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イマワノキワ

TRPGやアニメのことをガンガン書き連ねていくコバヤシのブログ

リトルウィッチアカデミア:第3話『Don't stop me now』感想

アニメ リトルウィッチアカデミア

少女たちはいつでも、空の果てを目指す。
QUEENの名曲をサブタイトルに送る、魔女学園青春絵巻第三話です。
なんでも食いつく日本産の猛犬、俺達のアッコが『箒による飛行』に挑戦する姿を楽しく追いかけつつ、彼女を取り巻く人々の肖像を隙なく、切れ味鋭く描くエピソードでした。
超音速の作画がアクションと物語に勢いを与えつつも、少女たちの、そしてかつて少女だった存在の憂いや喜び、優しさや悪巧みを細やかに切り取ってくる繊細さもあって、とにかくオーソドックスな物語の強さ、アニメーションの快楽を極めたアニメだと思い知らされます。
大上段からテーマを説教するのではなく、飛んだり跳ねたりの楽しい展開で分かりやすく喜ばせながら、まるで毒薬のように青春の棘を縫い込んでくる手腕、マジえげつないですね。

というわけで、そろそろ魔法の世界と可愛い魔女見習いたちが好きになっちまってきてる三話目。
『ここらで一発強いのイクぜ!!』とばかりに、元気に跳ね回る競争のお話がやってきました。
お話のメインはアッコが箒リレーに強い興味をいだき、仲良し三人組と一緒に特訓をして、それでも飛べないダメっぷりを披露し、降って湧いた流星号の首根っこを押さえつけ、優等生のダイアナと対等な勝負をする、という感じ。
アッコが『箒リレー』という主題に出会うまでをじっくり見せることで、彼女の軽薄さや考え無しな部分、『弱点』がよく見えるのですが、それはそれとしてとにかく元気よく努力を積み重ね、凹んでもすぐ元気になる前向きさ、『強さ』を特訓シーンで見せる。
実際のアクションでも、無茶苦茶に乗り手を振り回してくる流星号(なんで『赤いコンドル』やねん)に必死でしがみつき、飛べない魔女が学園最強の優等生と肩を並べる奇跡を、巧く描いていました。


アッコはやっぱり子供のままで、冒頭で自慢気に話している『空を飛ぼうと憧れて受けた生傷』は過去のものではなく、特訓の中でも、実際のレースでもたくさん付いてきます。
そして、付いた傷の痛みに立ち止まらず、実際に魔法学校にまでたどり着いてしまう、もしくは空を飛んでしまうパワフルな実行力と精神力も、一切衰えていない。
それは例えばロッテの目立たない支えを当然視したり、彼女の困惑に気づかなかったりという、ガサツな『弱点』と表裏一体の『強さ』です。
アッコは問題もあれば強さもある、そしてそれ全部を合わせて『個性』を強く持っている、どこにでもいてどこにもいない素敵な女の子なのですね。

『弱点』と『強さ』はアッコ内部で完結せず、箒リレーに向けて走り回る中で彼女の視線がどこに向かっているのか、そしてどこに向かっていないのかからしっかり感じ取ることが出来ます。
アッコはシャリオと出会ったときも、パピリオディアを復活させたときも、軛を解き放って解放される流星号を視るときも、常に『上』を向いています。
太陽や星があって、蝶や鳥が重力を気にせず舞い上がる『上』。
水平に姿勢を向けている『普通』の視界では見ることが出来ない輝きに、アッコは強く惹かれていて、そこを目指して手を伸ばし、落っこちて傷を受け、気にせず走り出す。
イカロスにも似た無謀な視線はしかし、足元をちゃんと見ない危うさ、自分の現在地を認識できない愚かさと癒着しています。

これまで魔女学校への道を開き、幻の蝶を羽化させてきたアッコの奇蹟は、今回発揮されません。
血まみれの特訓を経てもアッコは飛べず、カエルの薬で箒との関係を誤魔化して、地べたをぴょんぴょん這うしかない。
しがみついた流星号も、一時の飛翔の夢を与えた後は、アッコの元を去っていってしまう。
レースを二位で終えたのに、アッコは飛べない劣等生のままで、この作品の奇跡は簡単に現状を書き換えるものではないわけです。


それでも、『空を見上げながら走り続ければ、魔法の力で必ず飛べるという』のがこのアニメの根本原理であり、アッコの前向きな憧れは愚かなだけではなく、美しく価値のあるものだと作中でちゃんと評価されている。
カフェで見ている新聞にはちゃんと、パピリオディア復活の軌跡が報道されているし、何よりもロッテがアッコの借り物の飛翔をちゃんと見つめ、その価値を認めてくれている。
ニヒルで現実的な、だからこそ様々な策で勝負を成り立たせられるスーシィが冷静に『あれは借り物の力だよ』と真実を指摘しても、その裏側にある『それでも、アッコは飛んだんだ』というもう一つの真実を(おそらく無意識に、生来の徳目だけで)拾い上げてくれる彼女が、アッコの隣りにいてくれること。
普通普通と煽りつつも、とても綺麗なものをしっかり見つけてくれるロッテの横顔はとんでもなく美少女であり、分厚い眼鏡に隠されている彼女の魂の色を絶対に見落とさない、見事な演出だったと思います。

アッコ自身がその危うさと価値に気付いていなくとも、彼女の『強さ』と『弱点』両方が今回のレースの中で切り取られ、矛盾して見えるそれが、アッコがアッコであることと切り離せず結びついた彼女の個性であることは、今回強く強調されたところです。
数多のモブはアッコの表面的な『弱点』に惑わされ、真実の『強さ』に気づかないわけですが、巧妙に計算された演出に導かれ視聴者が気付いている輝きを、しっかり見つけてくれる人達がいる。
ルームメイトの二人だけでなく、己が失ってしまった輝きを慈しみ見守ってくれるアーシュラ先生や、『嫌なライバル』の立ち回りを巧くこなしつつ、持ち前の性格と頭の良さでアッコの真実を見抜いているダイアナも、大切なものを見落とさない、優しく賢い人達です。
そういう人たちが、何にも気づけない幼さを抱えたまま、全力で走るアッコの危うい道にちゃんと寄り添ってくれていることが、僕はとてもありがたい。
眼鏡に象徴される『他人から見えるロッテ』を簡単には外させず、しかしその奥にある『本当のロッテ』の美しさ(外見的であると同時に、内面の彩りも含む)をちらりと、しかし確かに視聴者に
見せてくれるフェアネスは、圧倒的な信頼感を生んでくれますね。

むしろバカさゆえに真実を見落としてしまっているのはアッコの特質であって、彼女の幼さってのは当然そういう側面も含みます。
バカにしてくる取り巻きと違って、ダイアナは自分の実力を鼻にかけていないし、アッコを馬鹿にしもしないこと。
エンジン全開の推しの強さに『普通』のロッテが引いていて(スーシィはアッコとは別の意味合いでクセが強いので、特に問題なし)、そんなロッテの『普通さ』に幾度も助けられていること。
そしてあまりにも残酷なあこがれの刃で、アーシュラ先生が捨ててしまった過去をほじくり返し、痛みを与えていること。
話を牽引する主人公(それこそ流星号のような勢いで!)に相応しく、アッコは周囲には目もくれず爆走し、状況を転がしていろんなものを踏みにじる。

でもそこにあるのは無神経な痛みだけではなく、切開されたことで見えてくる新しい世界とか、思いもしなかった喜びと変化とか、もしくはバカで元気な子供をそのまま愛してくれる度量だとか、色んなものが同時に描かれているわけです。
そういう豊かでシビアで優しい世界の中を、アッコは思いっきり飛んでいく。
その先に何があるのか、彼女の狭い視界がだんだん広がっていくかは今後の展開次第ですが、ともあれ今回彼女は走りきった先にある風景、非才故に地べたに貼り付けられた現状では見えない『上』の世界を一瞬幻視しました。
その閃光が彼女にどんな影響を与えて、どんな未来を連れてくるのか。
主人公の弾むような『今』を楽しむだけではなく、その『先』への期待も強く太くなる、良いエピソードだったと思います。


主人公を熱く激しい動力シャフトとして駆動させつつ、それを取り巻く様々なものをちゃんと切り取る注意深さがあることは、このアニメの強みだと思います。
今回はアッコとライバルであるダイアナに続き、第3勢力としてアマンダが顔を見せていました。
アッコやスーシィとはまた違ったタイプの問題児な彼女も、アッコやダイアナと同じように自分の衝動に嘘は付けず、魔法カフェから最速の箒を盗み出してしまう。
やっぱこの話は、己の胸を駆動させる憧れを押さえつけておけない、魂が弾む女の子たちの物語なんでしょうね。

『リレー』という形式を使うことで、チームを組むスーシィやロッテ、ダイアナとサイドキックス、そしてアマンダ問題児軍団を束で描写し、関係性を見せることが出来たのは上手かったと思います。
いつでも全力全開の暴走超特急アッコと、ダウナーな割に興味領域には天才的な知恵と行動力を発揮するスーシィ、『普通』だけどもとても優しく賢いロッテの凸凹トリオは、不思議な噛み合い方をするいい仲間だと思います。
まぁ変人に囲まれてロッテは大変なんだけども、そんな彼女の限界点を先行作である映画版では既に主題に取り込んでいるわけで、彼女の苦労を主題に据えた話もちゃんとくるでしょう。

同じく映画版で主役級の活躍をしていた、不良娘とメカオタクとフードファイターは、顔見世という感じの登場。
あの三人も『変人連合』という意味で主役の影であり、真ん中に据えて掘り下げる話が今から楽しみです。
あとダイアナと取り巻きな……俗悪さに染まらないのはダイアナの良いところなんだけど、積極的に誤解を解くでなく、与えられたポジションを維持してしまう優等生っぷりが、数少ない弱点なのかなぁ。
アッコとダイアナの間の溝を飛び越える物語は、おそらくお話の大きな渦になっていくでしょうから、二人の対立と誤解、成長と歩み寄りを楽しみに待とうと思います。

前回くすぐったアーシュラ先生絡みの描写もしっかり入れ込んでいて、シャリオになる前、アッコと同じようにがむしゃらな熱意に突き動かされて箒に乗っていた時代を、複雑な表情で見つめていました。
アッコがシャリオという『上』を見上げて走っている姿と、『上』を見上げて走りすぎた結果魔女界から排斥され、顔も名前も変えて『普通』に生き直すことにしたアーシュラ先生との対比は、過去と現在が複雑な交錯を見せていて、非常に興味深いところです。
アッコがシャリオへの憧れを大暴走させて話を引っ張る様子は今回強く描写されていたわけですが、そのシャリオ当人はがむしゃらなパワー、『気持ちだけ』の強い力を失い、その名残り火をアッコに見ている状態。
一度飛び、墜落したかつてのイカロスは、教え子の危うい暴走を見守る中で再び翼を取り戻せるのか。
楽しみですね。

本筋とはあんま関係ないのですが、単眼だったり青肌だったり、いわゆる『怪物≒人間ではない存在』の特徴を持ったキャラクターが、ブルーカラー労働に従事している描写は少し気になります。
『外見が異質な存在は抑圧された職業に付き、メインキャストに存在してはいけない』というのは、人種だとか職業とか色んな形で僕らの周りにも存在する、偏見と差別の壁を感じさせる配置です。
このアニメはキャラクターの個性や異質性に鋭い目を向けているので、この配置も多分意図的だと思うのですが、メインに据えて扱うエピソードが来るんですかね。
ファンタジー色を出すための装飾って線もないじゃないですが、それだとちっと前時代的な無配慮がすぎるかなぁ……"ぞうのババール"じゃねぇんだから。


(ここからは完全に過剰な読みですが、アッコの性的無防備さが今回はすごく面白かったです。
性成熟以前の幼さに完全に支配されている彼女は、いわゆる『女の子らしい仕草』とも慎みとも無縁で、大股開きでノシノシ歩き、箒にもどっかと股を広げて座り込む。
箒という『尻が接するもの』にカメラが寄る回だからこそ、彼女の女性性の欠如は否応なく強調され、同時に彼女が意識していなくても、『いつか女になる存在』として伸びているスラッとした足も強調されます。
男性が存在しない女子校が舞台ということで、アッコは己が『女』であること、『女』になってしまう存在であることをそこまで意識しないでいられるわけですが、もしかしたらそこら辺も切り取るのかなぁって感じの見せ方でした。
まぁ健全なセクシュアル・サービスでもあるんだろうけどね。

魔女のパワーの根源には性の魔力が確実に存在していて、『箒にまたがって翔ぶ』という魔女の象徴的行動がエクスタシーと強く結びついていることは、まぁ確かなことだと思います。
アッコが今回結局飛べなかったのは、彼女がいつまでたっても傷だらけの子供であり続けること、スカートの奥に何が隠されているか、何を隠しておくべきなのか自覚できない少女未満であることと、魔術的につながっているのかもしれません。
箒がカエルになったり、枯れたものが春を取り戻すために薬物を使ったりと、このアニメの魔女術の描写は相当にしっかりしていて、魔術的ロジックを踏まえていますから、案外強論でもないかなぁ。

アッコが無自覚に、危うく追いかけているシャリオが、アーシュラ先生としてもはや燃え尽き、幼さを恥じてすらいる。
背伸びして大人になろうとしているダイアナがライバルであることから考えても、アッコが己の幼さとどう向き合い、どういう成長を果たすのか(もしくは、あえて幼さの善き顔だけを残して成長しないことを選ぶ)のかは、お話の根本を今後も支えていくと思います。
その中の表現の一つとして、アッコが己のセクシュアリティ(の不在)に無自覚であることは、ただ視聴者のスケベ根性を満足させるサービスとしてだけではなく、キャラの表現として面白い足場なんじゃないかと、とにかく足が強調される今回見てて思いました。
アッコのミニ・スカートが男を挑発したり、女としてのスタンスを主張するためではなく、『シャリオが着ていたから』という理由以外に何もなく選択されている、凄く幼い性の爆弾なのは面白いよなぁ……見てるオッサンとしては、暴発しないかヒヤヒヤだけどさ)


そんなわけで、摩砂雪コンテが大暴走する楽しいレースの中で、主人公の抱える強さと弱さ、それを取り巻く人々がよく見える、面白い回でした。
凄まじい勢いと楽しさがあるんですが、そのパワーに振り回されず、細やかで必要な描写をしっかり入れてくる油断のなさが、非常に頼もしいです。
そういう巧さだけではなく、長所も短所も当たり前のようにあって、彼女たちの青春を必死に生きているキャラクター、彼女たちが織りなす物語への愛情も強く感じられ、堅牢で、冷静で、力強いアニメだと強く感じさせられました。

暴れまくる力になんとかしがみついて、ようやく見ることが出来た仮初の空。
その幻影を胸に、もしくはいつものバカさを発揮してポケッと忘れて、アッコは仲間たちと学園生活を駆け抜けていくでしょう。
それを切り取るカメラが鮮明で的確なことは、今回のエピソードを見れば一発で分る。
リトルウィッチアカデミア、王道を確かに進み続ける足取りに、揺るぎはありませんね。