イマワノキワ

TRPGやアニメのことをガンガン書き連ねていくコバヤシのブログ

魔法つかいプリキュア!:第2話『ワクワクの魔法学校へ! 校長先生はどこ!?』感想

ワタシとアナタが出会って始まる物語、今週はいい旅魔法界気分。
物語のもう一つの舞台となる魔法界を、何も知らない主人公・みらいの目を通して解説しつつ、出会って間もない二人のぎこちない距離感と思いやりを描く回……でいいのかな?
今シリーズのイケメン担当も出てきましたが、まった胡散臭いナリしてんな……大丈夫かコイツ。(カナタ大先生の登場時も訝しんでいた、節穴マンの寝言)

今回の話は魔法界という舞台の空気や設定を視聴者に見せるのがメインで、序盤のカタツムリニアから始まって校長先生探しに戦闘と、激しく場所が入れ替わるお話でした。
カタツムリが牽く次元列車や龍の吐息で凍らせた冷凍みかん、魔法の杖が生る樹など、細やかに夢いっぱいのファンシー設定は結構好み。
スタイリッシュにとがらせるのではなく、童話的泥臭さを残したままお出しするのがまほプリのスタイルなんかな……好みの味付け。

今回紹介されたのは魔法界の『外側』でして、みらいとリコの青春が展開するであろう学園や街、魔法界の『内側』に関しては来週に回した形です。
やっぱ衣食住と教育が関係する部分が見えてくると、作品に生活臭が漂ってくるからな……ここら辺の取り回し方は、来週に期待したい。
わりとじっくり、腰を落ち着けてファンタジーな世界を追体験させてく構成ね。


今回は魔法界観光と同時に、みらいとリコの掘り下げをかなり丁寧にやってました。
人間関係でも積極的にグイグイ来て、どんどん正解を言い当てていく才能型のみらいは、長い間眠っていた杖の樹を活性化させる奇跡を起こし、主人公ゆえの特別性を主張していました。
知らない間に正解を引き当てる幸運と才能は、偶然校長先生と出会ってリコの退学問題を解消してしまう卒のなさにも現れています。
相当なくされポンコツなのに何かとお姉さんぶり、劣等性なのに大逆転の宝石ハントを狙って校則違反も辞さないリコとは、かなりの違いがあります。
『持ってる』みらいと『持っていない』リコの対比は、第1話から継続している感じです。

『正反対で接点もなかった二人が、運命の導きでジワジワ距離を詰めていく』という展開は、やはり初代プリキュアの序盤を思い出します。
なぎさとほのかと大きく異なるのは、みらいが出会いの瞬間からリコに惚れ込んでいて、彼女のピンチを無償で助けてくれる積極性があることでしょうか。
これは話が停滞しなくて良いんですが、『持ってる』みらいに『持ってない』リコが無条件に引っ張らる、一方的な構図にもなりかねません。
第2話までだとポンコツリコがやらかしたミスを、みらいが天性の才能でカバーする構図が連続している。
これは結構、リコの役割を『負け役』に固定してしまい、みらいのキャラ性を『勝ち役』に限定してしまう見せ方のようにも思えます。

無論そういう一面的な描き方だけではなく、リコだけが持っている強みとか、傷がなさそうに見えるみらいの欠点だとかは、今後描かれるでしょう。
というか、そこに踏み込まないとみらいが担当している綺麗事に、説得力と魅力がなくなっていく。
『友達を無償で助ける』『失敗を恐れず積極的に進む』というみらいのスタイルはお話をどんどん先に進めてくれるし、『素直で優しくていい子だな』とも思うんですが、捻くれた視聴者としては彼女の光だけではなく、影の部分も早く知りたい。
みらい自身が補いきれない欠点を見せることで、それを埋めるリコの長所とか、二人の関係性も巧くかけると思うし。

リコに関しては、基本『負け役』を担当しつつも、そこから踏み出した美点がしっかり描かれていて、かなり好きになれるキャラクターです。
すぐ見栄張って嘘つくし、魔法の腕は良くはないし、無条件で正解にたどり着けはしない凡人なんだけど、受けた恩義と優しさに報いる真っ直ぐさをちゃんと持っていて、受け身ながらも優しい子だと思います。
この光と影のバランス、ただの『負け役』で終わらせないチャーミングな見せ方は、凄く成功していると思う。
みらいの真っ直ぐな好意を素直には受け取れなくて、なんとか上に立とうとして天然の人徳に押し流され、生来の人の良さも合わせて『ありがとう』って言っちゃう人間味が、僕は好きです。


主役二人に焦点を合わせているせいか、敵さんの狙いや組織構造、行動原理なんかはまだ良く見えません。
まほプリが『悪の組織と戦う、正義のヒーロー物語』という基本的な構造を持っている以上、主人公達の美点を映す鏡であり、彼女たちが成長するために必要な障害でもある敵の描写は、結構大事だと思います。
しかしまぁ今ん所トラブル発生装置以上のものではなく、彼らが象徴するものはああまり見えません。

僕はすぐにアニメ全体の見取り図を欲しがる悪癖があるので、まほプリ第1話・第2話通して感じる『兎にも角にも"ふたり"だッ!!』という思い切りの良いアングルに、少し落ち着かない感じを覚えます。
このお話は一体何がテーマで、どういう切り口でそれを掘り下げ、キャラクターは物語の中でどういう立ち位置に座り、何を目指して進んでいくのか。
焦り過ぎと分かっていても、あまりにも早い段階で全体像を把握しすぎる性分は止められず、それを判断する材料が少ない現状、やや不安であります。

しかし一度客観的な視点に立ってみると、大きい物を捉えようと距離を取って客観的に描くアングルではなく、主役二人をクローズアップで捉え、共感とダイナミズムを大事にするアングルこそが、このアニメの特徴なのかなぁとも思えます。
あんま過去作に縛られるのもなんなんですが、前作"Go! プリンセスプリキュア"は自分たちが何を作り何を届けようとしているのか、常に客観的に立ち位置を把握し、的確に表現する『遠くて大きい』アングルに特徴があったように思います。(そういう客観性に卓越しつつ、キャラクター個人の人生の物語を圧倒的な温度で描ききっていることが、あのアニメの圧倒的優越の根拠だとも思いますが)
これに対し、ジワリとした話運びで主人公達の出会いを描き、彼女たちが飛び込んでいく美しく温かい世界を一人称で描くことに注力している今作は、『近くて小さい』物語として始まっているのかもしれない。
とすれば、全体像が見えてくるのもやや時間がかかるのかなぁと、逸る気持ちにブレーキをかけている最中であります。

『とっとと青写真を渡して、俺を安心させろッ!』という自分の欲しがりっぷりを宥めて見直すと、『繋がる手』を印象的に使いながら見せる、見知らぬ少女たちの出会いは凄く柔らかく活き活きとしていて、まほプリにしか描けない絵になっていると思います。
みらいの情熱が暴走気味なところも、彼女がリコに抱いている感情の量が溢れんばかりだということを強く感じさせるし、リコが若干引き気味ながらも、自分に一生懸命になってくれるみらいに心を動かされ、だんだんみらいの事ばかり考えるようになる様子も、出会いの運命を感じさせて素敵です。
広い画角で色々なものを捉えるよりも、とにかくクローズアップで少女が少女に、人間が運命に出会う過程を接写し続ける細やかさが、このアニメの選びとった方法論なのかなぁと、少し思いました。

人間と人間が出会う物語をクローズアップで取り過ぎると、『"ふたり"以外要らない』という歪んだ関係性描写にも繋がりかねませんが、主人公二人を完全な初対面にさせたことと、みらいとリコの間に環状の温度差を維持することで、そこはつかず離れずのいい間合いが生まれている気がします。
今後学園や街の描写が増え、少女たちが身を預け支えてもらう他者の姿が見えてくると、広がった世界に更に良い空気が流れ込み、健全な信頼関係が加速するという期待もある。
無論、世界を描きつつもそこから影響を受けず、二人の関係性に閉じ籠もる描写を続けることで、世界が主役たちに関係を拒まれる無力感が加速することもあるわけですが……まぁ杞憂だと思います。

恐ろしいことに、『"ふたり"以外要らない』という閉鎖性は、そこに流れる感情の熱量を高め、湿った快楽を加速させる側面もあるし、ある程度そういう感情を描かないと"ふたり"が特別だという描写に説得力がなくなってくるのも難しいところです。
しかしまぁ、現状の主役二人(特にリコ)の描写を見るだに、出会った運命の特別さと、それを支えてくれる特別ではない存在への感謝、両方をバランス良く描いてくれそうな気配はあります。
とりあえずみらいの短所描写が早いとこ欲しいな……ポンコツにしろってわけではなく、優れた存在が故に発生してしまう取りこぼしとか、前向きだからこその足元のおろそかさとか、光と影両方に目配せをした描き方がいいな、僕は。