イマワノキワ

TRPGやアニメのことをガンガン書き連ねていくコバヤシのブログ

「世界地図」の誕生

応地利明、日本経済新聞出版社。シリーズ『地図は語る』の中の一冊。中世の「世界図」から近代の「世界地図」に変化していく地図史を追いかけつつ、その中にある世界観や価値観の変遷を分析した本。取り上げられている地図は登場順に日本「仁和地蔵日本図」、バビロニア「古代バビロニア粘土板世界図」、日本「法隆寺五天竺図」、イギリス「ヘリフォード図」、中国「古今華夷区域揔要図」、アッバス朝「イドリースィー図」、ギリシャプトレマイオス図」、イタリア「フラ・マウロ図」、スペイン「コーサ図」、イスパニア→イタリア「カンティーノ図」
まず、地図を方向性進化論的に「精密さ」だけで判断するのではなく、「思想性」「芸術性」「実用性」「科学性」の四軸から判断する基本姿勢がなかなかに面白い。地図という素材を芸術や思想で判断するのは一見ずれた視座のように思えるが、筆者の論の構築、鋭い知見と的確な筆致は、自己の論拠を徹底的に掘り下げ、丁寧な論理に基づいて、新しい視点を提供してくれる。
その視座に導かれて、巻頭掲載の美しいカラー地図の個別読解が始まる。各々の地図の構造、表記、象徴に秘められた世界観、思想性の分析は的確かつ丁寧であり、非常に切れ味鋭い。特に「ヘリフォード図」の読解における中世キリスト教世界観の分析、「カンティーノ図」における科学主義の勃興を見切る解析は見事の一言である。論の進め方も審美的な論点にとどまらず、政治・経済的な周辺の変化を深く取り込み、地図という「世界の窓」が隠している当時の世界観を発掘するものになっている。
そして、各地図の間の関連を指摘し、発展させていく構成の造りかたも非常に豊かなものである。交易や思想交流、戦争などにより、各地域は流動的にその世界(と世界観)を変化・拡大させていく。もちろん地図情報それ自体も伝わり、地図の記述を変化させる。それら、人類史の発展一つ一つの証拠として、地図というマテリアルを分析していく筆者の手腕は非常に丁寧かつ見事で、知的好奇心に満ちている。単純独立な存在としてではなく、人類の交流の中にあるものとして地図=世界図→世界地図を見、書くこの本は、非常に豊かである。
そして、古代や中世の世界観が現代に対して劣るという劣悪な進化史観の害悪にとらわれることなく、その時代その時代が持っているリアリティを見抜く姿勢は徹底されている。それが、各地図の魅力を浮き彫りにし、生き生きとしたものに変えている。「プトレマイオス図」においてインド湾が内湾としてかかれたことは「誤り」だが、そのことを単純に切り捨てるのではなく、なぜそうかかれたのか、そのことはその時代において何の意味を持ってるのかという点に進む論は、柔軟な受容の姿勢と、豊かな発展の可能性を見せてくれる。
古地図から埃をはたき、その地図が書かれた時代精神を蘇らせるのに値する、丁寧な分析と柔軟な視座、豊富な知恵とどっしりとした筆致。一種奇想にも見える論点を、驚きと喜びとともに受け入れさせる豊かさ。傑作である。