プロセカイベスト”そしていま、リボンを結んで”を読む。
— コバヤシ (@lastbreath0902) 2022年8月21日
瑞希のもとに届いた姉からのプレゼントは、ニーゴが生まれたあの日を思い出させる。
深い闇の奥に瞬く光を、確かに見つけた思い出を結んで描かれるのは…という、ニーゴ/ZERO第二弾である。
”いつか、絶望の底から”補論…とも言えるか。
ニーゴは幸福の先に哀しみが、痛みの奥に喜びが、未来の果てに過去がある人生の不思議さをよく彫り込むユニットなので、メンバーの過去編は多い。
— コバヤシ (@lastbreath0902) 2022年8月21日
くわえて『既にニーゴが出来ている』状態から物語が始まる特異性もあって、ユニット自体の成立も過去編として、個別のエピソードを用意される。
前回は楽曲のコアメンバーであるK&雪の出会いが描かれたが、そうしてウェブに蒔かれた種子が未来の同志にどう着弾し、芽を出してニーゴが生まれたのか、ヴィジュアル担当の視線から語っていくエピソードとなった。
— コバヤシ (@lastbreath0902) 2022年8月21日
結成以前のニーゴ、軒並み消えたい死にたい以外ないツラしてて、不健全極まりなく最高
瑞希エピということで、ずっと匂わされ隠され続けている心残りに、遂に踏み込むかという思いもあったのだが、そこはあくまで輪郭をなぞる程度であった。
— コバヤシ (@lastbreath0902) 2022年8月21日
しかし瑞希の生活から色が消え、学校に行けず楽しみもない状態に追い込まれた裏に、アイデンティティの問題が濃くあることはしっかり示された。
幸い家族は暁山瑞希が暁山瑞希でいること自体の奇跡を何より大事にしてくれる人たちで、『こうあるべき』という形を押し付けず、辛く動けない現状全部ひっくるめで、優しく見守ってくれている。
— コバヤシ (@lastbreath0902) 2022年8月21日
そこにありがたみを感じつつも、家族だけでは魂を満足させられない瑞希は、精神的社会的発育が早い人物だ
自分が大事だと思えるものを、血や友情といった太い縁で結ばれた人以外にも肯定して欲しい。
— コバヤシ (@lastbreath0902) 2022年8月21日
青年にとって当然とも言える願いは既に幾度も踏みにじられ、瑞希はリボンをつける自分を一度捨て去って、全てを諦めた眼で屋上にいた。
そこで隣あえた類が、どれだけデカく瑞希の心に座っていたのか。
失った後の空白が、痛みを込めてそれを教える。
— コバヤシ (@lastbreath0902) 2022年8月21日
コッチが想定していたよりも瑞希の対類感情がデカくて、しかし瑞希の人格と立場を思えばそうもなろうという、不思議な納得もあった。
心を許せる友もなし、傷ついた自分を重ねられる物語も終わり、優しく見守ってくれた姉も旅立つ。
八方塞がりの青春で、どす黒く瞬いたのが黒いサムネのKの曲である。
— コバヤシ (@lastbreath0902) 2022年8月21日
世代ごと具体的なアーティストは違えど、死に至る青春痛への処方箋になる音楽ってのは絶対あるし、必要でもある。
父を潰した代理として、救済をばらまくKの”痛い曲”は、同じで違う苦悩を抱えた同年代にズブズブ刺さっていく。
これは絵名も同じで、親父と師の言葉に呪われ自分を見失い、プライドをずたずたにされてなお諦められない苦悩の中で、インスタントな外形承認がピコピコ鳴り響く。
— コバヤシ (@lastbreath0902) 2022年8月21日
こんなものなにかの代理でしかなく、本当に欲しい物じゃないのに、麻薬のように痛みが誤魔化されて、止めることは出来ない。
俺の脳髄にもぶっとく刺さってる実感がある、デジタル化され可視化された承認の快楽。
— コバヤシ (@lastbreath0902) 2022年8月21日
クリック一つで傷が治る魔法に、しかし可愛い面ではなく指先から生まれる表現をこそ自分だと思って欲しい…『絵描き』であることを証明したい絵名は酔えない。
そこに彼女の辛さ、矜持とアイデンティティもある。
なんでこんなに分かるのか、響くのか、刺さるのか。
— コバヤシ (@lastbreath0902) 2022年8月21日
理解らぬまま己が使える表現で揺さぶられた心を形にし、楽曲をイラストに、イラストをPVに創造していく若きクリエイターたち。
『10代の暴走超特急ぶりマジやべぇ!』って突っ走り方だったが、この熱と早さはリアルだった。
Kの曲が救済足り得るかは、それに突き動かせ走り出した者たちが救われるかどうかで決まることなので、ニーゴが終わるまでわかりゃしない。
— コバヤシ (@lastbreath0902) 2022年8月21日
しかし実際クレイジーなガキどもが、いてもたってもいらねぇ所まで心を高ぶらせて、自分を終わらせるより何かを形にしたくなった時点で、”感動”はさせている。
ここで動いた気持ちが楽曲なりイラストなり動画なり、他人へのメッセージたりうる創作物に繋がるところに、ニーゴはニーゴになるしかねぇ連中だったんだな…という気持ちも生まれる。
— コバヤシ (@lastbreath0902) 2022年8月21日
Kと雪の叫びが籠もった歌を聞いて、同じだけど違う、違うだけど同じ衝動を、自分だけの表現にしたくなった。
だから、作った。
— コバヤシ (@lastbreath0902) 2022年8月21日
暗い迷路の奥でそう体が動いてしまうのなら、そいつはクリエーターなのだろう。
幸福なことなのか、不幸なことなのかは解らない。
この不幸をよく知っているので、東雲父は絵名にああいう言葉を投げつけ、娘の魂を粉微塵にしちゃったわけだが…。
ファーストコンタクト時、ようやく自己を承認してもらえたえななんが熱に浮かれたように共同作業に前のめりなのに対し、Amiaがやや引いた距離で冷静に、丁寧に対応しているのが面白い。
— コバヤシ (@lastbreath0902) 2022年8月21日
これまでの描写からも強火のK信者っぷりが透けてた絵名だが、あの対応は狂うよそら…。
今回、クリエイティブディレクターとしての奏が結構面白い書かれ方をしていた。
— コバヤシ (@lastbreath0902) 2022年8月21日
彼女は嘘なく率直に、自分の心を揺らしてくれる、同じ波長ながら違う才能との出会いにどう感動したのか、しっかり伝える。
自分がどうしたくて、自分たちがどうなりたいのか、かなり前向きなヴィジョンを提示する。
これが”I need you”をずっと待ってたえななんにズッパまりして、あのヤバK信が生まれるわけだが。
— コバヤシ (@lastbreath0902) 2022年8月21日
救われてはいけないと己を縛り付けてる奏は、ニーゴのセンターであるKとしては、より善いものを作り、より善くなっていく自分に肯定的だ。
クリエイティブには、絶望を前向きにするフィルター効果がある
これはKのラブコールに、一歩引いてる瑞希も同じだ。
— コバヤシ (@lastbreath0902) 2022年8月21日
自分の”好き”とか”本当”とかを差し出しては泥の中に投げ捨てられ、土足で踏みにじられた挙げ句魂のない珍獣扱いされてきた瑞希にとって、感じたことを素直に言うのは怖い。
信じて裏切られ、求めて喪われるのにはもう耐えられない。
屋上で見せていた諦めた視線を、しかしニーゴは許してくれない。
— コバヤシ (@lastbreath0902) 2022年8月21日
本気で魂を絵に込めているえななんは、”本当”を言ってもらって傷つくと知りつつも、それを知りたがる。
おためごかしも気持ちいいだけの承認も、自分を歪めるだけだと知っているからだ。
なら、本気でぶつかって欲しい。
そう求めるのは人間関係を熱く嘘なく作りたいからではなく、ただただいい絵を書いて、自分を救ったKの楽曲をより強く、より真実に世に問うためだ。
— コバヤシ (@lastbreath0902) 2022年8月21日
いいモノ作って、色んな人に届けて解ってもらうためだ。
ただそのためだけに、Amia=瑞希は”本当”を心から求められる。
それを突き出さなきゃ、納得してくれない…という魂の重量感と、それを突き出しても逃げないし引かないという信頼感を、瑞希はナイトコードの会話越し、すでに感じていたのだと思う。
— コバヤシ (@lastbreath0902) 2022年8月21日
だから絵に感じた違和感、自分が楽曲から得たイメージを率直に語り、共有されていく。
学校においては『変なの』とバカにされるだけだった”好き”は、クリエーティブの現場においては作品を練り上げるための必須の材料であり、他人の”好き”と混じり合いながら形を変え、より自分の中の真実に近い形に錬成され、四人が総力を込めた創作物として、目に見える形にもなる。
— コバヤシ (@lastbreath0902) 2022年8月21日
自分が大事だと思えたものを、隠さなくても良い。
— コバヤシ (@lastbreath0902) 2022年8月21日
むしろそれこそを求められ、”好き”に対する真摯である意味狂的な姿勢こそが、求められる水準を超えていく。
そういう場所に身を置けたことで、瑞希はクリエーティブを通じた自己承認を作っていく。
僕はニーゴに限らず、プロセカの子たちがゴリゴリ机に向かって、自分たちが見据えている音楽を形にするべく必死に角付合わせ、ウンウン唸ってる描写が好きだ。
— コバヤシ (@lastbreath0902) 2022年8月21日
悩めるクリエーター讃歌、先も見えぬまま突っ走る若き創作者へのエール。
”初音ミク”が始まった時、実際に世界に溢れた野放図な情熱の音。
数多のクリエーターをメジャーシーンのトップまで押し上げたその炸裂が、”初音ミク”というツール/メディアを通じて今も世界のどこか、演者を変えて燃えている。
— コバヤシ (@lastbreath0902) 2022年8月21日
そんな風を、感じられるからかもしれない。
現在進行系の物語として、創作集団の物語が元気なのはやっぱ好きだ。
真剣クリエーティブ道場でのぶつかり稽古を経て、生まれたPVはKの心を揺さぶり、Amiaの苦しくて優しい創作をもう一度、ともに世に出したいと言わせる。
— コバヤシ (@lastbreath0902) 2022年8月21日
Kの音は暗い眼したニーゴのガキ共を救ったが、そいつらの生み出す夢が、救済に呪われた少女の光でもあんだよなぁ…。
運命と出逢ったこの闇の中に光に、もう一度体を預けて良いのか。
— コバヤシ (@lastbreath0902) 2022年8月21日
震える瑞希に、姉が優しく寄り添う。
お姉さんとの対話はプロセカでも一二を争うレベルで好きなシーンになってしまい、ここまで瑞希を間近で守ってくれたお姉さんの気持ち、そうしてくれたから繋がったもののありがたさに、ただ涙である
自分一人では見えない、出せない答えを、自分が見えているものを押し付けるのではなく、前に進むための問いかけとして、閉塞した世界を壊す優しい爆弾として差し出して、新たな物語を紡ぎ出す。
— コバヤシ (@lastbreath0902) 2022年8月21日
お姉さんが今回瑞希にやったのは、普段ならバチャシンが担当する行為だと思う。
この段階の瑞希はセカイに出逢っていないから、設定的にバチャシンが顔出すわけがないんだけど、しかし如何にも優しき妖精がいいそうなことを、自分の大切を受け入れられず、諦めて捨てきることも出来ず、世界一カワイイのに暗い眼をした瑞希の、ずっと側にいた姉が届ける。
— コバヤシ (@lastbreath0902) 2022年8月21日
自分の中ではデカかった。
バーチャル・シンガーが体現している正しさ、優しさ、賢さ、強さは彼らが生身の肉体を持たない電霊であり、イデアルな存在だからこそ理想的な立ち回りができるわけではないのだ。
— コバヤシ (@lastbreath0902) 2022年8月21日
瑞希の悲しさや苦しさに目を向け、それだけでは終わらない輝きを見つめ、己が差し出せる、繋げるものは何か考える。
そして実際に扉を開けて語りかけ、何者にも成れ何者でなくともキミである瑞希に愛のリボンを手渡して、背中を押す。
— コバヤシ (@lastbreath0902) 2022年8月21日
そういうことが、生身の人間にもしっかり出来るのだ。
そこには、仮想の救済者だけがセカイを正しく保たなくてもいい、ある種の公平さがある。
そう出来る人が、ちゃんといるのだ。
無論そういう善なる可能性はこれまでの物語でも幾度も示され、足踏みする人を前に押し出している。
— コバヤシ (@lastbreath0902) 2022年8月21日
しかしニーゴの社交担当、踊る赤ちゃん人間の引率者、人格バブバブ野郎どもの青春先生こと、優しく頼れる暁山瑞希があそこまで追い込まれ、己の震えを表にした時…
それを抱きしめ、なかなか表に出さない弱さを否定せずに、強さに変えてくれる存在が生身でいてくれた事実が、別格に胸を打ったのだ。
— コバヤシ (@lastbreath0902) 2022年8月21日
理解と忍耐を兼ね備えた家族を持ち、答えを押し付けずにじっと待ってくれる環境にいたことは、様々に過酷な瑞希の青春にとって、まったく幸運なことである。
お姉さんは瑞希がいつか再び付けてくれることを願って、自分の”好き”を込めた…他ならぬ瑞希こそが守ってくれた可愛いリボンを、餞別と手渡す。
— コバヤシ (@lastbreath0902) 2022年8月21日
それは飾ると同時に繋ぐ道具で、離れていたものを結びつける権能は後に、ニーゴやそれ以外の仲間と瑞希を出会わせ、土壇場で手を伸ばさせる助けとなる。
同じ紐状の道具でも、まふゆを縛るマリオネットの糸とは大違い…とは、僕はあまり思っていなくて。
— コバヤシ (@lastbreath0902) 2022年8月21日
リボンも傀儡糸も、素材は”愛”なんだと思う。
それが自分のエゴから出た理想形を編んで、相手を縛るために作られている(ことに無自覚だから、それを”愛”と思える)のか…
自分すら捨てようとしてる輝く理想を、信じる気持ちで編まれているかは、大きな違いだろうけど。
— コバヤシ (@lastbreath0902) 2022年8月21日
冒頭、”迷い子の手を引く、そのさきは”のエピローグ気味に、まふゆの現状なども描かれる。
彼女はやっぱりお母さんが大事で、でも自分の”好き”を否定されるのは怖くて、板挟みの動きにくい状況にある。
言いつけどおりナイトコードに来なければ、母の求める人形のままでいられる。
— コバヤシ (@lastbreath0902) 2022年8月21日
しかし傀儡糸は既に緩んでしまっていて、母の愛に抱かれるだけではまふゆは己を満足させられない。
世の中に叫びたい歌も、隣りにいて欲しい人も、助けてあげたい仲間も、子供じゃない彼女にはもう沢山あるのだ。
『母の求める朝比奈まふゆ』であることは、心身に不調をきたす苦しさの源泉であり、タイトに在り方を規定してくれる心地よさも生む。
— コバヤシ (@lastbreath0902) 2022年8月21日
この殻からどう飛び出し、母の”愛”を引きちぎるか、己を飾るかけがえないものと紡ぎ直すかは、今後の物語になるだろう。
ただまふゆは、色々不安定で見通せない自分を受け入れ、認めてくれニーゴに、そこにいる友だちに、ちゃんと”ありがとう”と言った。
— コバヤシ (@lastbreath0902) 2022年8月21日
過去を語る瑞希と絵名も、お互いの創作物を、そこに宿った魂を嘘なく”好きだ”と伝えてくれた思い出に、”ありがとう”と告げる。
それが言えるのならば、悪くない。
それが言える所まで、青春闘争の生存者達は肩を組み合い、傷を開いて癒やし合いながら、ズタズタの心を引っ張り上げてきたのだ。
— コバヤシ (@lastbreath0902) 2022年8月21日
その奮戦記として、なかなかに熱宿り血が滲む内容だったと思う。
ニーゴが全員、Kの共同制作者以上にその曲に個人的に救われた体験が原点なの、マジ良い。
リスナーでありファンデリ信者であることから始まって、でもそれだけじゃ止まってらんなくて、並べるほどに己を高めたくて、そのことで他の誰でもない自分を証明したくて、奴らは後ろ向きで優しい曲を作る。
— コバヤシ (@lastbreath0902) 2022年8月21日
”25時、ナイトコードで”は良い創作集団だな、と思う。
次回も楽しみだ。
追記 みんなも、あんまりにも好きすぎて何でもかんでもそれに結びつけてネタにしちゃう作品があると思う。僕は”SLAM DUNK”と”G戦場ヘヴンズドア”だ。
しかしニーゴ、半歩間違えるとママの言う事聞いて医者になることにした朝比奈を、三者面談の現場でKがボッコボコに殴り『もう戻れねぇだろ私たち!』となってもおかしくない、高濃度のG戦因子漂っとるな…(本気で青春してる話で、G戦適正低いモノはない)
— コバヤシ (@lastbreath0902) 2022年8月21日
追記 毎度のことながら、プロセカのサブタイセンスは図抜けてる。
追記
— コバヤシ (@lastbreath0902) 2022年8月21日
Kと雪の楽曲、えななんのイラスト素材を編集し、より広範に訴求する動画制作という仕事。
Amiaはいわばニーゴのラッピング担当であり、優れた中身が生きるも死ぬも、そこで何を際立たせ飾るかというセンスにかかる。
ニーゴにリボンを結ぶ仕事は、今瑞希がやっとんだな。
楽曲のポテンシャルを引き出すPVで、青春の暗いプレゼントを貰ってるリスナーは、あのころの瑞希でもあって。
— コバヤシ (@lastbreath0902) 2022年8月21日
期待と恐怖に震えて何処にも進めないものに、一歩踏み出す力を。
そういうリボン・エンパワメントを、お姉さんからしっかり継承しているのは凄く良い。