イマワノキワ

TRPGやアニメのことをガンガン書き連ねていくコバヤシのブログ

医療人類学のレッスン

池田光穂・奥野克己他、学陽書房。「健康と病気を対照にした人類学的研究(本文内定義)」である、医療人類学の入門書兼教科書。医療人類学は、人類医学ではないことから解るように、人類学の一学際分野である。具体的な医療技術よりも、行為としての医療論を取り扱っている。
なかなか馴染みのないジャンルであるが、総論である一章を見れば、大体のところは解る造りになっている。世界の西洋化とその限界に従って人類学は隆盛しその学問的精度を高めていったわけだが、医療人類学もまた、西洋医学の発展展開と限界というポイントを大きな立脚点としておいている。西洋唯一主義への強烈な問題意識が、この本を流れる通奏低音である。
健康/病気という概念、医療・治療という概念は現在僕らがそれを委ねる西洋解剖医学の文脈以外にも、人類が居住する自然環境、文化環境によってさまざまに異なり、さらに言えば性別・年齢・社会地位などの要因によってもまた、変化する。医療技術ではなく医療行為を人類学の視座から分析していくこの本では、この目線が重要になる。
それに基づいて、呪術、憑依、シャーマニズム、帝国医療、リプロダクション、女性身体論、エイジング、狂気論という個別論を、読みやすくコンパクトに、かつ過不足なく纏め上げてある。人類学の研究なので、さまざまな場所に身を置いてのフィールドワークが文献・理論研究と同時に提示され、説得力を増している。
医療という研究対象だけではなく、人類学という研究手法についても意識が細かいことも、この本のよいところである。どの章でも、かつての医療人類学のスタンスへの批判的態度が貫かれ、さまざまな視座が紹介されている。入門書という位置付けから鑑みても、偏向や思考誘導は望ましくない。その点、この本は人類学が持っていた(持っている)問題点をしっかり見据え、丁寧に論を進めている。
論集という形式ながら文章全体のクオリティが高く、各章が医療人類学というテーマに修練する構成も非常に良い。論集はどうしてもクオリティやテーマが分散しがちだが、一定上の高い水準でまとまっており、読みやすく面白い。同時に、複数筆者ゆえの専門分野の多彩さ、思考の複雑さ・重層性も入門書として大きな利点だろう。
なじみのないジャンルであったが、読みやすさと丁寧さ、面白さで非常に引き込まれながら読んだ。名著である。