イマワノキワ

TRPGやアニメのことをガンガン書き連ねていくコバヤシのブログ

鬼平 -ONIHEI-:第2話『本所・桜屋敷』感想

ゆく河の流れは絶えずして、しかももとの水にはあらず。
人生の無常を、移り変わる季節に乗せて描く大江戸公安絵巻、第2話です。
今回も第1話と同じように、時が遷ろってしまう哀しみや人情を犯罪捜査の中で追いかけるお話なんですが、前回は『父』の立場から若人を見守っていた鬼平が主体となり、散ってしまった桜の悲しさ、過ぎ去った青春のきらめきを己の物語として語る形になってました。
ただ悲しく虚しいだけではなく、美しかった時代の思い出だとか、時間を飛び越えた再開だとか、変化の末に手に入れたものだとか、明暗両面をしっかり切り取る筆は、今回も健在でした。

第1話は『型』といいますか、『このアニメはこういう雰囲気で、こういうキャラクターが、こういう話をするんだよ』というアーキをしっかり見せる回でした。
なので主体を持って感情を変化させていく役割は粂八に預け、メンターとして話全体の手綱を取る仕事をしていましたが、今回は鬼平自体の過去が事件に絡み、鬼平自身の哀しみが画面に滲むという、主体性の強い物語になっています。
一発目で『ああ、こういう感じのお話だな』という納得ができた所で、過去の姿を現在と重ね合わせながら見せ、主役の造詣を掘り下げていく。
なかなか周到な構成だと思います。

テーマとしても第1話と重なり合う部分が多くて、『どれだけ過去が輝いていたとしても、それは過ぎ去って変化してしまうものだ』という真理を、麗しのマドンナ、彼女に抱いた純情を丁寧に追いかけつつ、確認していく話です。
粂八相手には大人の顔で、そこら辺の条理を噛み締め飲み込んだ態度を取っていましたが、鬼の平蔵と言えどもヤンチャしてた過去があり、友と青春を駆け抜けた記憶があり、淡くまっすぐな恋があった。
そしてそれは、非常な時の流れに晒されて劣化し、変化し、残酷に姿を変えてしまうものだというのは、粂八が変わり果てたお頭を『偽物だッ!』と切り捨てたのと、全く同じ構図なわけです。

しかしそこに流れるテイストは、粂八と鬼平の年齢や立場を反映し、かなり変わっています。
眉一つ動かさず拷問をこなし、非常に徹して江戸の治安を守る鬼平は、おふさの零落した姿、現実に飲み込まれて殺しも盗みも当たり前になってしまったあり方も、『まぁ、そういうもんだな』と飲み込めてしまう。
むしろ40にかかるまで、沢山の人生の苦味を飲み込んできたからこそ、火盗改メという苛烈な職務をこなすことも出来る人格が、しっかり形成されたともいえます。
だから、鬼であり続けるために平蔵は、雪の白洲に飛び出しはしない。

そういう人間の脆さや悲しさ、だからこそ感じる愛おしさを体現しているのが左馬之助です。
おふさに捧げた純情を大事に大事に守って40まで一人で来てしまった歩みは、あの瞬間すごく無残に裏切られるのだけれども、そういう男だからこそ、思わず雪の中に飛び出してしまう。
でも、何も言えない。
過去が変わってしまうこと、現実の重さに美しいものがすり潰されてしまう事実の前に、鬼平と左馬之助が共有していた美しい過去はあまりにも無力で、それでも美しくて、だから黙るしかない。
チャンバラシーンではなく、黙って流すしかない男の涙をちゃんとクライマックスに持ってきて、絵的にも刺さる形で届けてくれたのは、凄く良かったです。


そんな二人が共有しているもの、過ぎ去っていく時間を雪と桜、二つの吹雪で表現する演出は、非常にリリカルかつ明瞭でした。
現実の厳しさも人生の苦味も、何も知らなかった幸せな時代を彩る、暖かい春の桜。
時間が流れ花びらが雪に変わってしまった現在、二人は片や何も持たない素浪人、片や鬼となって悪を滅する火盗改メと、別々の立場で現実を背負っています。
雪の冷たさの中で、かつて恋した女がどん底まで擦り切れてしまった様子を見せつけられ、というか平蔵は治安当局者として罪(多分死罪)を言い渡す立場になってしまっている。
流れ行く時の冷たさが巧く雪に象徴されていて、それが桜と重なることで、失われた熱がグッと胸に伝わってくるのは、良い絵だなと思いました。

雪は冷たいだけではなく、過剰な熱を取り去り、妄念を浄化してもくれます。
鬼平は初恋を巧く乗り切り、無頼の人生とも別れを告げ、公安関係者として堅い(堅すぎる)仕事を手に入れた。
うなじのあだっぽい幻の女ではなく、家をしっかり切り盛りする妻を手に入れ、ボンクラ息子と可愛い養女を見守る立場になった。
鬼平が手に入れたものを最初に見せて、彼が過去ではなく現在に生きる揺るがないタフさを握りしめているのだと見せることで、話に安定感も出ていました。

鬼平のタフな現実をしっかり描くことで、彼の性格や立場も強く見えてくるし、過去に縛り付けラ得てしまった左馬之助の無残もより強調される。
エリート役人でありリア充家庭持ちである鬼平と、童貞こじらせた結果家無し職無し家族無しの左馬之助を並べるのは結構ヒドイなと思うのですが、そうすることで左馬之助が犠牲にしたもの、そうさせた思いの純粋さが、より強く見えてきもする。
平蔵が一切揺るぎのない『鬼』であり続けるためには、過去の幻想に現在の自分を捧げるロマンチストであってはいけないわけですが、このお話にどうにもやりきれない叙情性を宿し、人生の一側面を確かに切り取ったという実感を与えるためには、ロマンチストが必要なのです。
そういう仕事をやってくれているのが左馬之助であり、彼との再開を『俺も同じように、かけがえのない再開だと思っているぞ』と言葉にしてくれることで、鬼平への信頼感もより強くなる。
第1話でもそうでしたが、ゲストキャラクターとの対比の作り方、見せ方が堅牢で魅力的ですね、やっぱ。


絵空事であるキャラクターの人生を、実感を持って『俺の話だ』と感じ取るためには、作品の手触りというのは大事です。
稀代のグルメでもあった池波先生はそれを『食』の表現で作っていたわけですが、アニメ鬼平でもしっかり飯が旨そうで、非常に良かったですね。
森木靖泰を専門で置く気合の入れようが見事に刺さっていて、軍鶏鍋に蕎麦に、寒い冬の景色をほっこりと温めてくれる、一筋の灯明でした。
世知辛い話だし、そういうのを強調する美術の使い方だからこそ、暖かい食事が糧食以上の意味合いをちゃんと持ってくるわけだね。

手触りの作り方という意味では、おふさの色香の出し方とかもかなり良かったです。
清廉だった過去はスッキリと、崩れ果てた現在は汁気たっぷりに描写しつつ、男たちの純情の焦点である『うなじ』を効果的に共有させていました。
落語心中でもそうだったけど、林原さんはすっかり婀娜な女をやりきれる声優になったなぁ……すっかり人生を諦めきっていて、事情を述べるときも感情が一切揺らがない乾いた強さが、非常に良かった。

あと彦十の枯れた塩梅といいますか、アウトローの気配を残して老いている景色も良かったです。
平蔵が縁を切った荒れた世界にはまだ橋が残っていて、そこを渡って彦十が火盗改メの世界に入ってくる。
光と闇、過去と現在の境が明瞭ではなく、なんとも割り切れない曖昧さを残していればこそ、そこで語られる人生の物語にも、深みと味わいが残る感じでしょうか。
そういう作品世界の複雑さを強化する意味で、老密偵の彦十は大事なキャラだし、飯塚昭三の激渋っぷりも最高にマッチしてました。
ほんとなー、声優陣最高中の最高で、毎週耳が幸せなんだよなアニメ鬼平


というわけで、第1話と同じく流れる時の無情さを扱いつつ、鬼平を主体に据えることでまた違った景色を見せる、いいお話でした。
時間と一緒に流れていく感情と涙、血と痛みを感じ取れればこそ、超絶無敵の最強中年ではなく、一人間として長谷川平蔵を感じ取ることが出来る。
主役の内面に切り込みつつ、過去の甘い幻想に逃げ込まないタフさもしっかり強調できて、余韻のあるエピソードでした。

二話まで見てみると、『無常でありながら情に満ちた人生を、様々な角度から切り取っていく』という原作のエッセンスが、アニメでも同じように健在であることがわかります。
そこを抑えつつ、アニメ独自の表現法、アニメだからこそ使える表現力に果敢に挑戦し、生きた体温を込めて『鬼平』を語り直してくれるこのアニメ、既に信頼感が凄い。
来週は"暗剣白梅香"ですが、どういう描き方であの話を見せてくれるのか。
非常に楽しみです。