イマワノキワ

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古事記の起源

工藤隆、中公新書。文献研究の立場から少しはなれ、中国山岳少数民族の『現在の』儀式やニューギニア神話などとの関連性から、古事記を読み解いている本。サブタイトルは「新しい古代像を求めて」
主流である古事記自体の文献調査と、周辺(中国史書含む)調査を離れて、調査手段としてはかなり意欲的な方法を取っている。古事記を文字文化富む文字文化の中間点と位置づけ、現在でも無文字文化を維持している中国山岳少数民族を実地で調査、万葉などにもある"歌垣"の実際と比較しながら、切れ味鋭い論を展開している。
実地だけに偏るわけではなく、万葉・書記の同時代書物、ニューギニアや中国といった外国神話との比較研究も怠っていない。特に、古事記にあるウケヒ神話とニューギニアのハヌイウィレ神話の類似点と相違点の指摘はなかなかに面白い着眼点であり、古事記神話の独自性を浮き彫りにする効果を発揮している。
もちろん難点がないわけではなく、無文字文化である以上どうしても付きまとう「当時の実態は伝わらない」という難所を乗り越えるため、推論が少々強引になっている。おそらく、古事記は文字文化と無文字文化の中間点で編集された、という筆者の主張は正しいだろう。だが、その主張を学問的な正確さで追及するのは非常に難しい。山岳少数民族の儀式がいくら似ていても、それは類似であって合同ではないし、無文字資料は必然的に後世には残らないからだ。
しかし、研究され尽くされた文字文化側面もそれなり以上に研究し、手付かずの無文字文化側面を重視する筆者の筆はなかなかに面白い。荒さがないわけではないが、目新しさ以上の確かな手ごたえを感じる書物である。古事記成立時のカナに関する研究など既存分野も丁寧に追いかけており、けして既存の業績を無視しているわけではない。
新書らしい読みやすさがあり、論も意欲的で面白い。荒さはあるが、個人的には飲み込める程度であった。良著。