イマワノキワ

TRPGやアニメのことをガンガン書き連ねていくコバヤシのブログ

舟を編む:第3話『恋』感想

人生という名前の大海原に、辞書編纂と恋で漕ぎ出していく実直お仕事アニメ、今週は遅い恋と早い友情。
前回運命的な一目惚れを果たした馬締くんが、西岡の社交力に引っ張られて外堀を埋められ、男二人が月下の逢引に飛び出していくお話でした。
このアニメらしいヘンテコな、しかし魅力ある方向から進んでいく恋、辞書編纂を身体に教え込みながら惹かれ合っていく男と男の姿がきめ細かい芝居で描かれ、非常に面白かったです。
地道で実直な作品の味を壊すことなく、カロリーの高い作画(原画に田辺修!)と細やかな美術でコクを出していくスタイルは、やっぱ強いなぁ……。

というわけで、馬締が手に入れた(もしくは運命的に巻き込まれた)新しい生活の妙味を伝えてくる今回は、恋のお相手である香具矢と同時に、同僚である西岡が目立つ話となりました。
見直してみると、香具矢と馬締はほとんどマトモに言葉をかわしておらず、西岡が先導する形でコミュニケーションの輪郭が描かれています。
恋をしているのは馬締なのに、本人が話すより先に職場の連中が『結婚まで視野に入れたおつきあい』まで進めてしまうのは、普通の視線から考えればおかしなこと。
しかしこのアニメ自体が、辞書編纂というテーマにしても、キャラクターの描き方にしても、『普通とは少し違うけれども、踏み込んでみれば非常に滋味があって面白い』ものを取り上げているので、恋もまた少し奇妙で、しかし温かい風情をまとって進んでいくわけです。

恋を前に足を止めてしまう馬締と、辞書編纂にあまり真剣になれない西岡。
今回の話はためらいと踏み込みの物語でして、境界線を示すレイアウトがズバッと刺さる演出が生きていました。
玄関先で香具矢と話す馬締は縦に世界を切り分ける柱を一歩も超えることなく、香具矢の年も自分の素性も知り合うことがないまま、仕事に行ってしまう。
机と机が隣り合う境界線をぐいっと越えて、西岡はそんな馬締の奇妙な恋に踏み込み、一気にお話を進め、人間関係を円滑にしていく。
そうして踏み込んだ馬締の領分の中で、西岡は言葉の意味に分け入るディープな感覚を共有し、馬締もまた西岡の社交性に憧れ、割烹からの帰り道、ガードレールが作るラインを飛び越え、隣り合って月(香具矢の故郷!)を見上げる。
運命のいたずらによって職場を共にし、人生の大切な時間を共有することになった男たちが、どういう心理的距離で隔てられ、それをどう乗り越えて親しくなっていくかが非常に明瞭に示されていました。

細やかな芝居も美麗な美術も、基本的には『このお話はどういう物語なのか』『このキャラクターは何を考えているか』という、非常に根本的な要素を的確に伝えるために活用されているのが、このアニメの強いところだと思います。
職場で『お前まさか童貞ッ!』と叫んでしまう西岡は無神経なやつですが、いじられ役とマネージャーを兼任し、優秀な社交エンジンでグイグイと人間関係を回していく、頼れる男としても描かれている。
それは彼が持っている個性を仕草に乗せて無言で表現し、納得させる演出力があってこそ生きるギャップです。
そういう細やかなギャップが全てのキャラクターにあり、まるで身近な人物のようにその差異点を味わえることが、この地味な物語を非常に身近で、地味だからこそリアルな手触りで楽しめるアニメとして届けてくれる、大きな一因でしょう。
いじられ役としてひとしきりおどけてみせた後、『よし、上手く行っているな』と冷静に確認し、己の社会的演技に満足しているような西岡の一瞬の表情を捉えられる、細やかな強さがこのアニメにはあるわけです。


人間の味わいという意味では、とにかく気合の入った食事シーンが毎回入るアニメでして、今回も香具矢の職場である割烹で美味しそうな料理がたくさん出てきました。
『食事シーンを入れれば、即座に人間味が出る』というほど単純なものではないでしょうが、食べ悩み笑う存在としてキャラクターを身近に受け取り、シーンから記号的な臭みを取って人間の香を出すためには、衣食住に拘るのは有効な手だと思います。
個人が食事を取る姿でも人間は見えてきますが、このアニメではむしろ共食が作る結びつきが非常に強調されていて、同じものを同じように食べる辞書編纂部の結びつきを同じくすることで、視聴者も彼らを身近に感じられると思います。

今回の食事シーンは上座下座のハッキリした和食であり、松本先生を頂点として導き、導かれる『組織としての辞書編纂部』の心地よさを、はっきりと感じることが出来ます。
それは整然と進む美しい食事だけではなく、人生の先達として、辞書編纂にすべてを捧げた生き証人として『恋』を語る松本先生の、柔らかな導きからも感じ取ることが出来る。
興味本位のウザ絡みと捉えられかねない西岡のスタイルも、松本先生に細やかに酒を勧め、心地よい上下の節を維持する姿を見ることで、その奥に細やかな気配りと他者性の尊重があることが判る。
このように日常的な暖かさを積み上げることで、西岡がトイレで聞きつけた『大渡海編纂中止』という大ニュースは視聴者にとってもショックであり、どうにかして回避しなければならない一大事として実感されるわけです。

西岡の『ウザいけど相当視野が広くて、良い奴』という多面性をしっかり描写することで、馬締が西岡に惹きつけられる気持ちに分厚い説得力が生まれ、美しい夜を男二人が歩くシーンが運命的必然に感じられるのは、非常に上手いし心地よいところです。
この気持ちは馬締の一方通行ではなく、辞書編纂をするために生まれてきたような男と隣り合い、その情熱を正面からおッ被ることで、西岡もまた馬締に、そして辞書編纂に惹きつけられていく相互作用としてしっかり描かれています。
事務机に腰を落ち着け、カードを一枚一枚めくりながら文字に分け入っていく地道な仕事ぶり、そこから言語への興味を思い切り暴れさせ、『おシャマとおキャン』の差異に切り込んでいく馬締の才覚をパワフルに描けているからこそ、馬締が西岡を引き込む引力にも、納得がいく。
男二人の関係がけして一方通行ではなく、相互的に描かれているのは、上下の節がしっかり付いた部内の関係性とはまた違う、水平方向に流れる平等な気持ちよさを強めてくれます。

西岡は偏屈者の集合体である辞書編纂部の『異物』であり、真面目一辺倒になりがちな展開を掻き回す『トリックスター』であり、重苦しくなりがちな空気を笑いで抜く『道化師』であり、変人たちが持たない社交性を活用する『外交官』でもあり、そこまで一つの物事にのめり込めない視聴者『代弁者』でもあります。
彼が様々な役割を担ってくれるおかげで、辞書編纂部の奇妙な魅力を分厚く押し出し、主役に思う存分変人を演じさせることも出来るわけで、圧倒的にいい仕事しているなぁと思います。
彼が視聴者の『本音』をダラダラと語ってくれることで、『自分の感覚が今まさに言葉にされた!』という気持ちよさが生まれるし、ストイックで異質な辞書編纂者の挑戦に置いてけぼりにされることなく、『緩くてダルい俺も、この話を好きになっていいんだ!』と思えるわけで。
かといって物語的な役割に押し流されているわけではなく、西岡は西岡らしく、長所も短所もたっぷり見せつけながら自分の人生を存分に生きている。
物語的な役割を果たしつつ、キャラクターの個性を活き活きとドラマに盛り込んでくる筆が冴えていることは、この地味な話に油を乗っける大事な要素なのでしょう。
そういう生き生きとしたキャラクターが感情を動かされ、お互い惹かれ合い、ドラマチックに一つの月など見上げてしまう展開には、やはりしみじみとした充実感が満ちています。


西岡とは相互的で平等な関係が気づけている馬締ですが、香具矢が馬締をどう思っているかは、今回さっぱり見えてきません。
今二人の関係はタイトルに有るような『恋』ではなく、『ひとつ屋根の下の同居人』『店にやってきたお客』という表面的なものでしかない。
馬締が『恋』に浮かされ上がったり下がったりする様子は、猫背で街を歩くとんでもなく可笑しい芝居のなかでよくよく感じ取れるのだけれども、西岡と違って香具矢に馬締の引力が効いているかは、今後見えてくる内実です。
それを掘り下げる前に、職場の心地よさを強化しつつ、おせっかいな仲間が外堀を埋める展開を先にやってしまうのは、的確なスクリューが効いている。

恋愛の辞書に乗っているようなやり方ではないけれども、馬締の恋は見ていて応援したくなるような面白さと愛おしさが満ちていて、ちゃんと先が見たくなるロマンスに仕上がっているし、それが先に進む物語的整地も今回、丁寧に果たされたわけです。
男と男が認め合い憧れ合う視線がどう絡むかと同じくらい、馬締の恋がどう進んでいくかも、非常に楽しみですね。
坂本真綾の演技含めて、香具矢が強い意志と清廉な凛々しさを兼ね備えた尊敬できるキャラクターとして描けているのも、凄く大きいと思う。
髪をまとめ上げた板前衣装、凄く良かったなぁ……『あ、これは好きになる』という説得力があったし、俺も好きになったマジ。


というわけで、今週も地道にお仕事し、トンチキに恋が進み、真っ当に男の背中に憧れる、充実感のある人生のアニメでした。
お仕事アニメとしてみても、辞書編纂の細かい部分に段階を踏んで踏み込みつつ、その醍醐味ややり甲斐を上手く伝えてきて、見ていて楽しい仕上がりですね。
色んな領域に慎重に踏み込みつつ、地味さと背中合わせのリアリティを崩すことなく、多様な楽しさを盛り込む。
とても難しいことに全力で向かい合っていて、やっぱ良いアニメだし、面白いアニメだなと感じます。

不可思議なれど魅力たっぷり、玄武書房のガラパゴスとして辞書編纂部をしっかり浮かび上がらせたこのアニメですが、次回は合理化の波が真正面からぶっかかって来そうな塩梅。
チームとしての魅力が匂い立ってきた彼らがこの難局をどう乗り越え、どう絆を深めていくのか。
馬締の奇妙な恋はどういう道行きを辿り、どういうラブが実るのか。
ページを捲りたくなるヒキもしっかり強いこのアニメ、やっぱ面白いなぁ。