』と『未来』を俯瞰できる視聴者だけが感じているもので、『手紙』でつながりつつも心理的には分断された二人の菜穂には、把握し得ないものです。
『現在』の菜穂は翔が自殺するとは知らないので、まだまだ運命改変に本気にはなれず、先輩の告白を止めるか止めないかのつまんねー決断のほうが大事。
一方『未来』の菜穂にとって、翔が自殺するかしないかはすでに決着がついてしまった過去の出来事であり、運命に直接介入する手段を持たない。
二人の菜穂の間には『動機』と『手段』の乖離という、非常に正統ミステリ的なギャップが広がっていて、これを埋めていくのも今後の重大事になるのでしょう。

このギャップが有効手がなかなか打たれないもどかしさに繋がり、俯瞰で見ている視聴者にはサスペンスとして機能しているのは、なかなか面白いところです。
『現在』の菜穂の恋と同じように、神=視聴者の視点から正解は見えているし、キャラクターにも是非選んで欲しいと思えているのに、簡単には答えにたどり着けない心地よいもどかしさ。
ギャップを飛び越えられない戸惑いが、作中あらゆる場所に見える『人間らしさ』につながっているので、選べない菜穂を責めるわけにもいかないってのがなかなか巧妙ですね。
『まぁ……しょうがないよね……』と思えるだけの生々しさが作中にちゃんとあるので、サスペンスが機能して次回を心待ちに出来るっつー。
『ヤベーぞ!』って気持ちはキャラのこと好きになってないと生まれないわけで、長野のキラキラした青春をジックリ描いて、キャラへの好感度を荒稼ぎするのは大事なのだな。

神の視点から見て『ヤベーぞ!』感だけが強調されているわけではなく、『サッカー部入部』という運命改変が成功して、期待を高める描写もしっかり入ってるのもニクい。
しかしあれ、菜穂が行動する前に運命が書き換わっているので、『手紙を受け取ったキャラクターが運命を変える』というルールに変更があるのか、はたまた『手紙を受け取ったキャラクター』が複数いるのか。
翔の死はあのグループ全員の傷なので、『未来』の須和くんやあずさが手紙送ってても不思議じゃないけどね……ここら辺のトリックの公開はおいおい、かな?


つうわけで、高校二年生の戸惑いに深く切り込みつつ、新たな事実もどどんと襲い掛かってくる回となりました。
足を止めてじっくり描く部分と、サスペンスを強調するべく爆弾を投げ込んでくる部分のバランスが非常に良くて、作品のテイストを最大限に活かした劇作だなぁと感心しております。
『未来』のグループが翔の遺書を読んでいるシーンとか、むっちゃ光ビカビカ白くて画面が重たくて、むっちゃ浜崎監督って感じの絵だったなぁ。

トンビに油揚げで初恋敗れた菜穂ですが、『ウジウジしてると翔が自殺しちゃう』というリミットが明らかになった以上、泣いてばかりもいられない。
等身大の高校二年生の心の揺れを丁寧に描きつつ、死の運命を乗り越える壮大な物語でもあるギャップが、非常に良い方向に転がりだした感じですね。
さてはて、こっからお話がどこに向かって進んでいくのか、とっても楽しみです。