イマワノキワ

TRPGやアニメのことをガンガン書き連ねていくコバヤシのブログ

私に触れるな

ジャン=リュック・ナンシー、未来社。サブタイトルである"ノリ・メ・タンゲレ"としてキリスト教美術の重大なモティーフになっている、マグダラのマリアによるキリストの復活の確認の場面(ヨハネ、20章13−18)に関する筆者の読み。
100ページに満たない掌編ともいえるこの本だが、いかにもフランス現代哲学の大物らしい、鋭く、同時に言葉の横幅を最大限に取った読解である。内容としては、主に絵画美術の読解なのだが、ただ美術の言語で語られる単純な本ではもちろんない。ヘブライ語聖書においては「触る=引き止める」であった言葉がギリシア語訳されたときに「触れる」に限定されたとする言語学的見識。キリスト教美術とキリスト教教義の奇妙な共犯。そして「触る」宗教としてのキリスト教における、「私に触れるな」と語るキリストの言葉の意味を探る西洋智の視座。
これら多様な読みのスタンスと、読んでいる言語=読まれるべき読解表記の揺れを最大限に取り、多様性を狙ったこの本は読みにくい。読みにくい、のだが、解りにくい、というわけでもない。ベースになる近代智への深い理解と、揺れ多様性を見せ付けながら触れば落ちるような切れ味を見せ付ける読みの鋭さが合わさり、豊かな味を見せている。
もちろん、この本が味わい深いからと言ってここで語られているモチーフ(とそれに付随する莫大な知識)を「わかった」というのは危険な行為だし、虚偽である。だが、それでもなお、この薄い本の中に押し込められた豊かさ、確かさ(さらにいえば"ノリ・メ・タンゲレ"というテーマそれ自体が持つ芳情)は鋭い読みと絡まって、強力な一撃を押し出してくるように思える。名著。