イマワノキワ

TRPGやアニメのことをガンガン書き連ねていくコバヤシのブログ

世界で最も美しい10の科学実験

ロバート・P・クリース、日経BP社。「フィジックス・ワールド」誌で行われた「歴史上最も美しい実験」に関するアンケートから、科学哲学史家である筆者が選んだ10の実験についての本。英字タイトルは「The Prism and the Pendulum」であり、その名前のとおり、ニュートンの太陽光分解実験やフーコーの振り子といった古典的かつ決定的な実験から、電子の量子干渉までを通時的に追いかけている。
取り上げた実験の方法から目的、実験が行われた当時の科学的状況、そしてその実験が現在に及ぼす意義まで、非常に明晰かつ丁寧な筆で書かれた書物である。いわゆる理系には門外漢ながら興味を持つ人間として、なぜその実験が重要なのか、そして「美しいのか」を丁寧に述べているこの書物は面白い。一つの実験(例えばガリレオの斜面実験)がかつていかな意味を持ち、そして現在いかなる意味を持っているのか、という精密な対比は、豊富な知識と丁寧な調査に裏打ちされて、強烈な読ませる力に満ちている。
その上で、この本にはいくつか難点がある。わざわざ「美しい」と書いていることからも解るように、この書物は美学と実験という一見相容れないものを同時に扱った書物である。それを融合させるための美学サイドからの歩みよりは、しかし実験サイドからの歩み寄りに比べ圧倒的に足りていない。単純に論述の量も足りないし、科学を腑分けするときに比べ断定的に過ぎる筆や、過去の実験−美学論を専門に論じた章がないことも問題だ。
まぁ載っている雑誌が雑誌なのだから科学サイドからの歩み寄りに重点が及ぶのも仕方がないとは思うし、その方面からのアプローチは非常に丁寧かつ重厚だ。だがしかし、わざわざ看板に「美」の一文字を加えるのであればもう少し詰めた美学への言及が欲しかった、というのが正直なところである。かき口が断定的で、そのくせ必要十分な論考を重ねていないのも厳しいところだ。
加えていうならば一体誰を敵に回しているのか、と首をひねりたくなるような攻撃的な筆致も気になる。たしかに美学と実験は対比されがちなものだし、主流への反駁は尖る傾向にあるだろう。だがしかし、ただ鋭いだけで対象がはっきりしない舌鋒はあまりクリティカルな言説にはならないだろう。鋭さは常に堅実な言説の土台に裏打ちされるべきだと思うし、それを欠いては説得力を失う。
と、いろいろとざらつく箇所もあるが、科学読み物としては非常に丁寧かつ良く出来た本である。有名な実験(例えばラザフォードの原子核発見)は別の角度から切りかえす。あまり有名でない実験(例えばキャンヴェンディッシュの地球密度測定)も時代背景と実験目的、そしてそれが科学に果たした役割と影響について丁寧に述べ、とにかく読ませる。
目指したところをすべて達成できたかどうかは疑わしいが、それはともかくとして良著であるのは間違いないだろう。