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イマワノキワ

TRPGやアニメのことをガンガン書き連ねていくコバヤシのブログ

響け! ユーフォニアム2:第7話『えきびるコンサート』感想

アニメ 響け!ユーフォニアム

愛おしき人が去っていく時音楽に何が出来るのか問いかけるポエジー、色の付いた世界の第七話であります。
巨大な謎として周到にライトアップされてきた、田中あすかの内実についに切り込み、その不在を経て部が一つの成長を遂げる物語でした。
誰にも頼らず、誰も頼らせない『大人』にならざるをえなかったあすかの事情が分かっても、親子の障壁は高校生が乗り越えるには大きすぎて、あすかの笑顔の仮面はまだまだ剥がれない。
"宝島"の合奏に希望を乗せつつも、まだまだ乗り越えるべきものはたくさん残っていると知らせるような、中盤の出題編でした。

というわけであすかの母親が登場し、吹奏楽部から不在がちになるお話でした。
コンプレックスにがんじがらめにされている親子像がひどく不安定、かつ鮮明で、『なぜ田中あすかは、笑顔の仮面で人を遠ざけようとするのか』という疑問に、答えは出なくても納得はいく、そんな描写だったと思います。
娘を思えばこそ支配を強めようとし、母を愛すればこそその支配を受け入れつつも、お互いエゴを殺しきれずに衝突する姿。
高まったアドレナリンが瞳孔を細くさせ、激情が暴力となって迸った後、己のしでかした業にショックを受け涙を流す母親の姿も、それを『いつものこと』と冷静に受け流し、諦めたような笑顔で対応する娘の姿も、非常に複雑な色合いを持っていました。

感情を激発させる『母』と、冷静に事態を処理する『娘』。
田中家の家族関係は時折『守るべき大人/守られるべき子供』という役割を入れ替えつつ、お互いなんとか生き延びてきた過去を、強く匂わせます。
父親のいない世界で自分を守ってくれる母の激情を受け止め、ギリギリ家族の形を維持してきたアスカにとって、わがままは言っても叶わないものだし、人間の心は探っても理解できないものだったのかもしれません。
そういう諦めが彼女の『大人らしさ』を作り、それを悟られないように戯け続けるスタイルを生み出し、シニカルな目線で部内の人間関係を捉える姿勢の源泉だったというのは、なかなか納得がいく謎解きです。
それはとても寂しくて痛いものであっても、田中あすかが彼女の家族と生き延びるために選び取った価値のあるスタイルであり、『母』の激情も『娘』の冷淡も、頭ごなしに否定できるものではない。
久美子(を筆頭に、作中の青年たち全て)が悩んでいる『大人』と『子供』の合間で、そういう場所に行き着いてしまった彼女の孤高は、是非を通り越して『私はそういう存在です』と突きつけてくる、硬くて強い存在感を持っています。

あすかは多分、『女で一人で娘を育てようとする苦労が、どんなものか』を身にしみて理解し、だからこそ母親の暴力も束縛も、変質した愛情だと受け止めているのだと思います。
しかしあすかは、そのまま母親の望むままの人形にはならない。
それは彼女がこれまでも見せてきた卓越した知性故だろうし、子供のエゴを押さえつけてくる支配者への反発も込みだろうし、それ以外の要素も当然あるでしょう。
『私への当て付け』にしかならないユーフォニアムを続けることに拘る理由は、今回は明らかにされませんでしたが、離婚した父を取り戻す唯一の手段がユーフォの演奏だとすると、色々納得は行くかな。
そこに強く拘ることも、夏合宿で見せたような複雑な詩情を演奏に乗せられる理由も。


複雑な事情を全て説明しないまま、色々推測させてくれる描写の細やかさは、あすかを取り巻くキャラクターの認識と視聴者の目線をシンクロさせます。
『らしい』『と聞いた』がついて回るあやふやな状況に踏み込もうとしても、『家族』という高い壁が邪魔をし、あるいはこれまであすかを生存させてきたスタイルが踏み込ませない。
低音パートの仲間に詰め寄られて、巧く場を落ち着かせつつ、一言も『絶対やめない』とは言わない立ち回りからは、彼女の知性と心理障壁の高さを感じざるをえません。

守りを固めているのは同級生に対してもそうで、渡り廊下で同級生の侵入を躱す仕草の中に、何がどうあっても自分の柔らかい場所には踏み込ませないというプライドが垣間見えます。
駅ビルコンサートにはなんとか合流できたけども、今後の練習とそこから繋がる全国大会に参加できるかどうかは不透明な状況ですし、それを反映するように、部長が楽譜を手渡した時強調されていた一線を、あすかは越えないし、小笠原は越えられない。
それでも、あそこで再度手を差し伸べた小笠原の勇気と優しさは、とても強い尊いものだと思いました。

田中あすかという人物は奏者としても人物としても大した質量を持っていて、後輩も同級生も先生すらも、彼女の不在を無視できない。
それは『ユーフォニアムが巧い』という冷たい実用性だけでも、『なんでもソツなくこなす天才』というイメージからでも、人間関係の距離感をドライに心地よく作り上げてきたからでもなく、色々ありつつ部活という場所を共に過ごし、否応なく彼女が人と関わってきた、その結果だと思います。
彼女は自分が演じ、信じ込もうと思っているほどには、冷たい世界にも生きていないし、冷たい人間でもないのだと。
二回も泣きながら抱きついてきた長瀬さんを筆頭に、黒い部分も共有している低音はみんなあすかが好き(パート離れている麗奈がドライなのは、なかなか面白い)だし、三年間同じ時間を共有してきた中世古と小笠原もそうだし、こう言ってよければ俺も好きなのよ、あの子。

複雑な環境の中で『大人』であり続けようと閉ざした心の隙間から、彼女それ自体が漏れ伝わって、仲間の心を動かしてきたからだと思います。
計算や理屈や遠慮を越えたものがあるからこそ、部長は拒否されても(されたからこそ)あすかに気持ちを伝え、手を差し伸べる。
今回はいつものようにひょうげて距離を作りましたが、お話が進んでいくうちに彼女の障壁を誰かが乗り越え、仮面の奥にある柔らかい部分に乗り込んでいって欲しいなと、僕は思います。
それは主人公であり、姉の進路という『家族』の問題を共有する久美子の仕事かなぁ……あの子、田中あすかが自分を貶める行為、ホント嫌いだしな……。


少し面白くて残忍だなぁと感じるのは、今回明るみに出たあすかの進退に、これまであすかが積み上げてきた言動が綺麗に刺さるようになっていることです。
進路と親の問題で部活を辞めそうなところは葵ちゃんに、自分の行動が部に動揺を広げるところは希美に、人との繋がりをドライに切り捨てようとする寂しさはみぞれと言った具合に、これまで部を揺らしてきた色んな女の子の問題が、部外者としてクールに突き放してきたあすかに全て帰ってくるのは、因果応報というには世知辛い。
田中あすかの存在感、彼女が隠している謎は凄く意図的に強調されていたので、これまでの事件全てが、あすかの問題に繋がるように組み立てられていた、という見方も出来るかな。
そら、一話で全部解決とはいかんわな。

繋がりが生まれているといえば、滝先生が強硬に退部届を受け取らないのは、前回語られた父親との確執と今のあすかに、共通する部分を見ているからだと思います。
既に青春を終えた『大人』として、妻と父という『家族』の問題を先に終えてしまった男として、娘を人形にしようとする母には、色々思うところがあるのでしょう。
もちろん全国大会に向けて必要な戦力でもあるし、教育者として児童のより善い未来を導く決意もあると思います。
あすかのセルフ・イメージ、あすかを受け取る他者のイメージと同じように、滝先生にとってのあすかも様々な様相を飲み込んで、複雑な表情をしているわけです。

能力と知性で部の屋台骨になっていたあすかの不在は、滝先生に二度目の『なんですか、これ』を言わせます。
あの時は怯えてみているだけだった部長が今回は、拳を握りしめて自分の言葉を伝える流れは、状況の変化を巧く伝える良いシーンでした。
バリトンサックスのソロパートといい、あすかほどの人格質量を持っていないお人好しが、自分に出来る範囲で必死に勇気を振り絞り、前に進んで進んで状況を変えていく姿は、凄く良かった。
もちろん小笠原は無敵の天才でも主人公でもはないから、彼女の決意一本で物事が変わるわけではないけども、それでもやっぱり、俺はあの子が好きです。

部長の重たい決意を真っ先に受け取る優子の人間力とか、そこをしっかり補佐する夏紀の頼もしさとか、二年もいい味出していました。
あすかの存在が非常に大きく描かれてきたからこそ、あるはずの屋台骨が抜かれた空疎さが重たいし、そこであがいている連中の必死さもよく伝わってくるしで、メインもサブも光るいい展開だったと思います。
部に動揺が走る場面でも、本番前で葉月が緊張するシーンでも、一切動じず己を保ち続ける小さな強者・川島緑輝の描き方とかね……揺れなさすぎてドラマに欠けるまであるからな、サファイア川島。


家庭や進路といった、『子供』が踏み込むにはあまりに難しい壁を叩きつけられ足がすくむ中、勇気を持って前に出た少女たちのエピソードでした。
同時に、そんな彼女たちの歩み寄りを受けてもなお、田中あすかは簡単には揺るがないということが、よく伝わるお話でもあった。
姉を相手にしても足踏みをしている主人公・久美子は、小笠原部長に見せ場を譲るかのように動かずにいますが、部長に劣らず田中あすかが好きな久美子が、黙ってみているとは思えません。

人間関係に興味ないダウナーな仮面を被って、その奥にとんでもない激情を秘めているってのも、あすかと久美子の共通点です。
今回たっぷりと躊躇った分、あすかの心にそびえ立つ壁があまりにも高いと分かった分、久美子には是非最高の見せ場で最高の啖呵を切って、あすかの中の『子供』を引っ張り出し、受け止めてやって欲しい。
そう強く願ってしまうような、熱のある第7話でした。