イマワノキワ

TRPGやアニメのことをガンガン書き連ねていくコバヤシのブログ

ロシアの秘宝「琥珀の間」伝説

重延浩、NHK出版。プロイセンからピョトール大帝が譲り受け、エカテリーナ二世が完成させたロシア宮殿美術の秘宝「琥珀の間」を巡るTVドキュメンタリーの書籍化。使用された琥珀は総重量六トン、一部屋四方の壁ほぼ全てに琥珀による細かい装飾がなされ、フィレンツェ製の細密なモザイクがが飾られたペテブルグ宮殿の中でも部外者不入の部屋であった。
あった、というのは、独ソ戦におけレニングラード(ペテルブルグ)攻防戦の結果「琥珀の間」は分解、ケーニヒスブルグ(現カリーニングラード)に持ち去られた後、終戦の混乱を境に行方をくらますからである。ここで、この本は二つのテーマを追いかけることになる。一つは美術品としての琥珀の間、もう一つは失われた秘法としての琥珀の間である。
美術品としての琥珀の間は、その歴史背景の説明から喪失、そして二十四年をかけた復刻(というか、レニングラード攻防戦によりエカテリーナ宮殿は焼失したため、資料も残っておらず、ほぼ制作といってよい)について追いかけることになる。作業工程を細かく追いかけ、多数の写真を使った取材は丁寧で読みやすい。また、誠実な取材を、困難な業務に立ち向かい偉業を成し遂げた職人・美術家たちに行うことで生まれる独自の深い味わいは、それだけで胸が躍る。
一方、秘宝としての琥珀の間の話は、まるきり聖杯探求譚である。混沌とする情報、入り混じる虚偽と真実、戦争による資料焼失。不安定な状況でありながら、プロイセンからロシアに送られたという歴史的経緯、美術品としての価値を追い求め、GRU、KGB、シュタージなどの諜報組織から個人レベルの発掘調査まで、さまざまな人が琥珀の間を追いかけることになる。
他のあらゆる聖杯と同じく、琥珀の間もまた眉唾物の話であり、それ故に理由のわからないどきどきがある。ほぼ完全に消失した書類資料と、それだけは大量にある嘘か真かわからぬ口頭での情報提供から、人々はさまざまな推測をくみ上げ、ケーニヒスブルグの地下を掘り、チェコのトンネルを掘り、旧ナチスの要塞を調べ上げる。
結局、琥珀の間は見つからず、新たな形で再生される。それは別にどちらのアプローチが正しいというわけでも、意味があるというわけでもない。二つの立場があり、それぞれをひきつけるだけの魅力を、琥珀の間が持っている、ということなのだ。そして、その魅力を伝えることに、丁寧な取材とわかりやすい編集、大量の写真資料でこの本は成功している。
一見目を引く聖杯探求譚だけではなく、地道な復興作業にも同じだけ重点を置いた構成が、非常に好感が持てる。良著。