イマワノキワ

TRPGやアニメのことをガンガン書き連ねていくコバヤシのブログ

信長 あるいは戴冠せるアンドロギュヌス

宇月原晴明新潮文庫。なんとも奇妙な噛み味の伝奇小説。伝記の真髄である「類似と相同の意図的な誤認」がこれでもかと迸り、オカルトと衒学に彩られた正しき歴史捏造が行われる、非常に優れた伝奇小説。なのだが、それだけではけしてない。この小説には息もつかせぬ奇想・伝奇のラッシュ以外に、もう一つの背骨がある。耽美である。
1930年、アルトナン・アルトーと謎の日本人青年の対話を外枠に語られるこの小説は、シュルレアリスムとオカルト、文芸評論をもう一枚のカードとして進められる。その衒学が伝奇を後押しし、奇想の力強さが幻惑的な戦国世界を裏打ちしている。一見水と油にも思える耽美と伝奇は、それ以外を一切排除する徹底により、この小説で交じり合っているのだ。
もちろん、衒学だけでは耽美にはならないだろう。情景の力強さと詩情、モチーフのグロテクスと薫り、そういう小説の強さが、この奇書を一気に読ませる力を生み出す源泉である。おそらくこの本にしかないであろう、「もし」という歴史の仮定すら放棄した、非常に特殊な伝奇の形。伝奇としか言いようがないが、例えば山田風太郎の構成力とも荒山徹の徹底した荒唐無稽とも異なる味。それを強引に食わせ、一気に読ませる剛力が在る本であった。
そして、剛力こそは正しく伝奇の力であろう。非常に面白かった。