イマワノキワ

TRPGやアニメのことをガンガン書き連ねていくコバヤシのブログ

小指の先の天使

神林長平、ハヤカワ文庫。シェンツさんからZEROとトレードでゲットした神林の短編集。収録作品の中で最も旧い作品の初出は、81年。最も新しい作品が2000年。意識だけになった人間が暮らす超生システムと、その外側のアフター・ホロコーストの世界。20年の年月を飛び石のように駆け抜けながら、肉体と意識を巡る神林長平の思索が一冊にまとまっている。
神林長平の超然としたシニカルさと、その奥にある熱のこもった思索は常に言葉、他者、意識、存在、生命など、スペキュラティブ・フィクションの根底を常に鋭く貫いている。この作品でも安易に「人間」のいるAH世界を是とするわけではなく、かといって肉体を拒絶したシステムを是とするわけでもなく、安易な二項対立になりそうな状態を丁寧に揺らしながら思索をつなげていく。
仮想世界には常に肉体の問題が入り込み、肉の世界に遺失技術と言う圧倒的な圧力を持ったシステムが隠然とその手を伸ばす。二つの世界は時につながり時にはなれ、複雑に絡み合いながら複雑な思索のきらめきを見せてくる。その鋭い言葉の集まりは、流石神林長平と唸らされる。
だが、この小説の力は思索だけではない。小説の言葉の力、物語の上がり下がりを操る力、登場人物が思い感じ喋る、その力だ。それがあるからこそ神林長平の真摯な思索が面白く読めるのだし、ともすれば浅薄な理論になってしまうテーマに熱と分厚さが与えられている。面白いと言うことは、とにもかくにも強い。そしてこの本は、素晴らしく面白いSFなのだ。