イマワノキワ

TRPGやアニメのことをガンガン書き連ねていくコバヤシのブログ

哺乳類天国

ディヴィッド・R・ウォレス、早川書房。また微妙な邦題だが、割と珍しい古哺乳類のライトサイエンス。サブタイトルは「恐竜絶滅以後、進化の主役たち」英語タイトルは「Beasts of Eden」
まず切り口が面白い。イェール大学ピボーティ博物館に描かれたフレスコ画「哺乳類の時代」(付録でこの絵全景が付いてくる)を一つのアイコンに、恐竜絶滅以降、マンモスやギガンテリウム、マストドンといった古哺乳類が闊歩する時代に切り込んでいく。「哺乳類の時代」はすでに絶滅した哺乳類や現生哺乳類の始祖を精密な技法で描いた力作で、絵の持つ強力な説得力を巧く使い、筆者はすでに滅び化石となった古哺乳類を生き生きと描き出す。
この本独特の視座はそれだけではなく、古哺乳類の生態や現生生物のつながりといった「いかにも」科学的な視座以外に、19世紀中庸から現代にかけてのアメリカ古哺乳類学の偉大な科学者同士の論戦、化石資料の発掘による学説の変化などなど、人間同士が角突き合わす舞台としての学会に深く切り込んでいる。
美術と伝記という、ライトサイエンスとは縁遠いように思える二つの視点は、しかし筆者の熱を帯びた筆致によってむしろ活力の源になっている。「哺乳類の時代」の絵としての力は非常に強く、古哺乳類の姿かたち、生態が目に浮かぶような活力に満ちて思い浮かべられる。そして、さまざまな理論、化石資料を巡る科学者達のせめぎあいは、筆者の少々感情的な書き口がむしろアクセントとなって非常に引き込みが強い。
このように珍しいスタンスのライトサイエンスだが、一般科学書として必要な学問性は十全に備えている。恐竜やバージェス動物郡などと比べていまいちなじみの薄い古哺乳類の世界を、それがいかなる学問なのかというところから始め、科学者の人間性と絡めて学説の発達史を語り、断続並行説に触れつつ霊長類の起源の謎に到達する。その筆運びは見事の一言であり、丁寧な理解と細密な文章による科学的興奮を与えてくれる。
切り口の斬新さとブックデザインの見事さ、ライトサイエンスとしての地力の強さが見事に融合し、非常に丁寧かつ面白い一冊となっている。名著。