イマワノキワ

TRPGやアニメのことをガンガン書き連ねていくコバヤシのブログ

イギリスのニューレフト

リン・チャン、彩流社。1954年から1977年までのイギリス新左翼学術運動に関する本。日本版オリジナルのタイトルは「カルチャル・スタディーズの源流」だが、そこよりもむしろ政治的・学術的力学の流れを主眼に置き、スターリン批判が衝撃と打撃を与えた1954年、全世界的に社会主義抵抗運動が広がった1968年、ニューライトとニューレフトの際が希薄化し、運動体としてのニューレフトが(事実上)消失した1977年と明確な区切りを入れた分析である。
僕にとってイギリスのニューレフトといえばテリー・イーグルトンであり、日本版サブタイトルもあって「そういうもの」を期待していたわけだが、内実は徹底的な「運動としてのニューレフト」の分析である。まず、第一世代ニューレフトの代表的人物であるレイモンド・ウィリアムズとエドワード・トムソンに重点を置き、彼らが始めた第一次ニューレフトの社会的、歴史的、政治的、経済的相互批判とその意味を丁寧に分析している。そして、彼らの弟子であるイーグルトンやペリー・アンダーソンら第二世代が第一世代に向けた鋭い批判とその対立構造、ニューレフト運動の理論的発展と政治的衰退を徹底的に精密な筆を用いて書いている。
この書物で顕著なのは、徹底的に実際の運動体である「ニューレフト」の動きを追いかける姿勢である。それは筆者が実際に生存している「かつての」ニューレフト学者にインタビューを行っている点、イギリスをメインにあえて狭い地理的範囲の分析でありながら、フランス、ソ連、イタリアなどの学者をいかに受容して行ったか、まで追いかける文献調査であったりする。とにかく、調査の細密さが群を抜いており、かつ論の展開が「ニューレフト運動の盛衰」という一個の強力な視点に支えられているため、論旨が迷うことがなく読みやすい。
ソ連がロシアに変わり、中国も市場経済へと急速に舵を取る現在、マルクス主義の受容と批判によって進展して行ったイギリスのニューレフト運動を追いかけるこの本に、現代的な意味があるのか否か。ある、といえるだろう。これは一つの政治的活動の、そして一つの学術的活動の誕生から衰退までの詳細かつ的確な分析である。そこで論じられる分析は、図らずとも共産社会主義が目指した「一つの世界」がグローバリズムと高度資本主義によって実現しようとしている今こそ、一つの成果として受け入れられると思う。
そして、それに足りうるだけの強度と精密性、鋭く確かな視座を、この本は有している。学術運動であり、社会運動であり、政治運動であった一つの複合体、ニューレフト。それを徹底的に学術のメスで解体するこの本は、良著である。