イマワノキワ

TRPGやアニメのことをガンガン書き連ねていくコバヤシのブログ

悪魔のピクニック

タラス・グレスコー、早川書房。一年と少しの時間をかけ、世界中の異法物品を食ったり飲んだり吸ったりしたトラベルエッセイ、というにはしっかり真面目に取材をしているドキュメント。サブタイトルは「世界中の『悪魔の果実』を食べ歩く」
作者のスタンスはまぁ正しくジャンキーでアナーキーである。ボリビアでコカ茶を飲み、フランスで無殺菌乳を使ったチーズを食べ、スイスでアブサンを飲む。これは違法行為ではない。シンガポールにサドを持ち込み、ポピーシードの付いたクラッカーを食べる。これは違法行為である。だが、筆者は「そういうこと」をしてスリルを味わっているわけでも、読者にスリルを代理体験として提供するわけでもない。
例えばチョコレート、例えばアルコール、例えば煙草。歴史をさかのぼれば(そして現在でも)所持・使用に厳罰が適応されたことのある抗精神物質である。時代、文化、法制度の文脈により、いわゆる「キく」物質はさまざまな扱いをされてきた。神の植物とあがめられたり、悪魔の道具と罵られたりしてきた。筆者は、丁寧にインタビューと歴史調査を積み重ね、その際を浮き彫りにしていく。
もちろん筆者はアナーキーなので、基本的にはジャンクス万歳の立場だ。アメリカの麻薬戦争には否定的な材料を大量に出してくるし、犯罪組織の麻薬ビジネスに関して突っ込んだ意見もない。そういう意味では色眼鏡バリバリなのだが、同時にジャーナリストとしての筆と目は欠片も曇らず、ジャンクとしての抗精神財と自分自身、そしてこのピクニックで唯一口にしない物質−ジュネーブ安楽死に使用される、ピントバルビタール・ナトリウム−について考察していく。
ジャンクスについて語る口は、陶酔を理性で切り落とそうとする愚行か、法制による大上段の切り落としか、もしくはジャンキーの告白になる。そういう意味では、この本は三つ目だ。筆者は(本当のところは解らないが)それなりにジャンクスで、抗精神財の類はとりあえず試している人間だ。そういう人間が、とある国では違法でありとある国では違法ではない、さまざまな物質とそれを取り巻く制度に身を投げて、しっかりとした筆で書き記した本。それがこの本だ。
僕はジャンクスに関する文章がとても好きだ。特に、ジャンクスがジャンクスについて語った本は。そしてこの本は、ジャンクスがなぜ「くず」になってしまうのか、もしくはどうしたら「くず」にはならないのか、そういう部分に、ジャンクスにドップリ浸り、異国情緒を漂わせた豊かな文章で書き記している。それは興味本位のローラーコースターのようなものではけしてないし、かといって何か「真実」を手に入れたい探求でもない。
少しの主張はもちろんあり、それ以上にただ、ジャンクスとそれを取り巻く環境について、見た目よりも遥かに真摯に書いた本である。名著。