イマワノキワ

TRPGやアニメのことをガンガン書き連ねていくコバヤシのブログ

欧州百鬼夜行抄

杉崎泰一朗、原書房。10世紀から15世紀、ヨーロッパ中世における「化け物」に関する本。サブタイトルは「『幻想』と『理性』の狭間の中世ヨーロッパ」
史学に足元を置く筆者のアプローチが良く冴えた本である。キリスト教伝来以前の「森の文明」の匂いを強く残す中世文化を、小人・巨人・龍・妖精といった「化け物」を通して鋭く読み解いている。その視座には、キリスト教の布教に伴う土着宗教の吸収と、キリスト教権拡大によるそれらの排斥という通時的な土台がしっかりと根付いている。「化け物」というエキセントリックな題材を、史学という強力な武器を用い、冷静な筆捌きで丁寧に料理している印象だ。
サブタイトルにあるように、ドルイド教・土着信仰・民間伝承などの「幻想」を、キリスト教とギリシア・ローマ古典という「理性」があるいは取り込み、あるいは排斥する過程が丁寧に捉えられている。ロマネスク期からゴシック期と時代区分(つまりはキリスト教権の浸透・拡大の程度)に応じ、忠誠と言う時代がそれらとどう付き合ってきたのか、「化け物」ごとに豊富な資料を読み解き、わかりやすい文章でまとめている。
引用文献に省略が多いのは少々気になったが、可読性を重視した結果だろう。図版も豊富であり、目を楽しませてくれると同時に理解を深める助けになる。特に中世期教会美術に大量に出現する「化け物」の図版は、キリスト教権が強化されるに従い駆逐されていく「化け物」が中世においてどれだけ大きな場所をしめていたかを教えてくれる。
章立てや分の進め方も精密であり、丁寧な説明とあいまって可読性が非常に高い。キリスト教世界が前キリスト教世界を押さえ込んでいる世界としての中世、同時にそこからはみ出してくる前キリスト教世界の力にあふれた場所としての中世、両方を史学の視座から丁寧に押さえた本である。良著。