イマワノキワ

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後宮の烏:第4話『雲雀公主』感想

 幽玄なる後宮ロマンティックミステリ、かそけき依頼人を通じて寿雪の新たな家族を描く、第4話である。
 血なまぐさい謀略は後景に置いて、花鳥を活かした爽やかな話運びの中で、心のすれ違いが生み出す後悔、それを優しく遠ざけてくれる縁のかけがえなさを、しっとり描くエピソードとなった。
 穏やかに育まれていく感情の機微にしても、生まれ出る暖かな絆にしても、大声で叫ぶのではなく静かに強く歌い上げるような語り口が作品全体に満ちていて、このアニメらしい強さがしっかりあった。

 

画像は”後宮の烏”第4話から引用

 

 貝母、忍冬、雲雀、雨燕、小雀……。
 花鳥の華やぎをアクセントに活用して描かれるの、美しくも悲しい湖畔の風景であり、雲雀公主は既にそこに命を吸われ、楽土へ赴いたところから話が始まる。
 公主自身は残念なく成仏し、彼女そのものにも思える小さな生命が幽鬼となって、現世に残っている……という状況が、上手いひねりで風情がある。
 そこに宿る哀れみを九九が見つけ、身分違いの姫君に解決を依頼し、寿雪もまた快諾する。
 この導入の時点で、寿雪が身分制度の檻に囚われず、浅ましい後宮のスタンダードに支配もされず、自分の周りにいてくれる人のぬくもりを素直に受け止められる人物だということが、じんわり伝わってくる。
 病床の雲雀公主に薬も届けず、それが原因となって水に若い命を奪い、小さな後悔を残す。
 情なき宮廷の残酷さから、烏姫とその従者は遠くに身を置き、誰も気に留めないかそけき嘆きに耳を傾け、絡まった因縁の糸を解くべく動く。

 

画像は”後宮の烏”第4話から引用

 烏姫は先代の言いつけを守り、モノクロームの館にたった一人人を遠ざけ、孤独に生きることを己に定めていた。
 しかし寿雪という少女が人間の一番大事な部分を鋭敏に感じ取り、思わず手を差し伸べてしまう人物であることは、細やかに積み上げられていく。
 世事に疎いながら世間の当然をなんとか聞きかじり、自分に尽くしてくれる九九が喜ぶようにと贈り物を差し出し、その不器用が小さな衝突を生み出す。
 あるいは雲雀公主死の真実に近づくより早く、思わず病身の端女に仁の手のひらを差し出し、その優しさから真実を見抜いていく。
 自分の足で集めた証拠と、既に死せる人の思いに心を寄せる情の豊かさから、霊能要素無しで真相に気づいていく賢さが描画されているのも、大変良かった。
 異能チートで無条件に真相がわかってしまう構造ではなくて、あくまで地道に後宮探偵をやり、ハンディな人間関係に悩みつつも着実に前進する”人間”としての顔が、超常の幽鬼の迷いを解き、因縁を解き放つ不可思議なありがたさをより際立たせて、主役の魅力を高めている。
 彼女の特別な力はあくまで、宮廷では蔑ろにされがちな人の誠を守り、より良い場所へと旅立たせるために使われるのであって、誰かを押しのけて栄達を手に入れたり、我欲を強要するためには使われない。
 特別な力をどう使うべきか、己を律し学ぶ姿勢があるのも、寿雪の大きな魅力だろう。何事も、心地よく控えめなのだ。

 敬して遠ざけられる漆黒の霊姫は、間近に寄ってみれば大変に暖かく、優しいお人である。
 しかし宿命故に他人を遠ざけ、それでも自ずと発せられる温もりに引き寄せられ、縁は増えていく。
 変わっていく状況に戸惑いつつも、世間一般で良いとされていることをなんとか学ぼうとして、贈り物を差し出して心がすれ違う。
 そんな人間関係の難しさを、皇帝陛下直々に正されつつ、寿雪は人と交わることの意味を、自分の秘めたる優しさの使い方を、だんだんと知っていく。
 雲雀を楽土へと導く雨燕が、寿雪と陛下の共同作業として生まれいで、物語を良き方向へと導いているさまは、心を込めた贈り物がお互いの心をつなぎ、宮廷の寒々しさを癒やしてくれる様を活写する。
 陛下が過去の大きな傷となっている男の名を、寿雪にだけ告げたのもまた、信頼の贈り物であろう。
 この手触りを通じて、後悔せぬ行き方を手探り学び取って、寿雪は九九と仲直りする。
 朗らかで暖かく、その背後には宮廷の残酷さがしっとり匂う、良い話運びである。

 そんな人間の当たり前が、時に一生の後悔となることを雲雀公主の物語は語っているが、しかし公主自身は幽鬼と迷ってはいない。
 下女の優しさは喧嘩をした後も確かに伝わり、不遇と不運に命を取られる瞬間にすら、誰かを恨むことなく楽土へ旅立ったのだ。
 誰かのために花に手を伸ばし、落ちてなお後悔無し。さっぱりとした生き様である。
 しかし雲雀はその温もりを懐かしんで地上に迷い、友は癒えぬ哀しみを花に宿して嘆く。
 地上の呪いは楽土へ旅立てた死人ではなく、彼らを思う人間にこそ宿るのだ。

 陛下が枕元に、血まみれの母と忠臣を見るのもまた、眠れぬ後悔に苛まれるが故か。
 死者が真実何を思い、何故地上にとどまるか……幽鬼は告げる言葉を持たない。
 霊能探偵たる烏妃はその異能と英明、なにより人情の機微を感じ取る心の豊かさでもって、語りえぬ声を聞き秘された真実を暴く。
 それは今を生き延びた、現世に取り残された人がより善く生きていくためであり、複雑に絡み合った因縁の糸を断ち切り、風を吹かせて魂を飛び立たせるためだ。
 寿雪のあまりに瑞々しい魂は、前王朝の血塗られた因縁や、後宮に宿るじっとり重たい人間の業に押しつぶされ、心なき人形のように人を遠ざけて生きるためいあるのではない。
 彼女は宿命と異能を、自分以外には解きほぐせない謎と因縁を切り裂くべく使いこなし、そのことで己自身を(否応なく)開放していく。
 烏姫の役割は、悪しき夢にうなされる人々を安らかな眠りへと誘い、セックスの隠語ではなく原義としての”夜伽”を果たすことにあるわけだ。
 妃として少女として探偵として、かなり面白い主人公であると思う。

 この清々しい生きざまを描くのに、今回紡がれた雲雀公主の物語、そこに宿った花の香り鳥の羽ばたきは、良き鏡となってくれた。
 あさましき権力争い、他者を死に追い込む恨みつらみが吹き溜まる後宮にも、手向けられる花の温もり、誰かを思って鳴く小さな声がある。
 それを感じ取り、届けるべき場所へと届ける爽やかな正しさを、寿雪は確かに宿している。
 これが血塗られた人生を歩んできた若き皇帝の憂いを晴らし、己にのしかかる重たい宿命を跳ね除けうるのか。
 一寸先の闇は霊媒ならぬ僕には見通せないが、今回瑞々しくも爽やかに描いてくれた寿雪の行き方を思えば、そこに花の如き寿ぎと、爽やかに吹く未来の風があって欲しいと願う。
 そう思える主人公、そう感じる物語が紡がれているのは、大変豊かで嬉しいことである。
 次回も楽しみ。