イマワノキワ

TRPGやアニメのことをガンガン書き連ねていくコバヤシのブログ

ようこそ女達の王国へ

ウェン・スペンサー、早川文庫SF。十歳から十五歳という人生においてもっとも幸せに読書が出来る年代に、ル=グィンとティプトリーとベア(もしかしたらニコラ・グリフィスも)読んでしまったらジェンダーSFというだけで評価が甘くなるのはむしろ当然だといえる。が、僕がこの本を評価するのは、当然ながら贔屓目ではない。
舞台は17世紀イングランド、の男子出生率を5%以下まで落とした異世界。代々女王家が修めるクイーンズランドの辺境で地主を勤めるウィスラー家には姉妹が30人近く、そして何と男性が四人も! 存在していた。16歳になり婚礼適齢期を迎えたジェリンは、力強き女盗賊騎士たちと、彼女達に略奪された見目麗しき王子の末裔。男だてらにライフルを持ち、馬を操る美男子だ。まともな女なら放っておかない"彼"が、持ち前の高潔な精神を発揮して危機から救ったのはなんとクイーンズランドの王女。彼女を襲った謎の影が美しく、そしてしなやかなジェリンに忍び寄る。危機の中ではぐくまれるロマンスと、クイーンズランドを脅かす邪悪な陰謀の結末やいかに……。
というのがあらすじになるだろうか。トゥエインとオースティンとデュマを足して3で割り、上質のフェミニズム的閃きに極上のストーリーテリングを加えてかき混ぜた、飛び切り贅沢な小説である。まず、男性が女の所有物として扱われ、2000クラウンで売り飛ばされたり陵辱を受けた上で殺されたりする世界観がエッヂである。ヴィクトリアンな性の歪みをそのままジェンダー・ファンタジー・ロマンスの骨格にしてしまう圧倒的な小説の力が、この物語の分厚い骨である。
だが、フェミニズムジェンダートランスはこの本のもっとも大きな部分ではない。引き込まれるキャラクター、次々に起こる事件、胸躍るロマンスと冒険、しっかりと描写された背景、ピリリと効いた皮肉。ようするに、楽しい小説に必要な分厚い肉が全てそろっているのだ。可愛いヒロインであるジェリンは"(この世界での)男"の枠にはとらわれないアクティブさを発揮していやおうなく物語を引っ張っていくし、彼を取り巻く女達も皆颯爽とかっこよく、彼女達とのロマンスは非常に胸がとろける。要するに面白いのだ、圧倒的に。
その上で、やはり通奏低音として流れるフェミニズム文学の根っこを外すわけにはいかない。明らかに服装・性倒錯(この用語を使っていいのであれば"クィア")として書かれる男性性・女性性はしかし、クイーンズランドにおいては倒錯ではない。倒錯しているのは彼ら(彼女ら)に倒錯と興奮を覚える僕らであり、僕らを取り巻く環境なのだ。歪んでいるのは像ではなく鏡のほうだ、という転倒を、物語を楽しむ中でふいに気付かせる造りにはやはり、筆者の鋭く研究的な視座が盛り込まれている。
その鋭さと、物語的な強さ、面白さがお互いを引き立てあい、宇宙空間も魔法も出てこない作品を、極上のSFにしている。青背は久々に読んだが、そこで大当たりを掴むとは僕も運がいい。素晴らしい作品だった。