イマワノキワ

TRPGやアニメのことをガンガン書き連ねていくコバヤシのブログ

自動車爆弾の歴史

マイク・デイヴィス、河出書房新社1920年から現代に至るまで、自動車爆弾がいつ、いかなる方法で、誰によって使われてきたかの通史、と見せかけて、その裏側にある構造にまで踏み込んだルポタージュ。英語タイトルは「Buda's Wagon」であり、1920年9月、ウォールストリートにおいて世界で始めて荷馬車爆弾を爆発させたイタリア系アナキスト、マイク・ブダから取られている。
英字タイトルから解るように、この本は1920年ウォールストリートから2008年バグダッドまで、20世紀を通して「自動車爆弾」という破壊的物質が使われた歴史を扱っている。そのカタログ化は徹底的に洗練されていて、丁寧な取材、圧倒的な資料の掘り下げ、無駄のない筆というジャーナリズムに必要な武器を的確に繰り出し、その効果を高めている。
何よりも記すべきなのは、この本の文字集合としての分厚さだろう。「自動車爆弾」というマテリアルがいかなる効果を持ち、いかなる有用性を持つのか。それに誰が注目し、いつ、どのような効果を期待して爆発したのか。この本の縦糸といえる時間軸と地域軸にそって、それらの事象は徹底的に分解され、カタログ化される。不要な主張を含まないそれらの列挙は、自動車爆弾の爆破、というスキャナダラスな事実を冷静に追いかける、非常に力強い手助けになっている。
そして同時に、ただ事実を列挙するだけではない、強烈な繋がりとして、筆者の視座がある。「貧者の空軍」とされる自動車爆弾を、例えばCIA、KGBモサドSAS他権力が所有する情報/暴力組織もまた、対抗的に使用し続けてきた事実の指摘。確実に「自動車爆弾大学」とも言うべき技術提供の流れが、が米ソ両方に存在し、それが現在もなお大きな影響を持って(それこそ文字通り)炸裂していること。
筆者はジャーナリストの本分をはみ出すことなく、しかし冷静な事実の切断によって、己の立場を明らかにしてくる。自動車爆弾が爆発するとき、それは具象として爆発するだけではなく、それが組み込まれた大きな系の中でも爆発しているのだ。その抽象もまた、単純な事象としての自動車爆弾爆発の内側に繰り込まれており、それは事件の周辺を丁寧に調べ上げ、書き記すというジャーナリズムの骨格によって明らかにされている。
純粋にジャーナリズム的な事実の追求と、己の視座の提供のバランス。無味乾燥な事実の列挙とも、プロパガンダを隠した誘導ともことなる手法は、始まったときから常に非対称的だった「自動車爆弾」という物体/事件を扱うこの書物において、非常に有益な態度である。非対称な事例とは即ち、二者もしくは三者以上の立場が複雑に錯綜した事態であり、その意図/糸をほぐし、考察の助けとするためにはこの本のような鋭い切り口が必要になってくる。
ジャーナリズムが持つべき冷静な客観性と、柔らかな主張双方を高いレベルで備えている書物である。名著。