イマワノキワ

TRPGやアニメのことをガンガン書き連ねていくコバヤシのブログ

針の上で天使は何人踊れるか

ダレン・オルドリッジ、柏書房。中世初期からルネサンス初期、年号的に言えば600〜1500年までの世界において、一見奇妙勝つおろかに思えるさまざまな事態を、当時のキリスト教世界の背景を考察しつつ理解していく本。サブタイトルは幻想と理性の「中世・ルネサンス
神学会議において天使の食欲や針の上に存在できる数を議論し、動物を絞首刑に処し、魔女裁判や異端裁判が行われていた中世。理性の光及ばぬ時代として戦前の歴史学においては低い評価を受けていた「暗黒時代」だが、ホイジンガを初めとする歴史家により、その認識も改まった。この書物はその系譜に属し、中世と現代の親和性ではなく、奇異さ・異常性をあえて取り上げ考察していく。
上記の本のように、過去と現代の差異は面白おかしく、そして終わったものとして考察されがちである。それは一部正しい。もはやキリスト教父論理は過去のものだし、それを信じて人生の全てを活動できる人物などほとんどいない。が、同時に歴史学というものは一度死んだ世界を生き生きと復活させることのできるものでもある。
丁寧な資料調査と考察、事実を細かく分解するような解釈の積み重ねという学問手段により、「信じられない」ほど愚かしく、奇妙だった事象はある種の説得力と合理性を持ち始める。異端を迫害するものには異端を迫害するものとしての、魔女を捌くものには魔女を捌くものとしての、それぞれの理論があった。その背景になったのは教父哲学とスコラ学により完成された、高度なキリスト教論理であり、同時に人生の全ての規範がキリスト教倫理によって決定されている中世という時代の特異性でもある。
この本で取り上げられている事象は、本当に不明である。どれもこれも道理に合わず、愚かしく思える。だが、現在とは異なる中性という時代、キリスト教という思想背景を丁寧に分析することで、不明は解体され、理解は可能になる。このような行為こそが、学問の力といえるのではないだろうか。不明を不明として投げ捨てず、丁寧に解明して理解する努力。それは重要であるし、何よりも面白い。
丁寧な歴史学の視座と方法論で、オリジナルなテーマに取り組んでいる本である。名著。