イマワノキワ

TRPGやアニメのことをガンガン書き連ねていくコバヤシのブログ

ビッグバン宇宙からのこだま

マイケル・D・レモニック、日本評論社。ビッグバン宇宙論の裏づけに必要な観測データを探査するための衛星WMAP開発に至るまでの宇宙論の発展と、WMAP計画の立案、実行、そしてそれ以降について述べた本。
難しい本である。宇宙論の専門的なタームがあまり説明なくポンポン出てくるし、20世紀の物理学史がある程度頭に入っていなければ置いていかれてしまうほど、早口で固有名詞・人名が頻発する。少なくとも、この本は宇宙論の入門書ではない。それ以上のものなのだ。
とっつきにくさを感じさせる訳文と、先にも述べた入り口の狭さというハードルがあるものの、この本は読ませる力に満ちている。ビッグバン宇宙論の発声と発展を前半で扱い、それを裏打ちする観測データを得るためのWMAPを打ち上げるまでの研究チームの奮闘が広範に、そしてWMAPが手似れたもののこれからが最後にやってくる。そのどれもが力に満ちている。
もしかしたら力に満ちているのは宇宙論という学問分野それ自体かもしれないが、その活力を切り取ってくる筆者の生き生きとした筆はこの本固有のものだ。ビッグバン理論がいまだ仮説であったときの周囲の反応や、それが実際の観測データに裏打ちされていく様子。標準理論としてビッグバン理論が受け入れられながらも、それを裏打ちする観測データの弱さゆえにさまざまな謎が残っている状況。理論家と実験家が、国家計画としてのサイエンスという実際的な問題を丁寧に解決していく過程。
この本の骨子であるWMAPに話が移ると、上記のような生き生きとした躍動感はいや増す。資金提供元であるNASAとの折衝や、雲霞のごとく沸き起こる技術的問題を徹底的に乗り越え踏み越えていく様子は、理論を裏打ちする観測、という一見日の当たらない領域を見事に輝かせる力に満ちている。それには資金の、時間の、人間の問題が常に付きまとうが、WMAPチームはそれを乗り越え、データを手に入れる。
一種の聖杯探求譚じみた(もしくはプロジェクトX的な)WMAPチームの足跡がこれだけ面白いのも、彼らが追い求めるデータがなぜ必要なのか、を丁寧に述べた前半部分があるせいだろう。ビッグバン宇宙論を生み出すに至った、理論と観測の相互作用。それを(駆け足感はあるとはいえ)しっかりと説明している前半が、後半の躍動感を生み出す土台になっているのは間違いない。
宇宙論というと理論の部分ばかりがクローズアップされるが、この本においては理論も観測も双方重視され、相補的なものとして捉えられている。そのバランスの良い視座もまた、なかなか得がたいものだろう。名著である。