神撃のバハムート Virgin Soulを見る。
— コバヤシ (@lastbreath0902) 2017年8月26日
かくして十二時の鐘がなり、サンドリヨンの魔法が解ける。舞踏会に潜入し、王と三度目の踊りを楽しむニーナ。恋の魔法に浮かれ果てて、賞賛なく挑んだ作戦は見事に失敗する。
夢の終わり、決別、あるいは始まり。ファバロの侠気が熱く、痛いお話。
真実の恋一本槍で突き進むニーナは、無事舞踏会に潜入し、王を独占する。華麗なるダンスホール、豪華な食事。かつて市場で、あるいはスラムで踊ったときよりもオフィシャルで、整ったダンス。
— コバヤシ (@lastbreath0902) 2017年8月26日
しかし王は既に仮面をつけている。公的身体に殉じるための、漆黒兵の犠牲に報いるための仮面。
冷たい表情のまま、感情を殺して踊る三度目のダンス。その意味をシャリオスは理解し、ニーナは理解していない。人間的な感情、真実の愛と決別し、果たすべき大義のために死にゆく覚悟は、ニーナにとって闇の中だ。
— コバヤシ (@lastbreath0902) 2017年8月26日
バルコニーで対峙するシーンのライティングは、二人の断絶を鮮明に写す。
シャリオスは心を殺し、別れを告げ、真実を隠す。弱さを一切持たない完璧な存在であることを維持するために、ニーナを引き剥がそうとする。
— コバヤシ (@lastbreath0902) 2017年8月26日
光しか目に入っていないニーナには、そういう決意は見えない。逆光が闇をより深くする。明るく無垢であることの残忍さ、幼さゆえの未熟。
一悶着あって、闇と光が入れ替わる。白く照らされた王のかんばせは、ニーナが仮面をこそ真実だと思い込んでしまったことを告げている。
— コバヤシ (@lastbreath0902) 2017年8月26日
男最後の意地、あるいは優しさ。別れることでしか自分と恋人を保てない理不尽を、ニーナは人間的で卑近な『フラレちゃった』と理解する。少女精一杯の翻訳作業だ。
理解度という意味では、シャリオスに鏃を向けたファバロのほうが全然深いだろう。愛ゆえに愛する者の命を奪った過去を持つ男と、愛ゆえに別れを告げる男。
— コバヤシ (@lastbreath0902) 2017年8月26日
あの時もファバロは笑っていた。道化/皇帝の仮面を被り、『俺は傷ついてなどいない』と強がるしかない寂しさ。
シャリオスが漆黒兵と同じ大義を背負い、その為に私情を切り捨てたように、ファバロもニーナを撃ち殺し、シャリオスを殺して大義を為そうと努力する。
— コバヤシ (@lastbreath0902) 2017年8月26日
当然、俺達のファバロは女を撃てないわけだが。恋と師弟愛、情の色合いは違っても、二度は御免だってのはよく分かる。
私情だけで突き進み、仮面を誤解するニーナ。
— コバヤシ (@lastbreath0902) 2017年8月26日
私情を切り捨て、大義の仮面をかぶるシャリオス。
似合わぬ大義を背負おうとして、詩情を捨てきれないファバロ。
この三角形が痴情にもつれないのは、不在の四角目、死んでしまったアーミラがファバロのバランスを取っているからだ。
ファバロにとってニーナはガキで、弟子で、恋人候補にすらならない。だが泣かしていい女ではなく、命をかけて国王の身体(国家それ自体)をぶん殴って、大義を為すチャンスをフイにしても構わない女だ。
— コバヤシ (@lastbreath0902) 2017年8月26日
そう思えるのは、失ってしまった一度きりの恋が、まだ胸に刺さっているからだろう。
生まれたての子供そのままに純真で、ただ愛を求めていた女の子。ファバロが守りきれなかった女の幻が、同じく無垢なる少女を守り、涙を流させないための重りになっている。
— コバヤシ (@lastbreath0902) 2017年8月26日
兄のように、師のように、あるいは父のように、ニーナの心とプライドのために戦うファバロは、哀しいほどに『大人』だ。
ニーナ-シャリオス-ファバロ-アーミラという四角形で安定させるべく、他のメンバーは舞踏会からは遠ざけられている。
— コバヤシ (@lastbreath0902) 2017年8月26日
バッカスとーちゃんとリタかーちゃんが望遠鏡で見守っているのは、なかなか微笑ましくも頼もしい。あんたらもホント、ニーナのこと好きな…そういうあんたらが、俺は好きよ。
舞台に上がろうとするムガロを、視線一つで止めるアザゼルの親父力も高かった。先週絆を確認したことで、ああいう動きに重さが出ている。
— コバヤシ (@lastbreath0902) 2017年8月26日
実母であるジャンヌとは因縁も深いが、町外れの邂逅はどういう方向に転がるやら。アザゼルさんも失敗を飲み込んで『大人』になってきてるので、収まるとは思うが
やっぱ今回はファバロの話…彼の語られざる/語り終わってしまった影の物語だったと思う。
— コバヤシ (@lastbreath0902) 2017年8月26日
シャリオスを放っておけば生まれる『沢山の死人』を座視出来ないのは、バハムート事変で失ったあまりに多くの命を思い出すからだろう。アーミラ個人への思い以外にも、あの光景はあまりに強い残光を焼き付ける
ファバロだって、自分が主役の時は大義の意味、喪失の痛みなど実感することなく、ただただ我欲に生きていた。金のために少女を売り飛ばし、友に背中を向け、世界の危機など関係ないとケツをまくった。
— コバヤシ (@lastbreath0902) 2017年8月26日
でも、エゴイストでいられないほどに世界は優しく、大きく、背負いたくなるほどに魅力的でもある。
ニーナはシャリオスだけを背負う。正確には、シャリオスに向けた己の情愛を、か。それを見て鏃を止めたのは、ニーナの純粋さがファバロの過去と、そこに置き去りにした自分自身を照らしたからかもしれない。
— コバヤシ (@lastbreath0902) 2017年8月26日
個人的にすぎるエゴイズムが作戦を失敗に導くのは、師弟同じだ。アウトローたちの限界点。
大義のために生き、殺し、死んでいく覚悟。表情一つ変えないシャリオスと、私情でチャンスをふいにするアウトロー師弟は対照的だ。
— コバヤシ (@lastbreath0902) 2017年8月26日
それでも、ニーナを殺さず逃してしまうところにシャリオスの限界点があるのだろうが。アーミラをその手で殺したファバロほど、シャリオスは覚悟を決めきれないのだろう
シャリオスの殺しきれない情は、漆黒部隊に外部化されている。情を殺しきれない舞踏場では機能した煙玉は、むき出しの殺意と大義の前で無効化される。
— コバヤシ (@lastbreath0902) 2017年8月26日
それはもうひとりのシャリオス、彼が引き受け決着を付けなければいけない、人間味を失った自分なのだろう。覇道を選んでしまった自分の責務だ。
ニーナの情は、シャリオスの大義を崩さず、真実を明らかにしなかった。この失敗を受け、大義を学んで対等の位置に立ち直すのか、はたまた私情を貫いて仮面をぶち破るか
— コバヤシ (@lastbreath0902) 2017年8月26日
どちらに転ぶかは分からないが、必要な挫折だったとは思う。真実恋を謳うなら、自分に都合の良い光だけではなく、影も理解せねば。
人生につきまとうカルマの暗い側面。殺し、奪い、戦わなければ生きていかない宿命。判っていても進まなければならない、決断の一瞬。
— コバヤシ (@lastbreath0902) 2017年8月26日
今回ニーナが超えられなかったものを理解した時、彼女は『大人』になってしまうのだろう。否応なく、幼年期は終わる。ファバロがアーミラを殺した時のように。
その瞬間は凄まじい痛みを伴う。闇から踏み出したファバロの足は、喪失を内包した義足だ。恋人が死んでも、世界が壊れても、生き延びた人は生き続け、摩耗し続け、つまらない『大人』に成り果てる。
— コバヤシ (@lastbreath0902) 2017年8月26日
だからこそ、出来ることもある。弟子を守って啖呵を切り、傷ついた心に寄り添ってやるとか、ね。
情を切り捨て『大人』になろうとしたシャリオス。
— コバヤシ (@lastbreath0902) 2017年8月26日
自分が『子供』であることを思い知らされたニーナ。
『大人』の強さと『子供』の優しさで、愛弟子に出来ないことを背負ったファバロ。
三人の思いが交錯する、ハードボイルドな舞踏会でした。ロマンスの時間は終わり、こっからは戦争だ…てことか?
しかしまぁ、このアニメがとんでもなくロマンティックに支配されており、情の暴走が生む悲劇と、情を押し殺すことの悲劇で回っているのも間違いはない。
— コバヤシ (@lastbreath0902) 2017年8月26日
ニーナが取り逃したロマンスが、いつ、どのような形で再び舞い降りるか。竜人のオッサンの素性も合わせ、今後が楽しみである。