イマワノキワ

TRPGやアニメのことをガンガン書き連ねていくコバヤシのブログ

ラブライブ! サンシャイン!!:第4話『ふたりのキモチ』感想

キミたちは今、新たな神話の目撃者となる……!
内浦からはじまる青春のムーブメント、四話目は一年生コンビの圧倒的なエモさで横っ面を張り飛ばすお話。
語り部がいつの間にか主役となり夢への一歩を踏み出す構成の妙味、込められた感情の熱さと繊細さ、お互いをおもいやり支え合う関係の尊さ。
メイン二人の心模様をしっかり描きつつ、それを受け入れるAqoursの三人の表情、複雑な関係を秘めた三年生の姿と、横幅広い描写も完璧に果たす、見事なエピソードでした。
情熱がテクニックを、技法がエモーションをそれぞれ引き立て加速させる作りが見事すぎて、思わず唸ったぜ。

いろんな素晴らしさがある今回のエピソードですが、メインエンジンは花丸&ルビィの一年生コンビ。
かたや引っ込み思案の文学少女、かたや超人見知りのマスコットと、自分の気持を前に出すのが難しい二人が、『今だからこそやりたい』という気持ちに素直になり、ほんとの自分に辿り着くまでのシンプルな物語として、非常によく出来ていました。
『今だからこそやりたい』という個人的な気持ちは、前回ラストで千歌が吠えたAqoursの初期衝動でもあるわけで、志を同じくする仲間が必然的に一つの場所にまとまっていくという、運命的物語の気持ちよさがあるのが良いね。

今回の話しは花丸の一人称で進む『オラの物語』なわけですが、クライマックスまでの主役はルビィであり、花丸は大好きな彼女の背中を推すべく、サポータであり道化師であろうと務める『語り部』です。
彼女の望みは『閉じ込められている親友の輝きを、世界に解き放ってあげたい』という利他的なものであり、自分が主役になることではないので、彼女は世界の頂点である社を見ないまま帰っていくし、ルビィが決意をダイヤに告げるシーンにも同席しない。
『オラの物語』において花丸はあくまで語り部であり、主役ではないのです。

『ルビィちゃんの物語を語るオラの物語』という、ちょっとひねった今回の構図は、花丸の意識を通してルビィを見、語ることで、ルビィがどんな女の子なのか、しっかり視聴者に伝えてくれます。
図書館で一人本を読んでいた自分に笑いかけてくれた、素敵な女の子。
自分と同じように引っ込み思案で、誰かのために自分の気持を押し殺してしまう優しい女の子。
語り部としてモノローグを多用することで、花丸がルビィに寄せる強い思いは視聴者に共有され、彼女の美点もまたハッキリ見えてくる。
優しくて一生懸命で、誰よりもスクールアイドルが好きなルビィを、語り部=花丸というフィルターを通して見ることで、思わず彼女を応援したくなる健気さと一生懸命さがしっかり伝わりのは、この形式の大きな利点でしょう。
スクールアイドルに二の足を踏む理由が『お姉ちゃんが嫌いなもの、好きになれない』という利他的なものだったり、小動物っぽいのにスペック高かったり、花丸フィルター抜きでも彼女の良いところがみっしり詰まっていて、素直に好きになれるのも、本当に素晴らしい。


しかし『ルビィちゃん最高!』で終わらないのが今回の話の強いところでして、ルビィの物語を語る花丸を見ていく内に、視聴者は『おかしい』と思い始める。
花丸は語り部なので自分の心情を言葉にすることはありませんが、カメラは語り部として(あるいは道化師として)、愛する親友がどれだけ自分を押し殺しているのかしっかり見ている花丸の優しさも、ルビィに決意を促すために体験入部に同行する決断も、お芝居で入った形のアイドル活動に引き寄せられていく彼女の情熱も、自動的に捉えていきます。
それは花丸が輝かせたいと願い、献身的に道を作っているルビィの美点=物語の主役になる資格と、非常に似通っています。
ルビィと花丸が本質的によく似た存在であり、ルビィが『スクールアイドル』というゴールに辿り着くのであれば、花丸もまた報われなけえば『おかしい』という思いに、視聴者が自然と辿り着くように、今回の語りの構造は作られています。
『自己を語らない/語りえない語り部』という花丸の自己定義と、彼女を捉える物語のフレームの間には、意識的に作られた違和感が埋め込まれているわけです。(そういう意味で、図書館で花丸が読んでいたのが単純な説話集ではなく、『物語を我が子に語る作家』が文頭に置かれている太宰の"お伽草子"だったのは、実は凄まじく暗示的な演出だった気がする)

そしてその『おかしい』は計画的に作り上げられたものなので、計画的に破綻させられる。
『こんな良い子がよー、自分の気持を押し殺して、『バイバイ、スクールアイドル』とか、『一人でも大丈夫』とか言って良いわけねーだろ! 世の中どうなってんだ!!』という気持ちが視聴者(というか僕)の中で最高に高まった瞬間を狙いすまして、ルビィちゃんがやってきて、『一緒にスクールアイドルやろう!』と言ってくれるわけです。
見守られ支えられ語られてきた主役のルビィが、実は花丸を見守り支える語り部でもあったという構造の逆転は、『この子を見捨てないでくれ!』という視聴者の気持ちの動きと最高に結びついて、特別な視聴経験を生み出していました。
『ルビィちゃんの物語を語るオラの物語』は実は、『ルビィちゃんの物語を語るオラを語るルビィちゃんの物語』でもあって、最後の最後で物語が本来の形式に戻るインパクトが、気持ちの動きと重なっているのが非常にテクニカルですね。

ルビィが秘めていた勇気を取り出し、ダイヤに『スクールアイドルやりたい!』と告白するシーンが省略されていたのも、図書館で行われる『オラの物語』のクライマックスを際立たせる、良い判断でした。
ルビィちゃんがスクールアイドルにどれだけの情熱を持っているかは、花丸の目線でたっぷり語られており、ダイヤへの告白は形にしなくても伝わると判断して、あえて削ったのでしょう。
そのことでクライマックスが二回来る重たさを避け、感情のピークを物語のピークと重ねることが出来たので、これまた的確な構成だなと思いました。

ルビィが花丸を引き寄せる言葉には情熱がこもっていて、見ている側の胸を強く打つわけですが、それはその内容や情熱だけではなく、『物語を外部から語り部の物語を、見守るしかない読者の歯がゆさ』を的確にすくい上げてくれたからでもあります。
図書室でルビィが語る花丸の姿は、花丸自身がけして語らず、しかし確かに描写されていた『オラの物語』を的確にまとめ上げていてくれて、視聴者が感じてた心の流れと的確に重なり合っていました。
視聴者が見ている『オラの物語』と、花丸が定義する『ルビィちゃんの物語を語るオラの物語』の間の違和感を、ルビィがしっかりと言葉にしてくれることで、『よく俺達の言いたいことを言ってくれた……』という信頼感が生まれ、物語が本来の形に整えられていく快楽がそこに重なる。
語りの形式的変化と、キャラクターの感情の整理が見事に重なり合い、視聴者を様々な側面から物語に引っ張りこむ豪腕が可能になっています。
とにかく、よく仕上がったエピソードだったと思います。


これだけ濃厚な物語を展開しつつ、これまでの物語を受け止め、今後の物語を発展させていく種を的確にまいていることも、今回のエピソードの優れたポイントです。
三話分の物語を背負い、ちょっとは先輩らしいところも見せれるようになった二年トリオ。
三人でまとめて描きつつも、特に千歌の個性を細かく見せるシーンづくり。
そして過去の濃厚な因縁を匂わせる、三年生の描写。
思い切って善子の出番を切り捨てる決断含めて、目配せの効いた構成となっていました。

千歌は明確に『普通の子』『できない子』としてこれまでも描かれていたわけですが、今回も彼女の直感力のなさ、才能の無さは強調されていました。
一見小動物のルビィちゃんよりダンスは下手だし飲み込みは遅いし、部室掃除という『やるべきこと』に腕まくりして飛び込んでいくのは二年で最後だし、人の話は聞かないでポスターに部員追加してしまう。
千歌が『出来ない』ことでルビィが『出来る』ことが強調される意味合いもあるんですが、やはりこれは『出来ないように見えて圧倒的に出来る』カリスマだった高坂穂乃果の物語と、『出来ないように見えて実際出来ない』普通怪獣である千歌の物語との対比を、僕は感じます。

主人公とは物語の円陣であると同時に舵取り役で、それは今回千歌が『ルビィと花丸を勧誘し、的確に導く』という最も大事な仕事は『出来る』ことからも見て取れます。
主人公の仕様が異なれば展開される物語は異なるわけで、穂乃果と千歌の違いは即ち、"ラブライブ!"と"ラブライブ! サンシャイン!!"との違いに直結する部分でしょう。
だからこそ、千歌がいかに『出来ない』かは強調され、例えばルビィが自分の意志でダイヤと向かい合うシーンでも、『弱い』ルビィの『強さ』を信じ切れず自分が代理で言ってしまおうとする。(これも、ルビィが前に出る切っ掛けであり『弱さの奥の強さ』を見せる呼び水なんですが)
目的を達成するための正解を常に選び取れるわけではない、物語の神に愛されていない『普通怪獣』が物語をどこに導いていくのかというのは、高坂穂乃果が導いた物語がとても好きな身としては、非常に興味があるところです。


μ'sへの言及という意味では、星空凛(ならびに彼女が主役を張った一期第4話、二期第5話)の扱いも見事でした。
『人見知りな気持ちを乗り越え、スクールアイドルとして本当の自分を見つけ、輝かせる』物語は、同じように自分を押し殺していたルビィと花丸にとってロールモデルとなる、あこがれの対象です。
すでに果たされた伝説に勇気をもらいつつも、これから始まる自分たちの物語に踏み出した今回のエピソードは、神話が終わった後の世界でμ'sがどのような位置にいるのか、何を成し遂げたのかをはっきりと見せてくれて、素晴らしかった。
あくまで今回は『ルビィと花丸の物語』を語り、その外側を『星空凛の物語』が支えているという構図が、両者を同時に輝かせる見事なバランスでした。

サンシャインが『μ'sの物語』を強く意識し、その影を踏むようにシリーズを積み上げているというのは、三話までの物語でも強く感じ取れます。
その上で巧く再構成と取捨選択を繰り返して、『Aqours独自の物語』を作ろうという意欲は、例えば無印では二話で行っていた『グループ命名』を三話に回し、空いたスペースで『転校生を受け止める』というオリジナルの物語を展開していたことからも、良く見えます。
今回もりんぱなエピを強く意識しつつ、『花丸ちゃんとやりたいの! 一緒にスクールアイドルやりたいの!!』という叫びは一期第12話の穂乃果から引用していたり、闊達自在のテキスト操作がなされています。

これだけ引用のパッチワークを繰り広げつつも、今回の物語は特に『Aqoursの物語』という独自性が強く、視聴者の胸に刺さる出来でした。
客観と主観、語り部と主役が入れ替わる幻惑的な構図が、『見守る側が、実は見守られていた』という真心の暴露と巧く咬み合って、二人の気持ちが真に迫って伝わる助けになってたのが、やっぱ大きい気がするなぁ。
『μ'sを愛し、それ故乗り越える』というスタンスはこれまでも示されてきましたが、『星空凛の物語』を踏まえたうえで『ルビィと花丸の物語』を徹底的に語り尽くした今回は、より強く激しく己の立場を叫んだエピソードになったのではないでしょうか。

過去を懐かしみすぎれば『似ているのに違う』ということは、憎悪の対象になりかねません。
でも僕は、穂乃果が導いた必然の物語をすごく好きだからこそ、これから千歌が紡いでいく偶然の物語が、μ'sの影響を受けつつどこに飛び込んでいくのかを、正しく見守りたい。
それは主役の性質が異なることで、同じ場所を目指しても大きく経緯も結果も異なるだろうという物語構造への興味もあるし、凄く単純に、千歌という『好きになれる女の子』がどんな青春を送るのか、とても見たいからです。
そして今回の優れた物語的構造は、『似ているのに違う』ことにどれだけサンシャインが意識的で、敬意と意欲を持って新しい物語を積み上げていくつもりなのか、しっかり見せてくれました。
そういう意味でも、この第4話はラブライブサンシャインの転換点となり得る、要のエピソードだったと思います。


『μ'sの物語』への眼差しは遠い過去に向かっているわけですが、より近くにある三年生の過去も、的確に匂わされていました。
『歌詞が描かれたホワイトボードのある部室』『二年ぶりに帰国した鞠莉』『その期間を険しい表情で受け止める果南』『スクールアイドルを嫌いになった高校一年のダイヤ』『Aqoursがへばる階段登りを、日課としてこなす果南』と、あらゆる情報は『三年生は一年の時に、スクールアイドルをやっていた』と示しているのですが、さてはて。
こういう細かい情報の積み重ねが、メインエピソードを貰った時に生きてくるというのは、今回のお話を見ても分かりますので、目端が利いて非常に良かったですね
第1話から『超人見知り』であるルビィ(とその保護者である花丸)との接触を小さく積み上げ、心の距離を縮めスクールアイドルへの情熱を描写しておいたからこそ、今回その段階を省略して花丸とルビィの関係性描写に時間を使えたわけで。
こういう細かい情報・感情の開示が巧く行っているのは、今後展開されるだろう『三年生の物語』がスムーズに流れる水路として、大切だと思います。

『二話で出番がなかったぶんを取り戻す!』ということなのか、鞠莉は特に目立っていました。
ダイヤと同じく気安い身体接触を果南に試みて、完全な拒絶ではないが隔意を感じる対応をされ、エセ外人しゃべりをすっと引っ込めて『本気』を見せる。
『ズルい……実力を隠した道化師ムーブは強キャラ力が半端無くてズルい!!』と思いますが、理事長の権力で横車を押して『Aqoursの物語』を推進させる立場でもあるので、このくらい強くてもいいかな。

果南の反応の裏にどんな物語があるのかはまだまだ見えませんが、鞠莉の過剰な接触と残り二人の態度の違いからも、『なにか濃厚な物語が秘められているのではないか』という推測と期待が加速する描写で、非常によろしい。
『二年ぶりですね』の台詞から妄想をたくましくすると、鞠莉が海外留学で浦の星を離れた結果、三人で作ろうとしたユニットがぶっ壊れてバラバラに……ってところなのかなぁ。
もしそうだとすると、浦の星三年は『にこのチラシを手にとったえりのぞ』であり、『フランスに留学してしまったことり』という『μ'sの物語のif』を背負うことになるのかな。

今回ルビィが身内になったことで、彼女の姉であるダイヤの素顔も、間接的に描写されていました。
これまでも腐れポンコツ厄介μ'sキチ生徒会長として可愛げを振りまいていましたが、直接繋がりのあるルビィが主役を張ったことで、さらに存在感が増した印象。
過去の姿から感じ取れる優しさと情熱がまだ死んでいないことが、妹を影から見つめる姿から感じ取れるのも、よりダイヤさんのことが好きになれる描写でした。
『三年生の物語』のかけらは非常に上手くほのめかされていて、今回『ルビィと花丸の物語』が非常に熱く巧くまとまったのもあって、期待は最高に高まっていますね。

 

と言うわけで、技巧と情熱がからみ合い、見事な『ルビィと花丸の物語』を語りきった回となりました。
物語構造を整えることで、『とにもかくにもエモさで殴る』というラブライブの強みが最大効率で発揮され、一年生二人がどれだけスクールアイドルに情熱を持っているのかが強く伝わる、良いエピソードでした。
これだけ濃厚にメインを展開しつつ、三年生や千歌の掘り下げを的確に行い、今後の物語が芽吹く素地を整える手際を見せているのは、ほんと脱帽するしかない。

強く感情を揺さぶられる名エピソードでしたが、これを受けての来週は堕天使ヨハネ攻略。
不登校』というリアルでヘヴィな要素を背負う善子を、どう受け止め、どのくらいの情熱でスクールアイドルに導けるか。
『ルビィと花丸の物語』が見せた熱量を、多分『ヨハネの物語』も背負うのだろうなぁという期待が、今回の仕上がりからぐんぐんと高まります。
ラブライブ! サンシャイン!!
本当に良いアニメです。